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見えているか、あの眩耀の空が  作者: ジャミゴンズ
本編 陽はまた昇る
5/21

第五話 疼く傷痕 2

 


            U 13


 


 


 レース前にインターネット上では予想や展開や天気や馬場、直前の調教の様子を修めたVTR等が頻繁に上がるようなっていった。


 話題の筆頭はダークネスブライトとネビュラスター。


 どちらもJRA所属馬であり、一方は海外でも実績を残した5歳のダート王者。 


 もう一方はダートでは無敗の三冠馬の成績を引っ提げた4歳馬。


 掲示板やSNSではどちらが強いのか、白熱した議論を見せていた。


 地方競馬の中でも突出した熱気を見せ始めた、かしわ記念。 一部メディアやスポーツ新聞のあおりなどにも使われて、近年まれに見る注目度の高さとなっていた。


 ダークネスブライトとネビュラスターというアイドルホースに注目が集まる動きの中、地方競馬ならではと言ったフットワークの軽さを見せ、ネット上では『かしわ記念』当日に動画サイトで特番が組まれることになった。


 


「はい、此度は地方競馬で馬券を当てる為に皆で予想する電子keibaです、今回はもう、話題沸騰のかしわ記念の特番となっております。 司会・進行役は私、相川 司です。 よろしくお願いします。


 本日は注目されているかしわ記念当日、ということで船橋競馬を見続けて30年、地方競馬のプロであるイナヅマ弥太郎氏を迎えております」


「おはようございます、今日はよろしくお願いします」


「いやー、ついにという感じですが、どうですか、弥太郎さん」


「はははは、いやまぁ、まだ始まってもいませんからどうと言うのはありませんけれども。


 しかし、今週はね、初日から天候が乱れてたんでね、今日はどうなるのかなと見ていたんですが後半二つは良く晴れましたから。


 馬場状態の発表は稍重となっていますが、砂の状態はですね、かなり乾いてきているかと思うんですよ。


 それでまぁ、週初めは外枠の馬がこうね、外のがだいぶ走ってて内の馬が勝ててなかったんですが、昨日今日と晴れて乾いてきてますから内枠も勝ち鞍が増えてきたんですよね」


「ほぉ、なるほど。 馬場状態は内枠の馬に有利ですか?」


「いや一概には言えませんが、傾向として昨日今日と内枠有利な形に結果が出てます。 そして重かった馬場では差し追いが目立ってましたが直近のレースでは前目が止まらないといった感じですのでね。


 やはりこれは前残りになるな、というのが大方の予想です。 出遅れ癖のある5枠7番のシュバルティク、後は前走のダイオライト記念でゲート内でちゃかついた外枠12番のワイルドケープリは馬券的にはちょっと怖いかなというのが私見です」


「船橋ダート1600マイル戦というと、もともと前残りというか、先行力が無いと追っつかない傾向があると思うのですが、その点ではどうでしょうか」


「まず人気の二頭で言いますと、まぁ大外枠を引いたダークネスブライトですが、問題なく前目行くと思います。


 ネビュラスターも差し馬ですが先行できますのでこちらも大丈夫でしょう。 例年通りペースは速くなるでしょうが、ハイペースの展開は両馬ともに経験しており対応できない何てことは無いかなぁ」


「一番人気はダークネスブライト、二番人気にネビュラスターですが、オッズは1.8と2.1で完全に二強態勢かと言った感じですね。


 まぁ~~~でもこれ、馬券的にはこの二頭来ちゃいますよね、弥太郎さん」


「もちろん、抜けてますよね。 しかしテン早く終いの伸びが良いディスズザラポーラも居ますからうーん、でもまぁ固いのはやっぱブライトとネビュラスターです、それは間違いないですよ。


 ただ昨年度東京ダービーになりますが、ネビュラスターに半馬身差だったディスズザラポーラも注目ですよ、内枠2番を引いてますし、ネビュラスターとは久しぶりの対決となりますしね


 あれからネビュラスターもですけど、ディスズザラポーラも当然力も付けてますから――――――」


 


 夕刻速い時間から始まったこの番組では、かしわ記念に出走する全馬の紹介と追切の様子を含め、馬券を中心にした話が放映された。


 休憩を挟んでいよいよ『かしわ記念』の発走が一時間弱となった所で、思いもよらない情報が齎され、番組出演者やそれを視聴していたリスナーは驚くことになった。


 


         ダークネスブライト、競争除外である。


 


「え!? ダークネスブライト!?」


「競争除外ですか、いやこれは残念」


「えーーー! まさかまさか、いやぁぁぁ、こんなことが。 見たかったですね、ネビュラスターとの対決が……」


「パドック直前ですからね、何かあったんでしょうけど……ダークネスブライトにトラブルですが、無事であって欲しいですね」


 


