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たとえば今日の宇宙はブラウン色の夜明け

作者: jima

 君は宇宙飛行士が船外活動でウンチをしたくなったらどうするか、知っているか?

 答えは①我慢する ②すごく我慢する ③死に物狂いで我慢する …の三択だ。


 いや、三択だった。少なくとも初期の宇宙で活躍するパイロット達は。



 だが、NASAだって馬鹿じゃない。概ね読者の君たちより高学歴だ。対策は立てた。



「おい、今から船外活動だ。小隕石が開けた穴をふさぐぞ」

「いや、こりゃ1日がかりですよ。僕は今日まだウンチ出てないんです」

「馬鹿者。宇宙船の修理とお前の用便のどちらが一大事だ」

「ウンチッす」

「うるさい。早くオムツをしろ。俺もする」


 そう、彼らはオムツをして船外活動をするのだった。これだって大きな進歩だ。それまで我慢してきたものを我慢せずに済むようになったのだから。


 だが、宇宙飛行士達には概ね不評だった。当たり前だ。オムツは不快だ。特に船外活動服のような密閉された服装というか空間の中で装着するオムツ並びにウンチの気持ち悪さは使用した者にしかわからないだろう。いや君にも想像くらいは出来るだろう。何か楽しそうだと思ったら、君はオムツプレイの常習者もしくはその予備軍だ。


 そもそもオムツをして船外活動すると用便中の不快さはもちろん、活動を終えてから船内での後片付けが大変だ。今現在、読者諸氏が食事中だとすると、まことに申し訳ないがこれは真面目な科学の話であるからやむを得まい。つまり便の状態が緩めの場合…いわゆるビチグソだったら最悪である。船内に内容物が拡散して漂うリスクは大きく上がる。こんなことは私も説明したくない。しちゃったけど。


 無論NASAだって馬鹿ではない。繰り返すが、概ね読者の大部分より高学歴でリア充だ。次の対策を立てた。

 それが世に名高い『Space Poop Challenge(宇宙うんちチャレンジ)』だ。ご存じのことと思う。

 聞いたことはない?仮にそんな無知な読者がいるとしたら、説明するにやぶさかでない。要するにNASAは一般の皆さんにアイデアを募集したのだ。「宇宙でウンチする楽でいい方法ない?」と。

 前言を覆して遺憾だが、NASAは意外と馬鹿だったのかもしれない。



「これは何ですか?船長」

「新しいトイレ対策のトイレチューブだそうだ」

「ふむふむ。つまりウンチしたくなったら宇宙服のお尻のところの蓋をとると」

「そうだ。そうしてこのチューブを差し込めば吸い取ってくれるというわけだ。一般公募で採用されたらしい」

「すごい。ウンチし放題ではないですか」

「何かいやな言葉だな。ウンチし放題とは」

「ロケット発射直前ですが、早速もよおしてきました」

「何だお前は」

「どちらも発射直前、というわけです」

「うまいこと言ってる場合か。いいからはやく済ませろ」

「チューブをとりつけて…と。あっ、船長、駄目です」

「どうした」

「これでは椅子に座れません。船外活動はともかく、シャトル内ではチューブに接続できません」

「しまった。盲点だった」

「おしりにチューブをつけたら座れない。座れなかったら宇宙に行けない。これは盲点でした」

「盲点だな」

「…」


 笑ってはいけない。これが実話だから驚きだ。残念なことにNASAというのはちょっと残念な人たちの残念な集まりでもあったらしい。残念だ。


 ここまで読んできた君たちは今、少しNASAを身近に感じているか馬鹿にし始めたかのいずれかであろう。間違ってはいない。ただNASAの方々の名誉のために便通…いや弁明しよう。宇宙物理学と生活科学という分野はあまり相性のいいものではないのだ。

 難解な微積分の問題を今まさに解きつつある学者に向かって横から「上は大水、下は大火事これなーんだ?」というような「なぞなぞ」を唐突に出題するようなものだ。たぶん彼は地球温暖化について話をし始めるに違いない。そういう真面目な人たちなのだ。

 要は難しい顔の人に柔らかめの話題を振っても無駄だということだ。



 だが難しいからといって、宇宙船乗組員のウンチを放っておいたら大変なことになる。宇宙船の内部だけでなく、国の威信もその大変な何かに(まみ)れることになるであろう。

 当然次のスペースシャトル計画では船外活動服には股間の前部にこのチューブが取り付けられることとなった。これで座っても大丈夫。座ったままウンチできるのだ。本当によかった。




「船長。これならすわってもウンチできますね」

「うむ。ようやくトイレ問題の解決だな」

「あっ、ロケット発射直前ですが」

「わかっている。お前も発射直前なのだな」

「申し訳ありません」

「いいから早く済ませろ」

「わかりました。チューブをとりつけ、おおっ、快適です。向こうからドンドン吸い出してくれます」

「お前の服の内側で行われていることを解説するのはやめろ。いろいろビジュアルが浮かんで不愉快だ」

「しかし…ムハハ。三日前からお通じがなかったのに、吸引してくれるのは何だかA感覚です」

「黙れって。うん?ちょっと待て!」

「は?どうかしましたか?」

「いかん。おい、ウンチをストップしろ」

「途中でやめられるものじゃありませんよ」

「ウンチタンクにつながるチューブが途中で膨張している。つまりお前のウンチが硬かったのでつまっているのだ。まずいぞ。マジやばい!止めろって!」

「出かかったウンチを途中で止める訓練は受けていません!」

「Woww!Unpalatable! Sit! Oh my god!」

「Jesus!」


 臨場感を味わってもらうために、筆者はほんの少しだけ英語を使用してみたのだが、いかがであっただろうか。ちなみに筆者は当初からこの二人の声を樋浦勉&内海賢二で当て書きしているので、読者の皆さんも脳内で再生して頂けたら幸いである。こんな拙稿もあら不思議ダイハードに見えてくるかもしれぬ。