 直前で一番人気であるダークネスブライトが回避、人気はネビュラスターへと集まる事になった中、装鞍所から馬たちが続々と出てきてパドックが始まった。


 


「波乱の開幕の中ですが、かしわ記念のパドックが始まりました。 最初に出てきたのは1枠1番のジャストフィットです。 442kgで+7kgです、鞍上は日下部 仁」


「んー、少し固い気がしますね。 差し馬ですが、伸びる時は歩様が軽い時が多いので、体重に比べてやはり少し太く見えてしまっていますね。 下降気味だと思いますよ」


「1枠2番、注目馬の一頭です。 ディスズザラポーラ、468kg、前走から増減なし。 手綱を取るのは牧野 晴春、3番人気です」


「気分良さそうに歩いているように見えますよ、状態は良いと思います」


「力の有る馬なのは証明済みです。 重賞勝利の実績ありでダートでは代表的な一頭ですから、十分チャンスあるでしょうか」


「ええ、あると思います、自慢のテンの速さで逃げると思いますよ、先頭を走らないと気分を害する馬ですからね、ペースを握れるかどうかが焦点ですね」


「2枠3番 スタンドアロン。 478kg、-6kg。 ジョッキーは有野 康生」


「力関係では厳しいかなと思うところです。 前走もピリッとした所がありませんでした、状態は好調を維持していると思います」


「そしてそして3枠4番となります。 大本命、三冠馬でありダート無敗のネビュラスター、490kg、-3kg、ヤネは田辺勝治。JRAのリーディングジョッキーに名を連ねる名手です」


「後肢の踏み込みが力強く見えますね。 もともと力強い印象を持った走りをしていますからね状態は素晴らしいでしょう。


 パドックでは毎回映えて見えるのですが特に今日は毛艶やハリも素晴らしい。 馬体が成長して完成されてきたなと言った様相ですかねぇ、完璧と言っても良いかと思います」


「これは仕上がっているように、素人目でも見えますね」


「実際、ダークネスブライトとの対決になる事を見据えていたので陣営は神経を使っていたそうですからね、本当にダークネスブライトの回避が惜しいですね」


「はい~、そして続きましては 4枠5番 インディゴラインです。 馬体重は453kg.+1kg。 鞍上は北野 陽」


「船橋1600で実績のある馬です。 力はありますがネビュラスター相手に勝ち負けはどうかと言った感じですね。 掲示板には絡む可能性ありでしょうか。 状態面に不安は無さそうですので、能力は発揮できるかなと思います」


「次は4枠6番です。 ネイヨンマウンテン、501kg.+7kg。 鞍上は斎藤 吉松」


「状態は悪くないと思いますが、近走で思うような走りが出来ていないのが気になるところです。 鞍上を戻してどうなるか、少しチャカチャカしてる様子なのでスタートは少し不安ですね」


「ネイヨン軍団と言えば、なぜか外枠で人気になると沈んでいってしまうジンクスがありますが、この枠はどうでしょう」


「いやそれはね、オカルトですから。 データでは確かにそういう傾向になってしまいますが、偶然でしょう。 それに今回は内枠と言っても良いと思います」


「そうですね~、内でしょうか。 はい、では次ですが5枠7番、シュバルティクです。 445kg.-3kg。 騎手は波多野 伸明」


「愛知から、条件戦や重賞にも出走をよくしています。 爆発力のある馬で大きなレースで激走することもありますが、船橋1600という事も考えますと後ろからの競馬ですので少し難しいかも。 穴党の候補には真っ先にあげたいかもですね」


「5枠8番 ヤミノシカク。 469kg、+15kg。 鞍上は風間 一徹」


「一目太いかな、と思いましたが、本来の馬体重に近くなったとも言えますね。 ただ前走がここ最近の中では一番伸び良く走れてたので、やはり少し重いかなと」


「えー、6枠、6枠9番フェイスボスです。 馬体重473kg +5kg。 騎手は大島 孝之」


「ちょっとね、ネビュラスターもそうですが、一番よく見えたのがこの馬でした。 足捌きが軽やかでスムーズですし非常に落ち着いています。 気合も乗っているように見えて集中していますね。 文句なしの絶好調かなと」


「馬券には絡んできますか、人気も8ですが……」


「う~~ん、前走も内容は良くて勝っていますから上向きなのは確かですが、どうでしょうか。 ちょっと何とも。 ネビュラスターが居なければ推していたかも知れません。 買い目はあるかなと思います」


「続きまして6枠10番  ウッチャリイッポン 459kg -2kg。 鞍上、内藤 隆」


「こちらも前走から状態上向いているのかなといった印象です。 どうしても展開面に注文がつくタイプの差し馬なんですが、展開が嵌った時は非常に気持ちの良い伸び脚を使えて実力面でも上位かと。


 馬券的にも十分絡める実力はあるかなと思います。 船橋競馬の馬場に慣れている事もあって、期待が持てる一頭でしょうか」


「7枠11番 はホワイトシロイコ。 436kg +6kg。 鞍上は町田 尚哉」


「馬体はしっかりキープできてますね。 休養明けぶっつけなのでどうなのかなと心配してましたが、追切では抜群の動きを見せていましたし、今も落ち着いて周回しています。 実力は発揮できそうですね」


「続いて7枠12番 ワイルドケープリ 537kg 増減なし。 手綱を取るのは林田 駿」


「園田から来ました、先ごろのダイオライト記念で凄まじい豪脚で差し切り勝ちが印象的な一頭です。 大柄ですが脚の運びは軽いですね、ただパドックで少し物見しているようですね、集中できていないかもしれません。 展開次第で差し脚が炸裂する可能性はアリといったところでしょうか」


「8枠13番 ミニスティガール 433kg -1kg。 鞍上 江田山 優星」


「馬体が細く見えますが、身体を大きく使えています。 追切でも実践でも実際に走るとしっかり伸びて気性も素直です。 7歳牝馬ですが船橋でも実績がありますし、好走できると思います」


「そして、8枠14番 ダークネスブライトですが、競争除外となってしまいました。


 ネビュラスターとの初対決、ダート頂上決戦は残念ながら『かしわ記念』では見ることが出来ませんでした」


「非常に残念ですが、今後また対決する機会はまだまだあると思いますので、その時まで楽しみを持ち越せたと思いましょう」


「そうですね、そして最後の一頭です。 8枠15番 ウェディングコール  462kg -15kg 鞍上は菅原 陽太」


「絞ってきましたね、もともと太目残りが多い馬ですがしっかり仕上げてきた印象です。 ツヤ・ハリともに良いですし、集中もできていそうです。 噛み合えば良い走りをしてくれる、期待が持てます」


 


 パドックを終えて号令によって騎手達がパラパラと出てくる。


 駿は最後に列にゆっくりと加わり、ジョッキーたちが一斉に頭を下げて自分の乗鞍へと駆け足で向かう中、駿は歩み寄っていった。


 隣に並んでいた江田山ジョッキーが歩いている駿を一瞥し、顔を顰めた。


 駿はゴーグルを既に装着していたが、その様相は渋面であり馬に乗っても居ないのに汗を掻いていたのである。


 


「えっと、大丈夫ですか?」


「……ええ、大丈夫ですよ」


 


 短いやり取りを経て、江田山は一度肩を竦めるとミニスティガールの元へと向かって行った。


 駿は歩きながら一度腕を擦ってワイルドケープリの前まで歩み寄ると、その顔をじっと見つめた。


 


「……勝つぜ……ワイルドケープリ……俺は」


 


 一つ拳を握り、開く。


 ワイルドケープリはブフンと一つ、大きな鼻息を鳴らした。


 


 


            U 14


 


 