 そんなことはどうでもいいが、この信じがたい状況は恐ろしいことに実話である。つまりNASAは使用者の個性や体調や食生活、前の晩に彼女に振られてビールとにんにくラーメンを焼けクソ一気食べして帰ってきた翌朝などによって、ウンチの状態が大きく変化するということを考慮できなかったのである。

 実に宇宙でのウンチとの戦いは厳しい。エリート揃いのNASAでも簡単ではないのだ。だがNASAでなかったら、もう少し簡単だったかもしれない。



 NASAもこの筆者あたりに馬鹿扱いされるのはいい加減不本意だよネ。当然改良がナサれたんですね、NASAだけに。

*まことについでながら、今の一文のみデイブ・スペクターで読んでいただきたいが、君がいい加減面倒くさいと思ったら忘れてほしい。


 この時、テキサス州デルリオに住む49歳のホームドクターで航空医官、アメリカ空軍大佐のサッチャー・カードンのアイデアが採用された。ここでいきなり実名と身分が出てきたことに唐突な印象を持った読者も多いだろう。答えは簡単、彼の案が現在採用されている宇宙船トイレシステムの原型となったからだ。つまり本稿の「ほぼゴール」ということになる。


 カードンの案は実に画期的であった。ウンチをチューブでウンチタンクに送るのではなく、船外活動服の内部にトイレを作ってしまうというアイデアだ。

 耐久性のあるビニールで作られ、ごく小さな状態に真空パックされたトイレをチューブを通して股間に送る。そして股間で空気を吹き込まれて、服の中にトイレスペースを作るのだ。要はペチャンコのビニール浮き輪が自分のパンツの中で膨らめられて、トイレの形になると考えれば判りやすかろう。

 当然このトイレは用が終われば密閉され、小さく固められて服外に放出される。この方式は宇宙飛行士たちに熱狂的に受け入れられた。何より小さくてもウンチするスペース…つまり小型トイレがあるというのは思った以上に快適で安心感があったのだ。

 

 ここで強調しておきたいのはこのアイデアを出したのは科学者でもなく生理学者でもないホームドクターだった点だ。彼はウンチと用便ということを生活レベルで考えた。ウンチの構成物質と物理方式でもなく、宇宙の成り立ちやウンチでも何でも吸い込んじゃうブラックホール理論でもなく、どうしたら人は快適にウンチを出せるか、ということを追求するドクターだったのだ、多分。




「船長。快適です」

「お前はもう発射しているのか」

「はっ。発射前ですいませんが」

「なぜお前と組んで宇宙船に乗ると、常にウンチの話になるのだ」

「しかし…船長」

「む?まだ不満があるのか」

「言いにくいのですが…お尻を拭くシステムは開発されないのでしょうか」

「贅沢を言うな。快適に用が足せるようになったのだから文句はないだろう」

「しかし、やはりこうなると用を足し終わった後のお尻の状態が気になります。キレのいい時はともかく、硬かったときや軟便、さらにですね」

「だから…解説するなって。長らくお前とコンビで宇宙船に乗ってきたが、その度にお前のウンチの話を聞き、あまつさえお前の便の散乱を後始末したこともあった。もうやってられん」

「そんな、つれない。私との仲を清算してきれいにする前に、股間をきれいにする装置を開発してくださいよ。ププ」

「だんだん腹が立ってきた。ホントにお前のウンチのせいで出世できないような気がする」

「それこそ気のせいですよ。これがホントのウンのつき!なんちゃって。あっ、何でぶつんですか。パワハラ反対!もう宇宙に飛び出す時間ですって。宇宙に飛び出すウンパルンパ!なんちゃって。アハハハ。あれ?船長、何で泣いてるんですか?」



さすがに樋浦&内海ファンに申し訳ない気がしてきた。もう遅いが。


 そう、意外と用便後のお尻のケアは快適なトイレの条件としては重要だ。2017年にチューブを通ってお尻洗浄用のタオルがパンツに到達し、お尻をきれいに拭き取ると密封されて送り返されるシステムが実用化された。タオルの股間到達と共に、この宇宙用便システムも完成点に到達した。

 1961年4月12日、(多分)おしめをしたガガーリンが人類として初めて宇宙で(多分)ウンチをしてから実に56年が経っていた。


 ちなみにカーソン博士にはアイデア料として1500ドル(およそ170万円)が支払われた。この報酬を妥当と見るかどうかは人によるだろうが、筆者は個人的には極めて安価で、ほぼ「アイデアの搾取」であると考える。


 

 そもそもトイレは我々人類にとって特別な場所と言える。トイレはただ用便を済ます場所というだけでなく、ほぼ必ず一人になれるパーソナルな空間として存在する。快適にウンチを出せるかどうかは健康上のというだけでなく、人生の一大事なのだ。世界の真ん中には愛ではなくて、トイレの便器が存在する。

 人はそこで哲学者となり、あるいは科学者となり、またある時は恋や人生に悩んだり、ジッと自分の手や股間を見たりする。


 宇宙飛行士は60年近くトイレの問題に悩んだ。トイレの中で悩みたかったのに、そのトイレがなかったのはまったくもって同情に値する、と筆者は思う。









 この物語は少しだけ事実に基づいていますが、大半はフィクションです。NASAに言わないでください。 読んでいただき、ありがとうございました。

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