 小さいぐるぐる―――最初にパドックって奴を終えると大きなグルグルに出てレースに備えることになる。

 何時も通りのルーチン・何時も通りのタスク。

 しかし何時もとは違う事が、このグルグルにはあった。

 他のウマがどうかは分からんが、俺にはすぐに気づいた事が幾つかある。

 一つは同じくパドックに居たニンゲン達の顔と視線……そして雰囲気だった。

 そいつらは一様に、とあるウマを見ていた。 俺より早くぐるぐるに入ったウマだった。

 普段はさほど熱心にウマを見るニンゲンは少ないのに、今日は違ったのである。

 ゼッケンというやつに文字が書かれている。 あれは俺達ウマを識別するための道具の一つで鞍についててソイツの番号は 4 と書かれていた。

 俺はぐるぐるを回りながら周囲を見回す。 

 すごく大きな箱には数字が羅列されているが、アレの意味が理解できるようになってる俺は時に立ち止まり箱を見つめた。

 推測通り、4番のゼッケンをつけている奴は数字がとても低い。

 あの数字が低いと、ニンゲン達は一番アイツがぐるぐるで速い・強いと判断していることが分かるのだ。 つまり、人気のウマってやつだ。

 まぁそうだろうな、と俺は4番のウマを鼻を鳴らして見る。

 アイツは堂々とパドックを回っている。 周囲のウマに誰がボスであるかを声高に主張しているようだった。

 栗色の馬体をひたすら大きく見せながら、オラついた態度で見下したように他のウマへと威嚇する。

 ニンゲン達は気付いた様子も無いが、少なくとも俺達ウマにはそう認識できる。

 自信にあふれ、そして傲慢だ。

 チビとはタイプの違う馬鹿野郎だろう。

 そしてニンゲン達が少しばかり、物足りない様な雰囲気を出していたのは、ソーアンジョってとこで俺の隣に14のゼッケンをつけていた黒い奴のせいだろう。

 ピリピリとした圧を周りに振りまいていた訳でもないのに、ひと際俺はそいつの立ち居振る舞いに脳の奥底が刺激された。

 原因は分からないが、背筋が勝手に震えるような、今までにない経験だったからかなり気になった。

 一目で速そうな奴だと分かる位にはこの中でも14番は圧倒的だったはずだ。

 結局14番はこのぐるぐるを走る事を止めたみたいだが……ニンゲン達は4番と14番が、どっちが速いのか、強いのかを期待していたんだろうな。

 ちっちゃなぐるぐるを回りながら、俺はちょっとばかし、ほんの少し苛立っているのを自覚した。

 ニンゲン達は14番が居なくなったから、4番だけに注目しているのが殆どだ。

 ウマも4番の振りまく威嚇のせいで注目を自然と集めている。

 ニンゲンもウマも視野が狭いぜ、おい。

 4番は格別に気に入らねえが、2番それに9番も他のウマと雰囲気が違うと俺の感覚が告げている。

 ケイジバンにはこいつらも乗るだろう。


 ふん、と鼻を鳴らす。


 ハヤシダキューシャを出発する前、チビは言っていた。

 俺がジュウショー勝ったのは偶々だと。 どうせすぐに他のウマに負けると。

 あのチビ、クソ遅いくせに常に俺の事を煽ってくるからな。

 だからどうって言うわけじゃねぇが、2番も4番も9番も纏めて千切ってやってチビに言ってやるぜ、ジュウショー2連勝だって。

 あいつは阿呆だからそれでまた泣くだろう。

 ……そういや、チビのやつ、またほんのちょびっとニンゲン乗せて走るの上手くなってたな。 

 俺の言ってる事をもう少しちゃんと聞いて実践すりゃもう少し早く上手くなってたはずなのに、馬鹿チビめ。

 それにしても、今日のぐるぐるは夜にやるのか。

 眩しい奴がいねぇのはあんまり面白くねぇな……イワオもなんか、妙に固い雰囲気出してたしな…… 

 


 空を見上げていてしばし、気が付くとジョッキーのシュンが俺に向かってゆっくりと歩いてきていた。


 少しばかり顔を合わせていない間に、随分と妙ちくりんな歩き方で近づいてくる。


 シュンは俺の前で立ち止まると、俺の名前を呼んで、勝つぜ、勝つぜと小声で小さく嘶いて『掛かって』いた。

 なんだこいつ、シュンも馬鹿かよ。

 俺は目の前まで来たシュンを見てすぐに分かった。

 ニンゲンの身体を見てどこが悪いのかなんて言うのはウマの俺には分からないが、シュンはどうやら怪我しているみたいだった。

 俺に乗ったと思ったら、妙にバランスを取りずらい重心に傾く。 

 傍からの見た目はそう変わらないみたいだが、背中に乗せている俺にはすぐに判った。

 何時ものシュンよりも左側に体重が寄っていたし、ハミの噛みもやりづらい。

 手綱の絞り方も普段とは違う長さ、馬具を通して通じるのはシュンの身体の僅かな震え。

 明らかに体調不良を隠して俺の上に乗っかってやがる。

 馬鹿野郎が、ニンゲンってのは命を懸けてまでウマに乗ってぐるぐる走らなきゃならんのか?

 無意味にぐるぐる走るウマも、どうしようもないチビも馬鹿だと思うが、なんというかもう、ニンゲンの方も大概だな。


 呆れから、俺はまたもや鼻息を荒げてしまう。


 レース場に次々へと向かうウマとジョッキー達、遅れて俺もシュンの指示に従って歩き始めるとゼッケン4番がコースに出る直前に俺の進路を塞いで、ぐぅぅっと睨んで威嚇してきた。

 他のウマと違ってまったく意に介してなかった俺の事が気に入らなかったんだろう。


 ボス気取りのクソガキが、一丁前にイキリ散らしやがって。


 


 ったく……どいつもこいつも。


 めんどくせぇ野郎どもめ。


 


 


 仕方ねぇな


 


 


 


      頬面の傷跡がちりちりと疼き、黒の天空にファンファーレが響いた。


 


 


 


          ―――――まとめて面倒見てやるよ


 


 


 


 


jpn1 / かしわ記念


 


船橋競馬場 ダ1600m 晴れ/稍重 全14頭 20:10 発走


 


 


1枠1番 ジャストフィット 6歳 牡


1枠2番 ディスズザラポーラ 4歳 牡


2枠3番 スタンドアロン 5歳 牡


3枠4番 ネビュラスター 4歳 牡


4枠5番 インディゴライン 4歳 牡


4枠6番 ネイヨンマウンテン 4歳 牡


5枠7番 シュバルティク 5歳 牡


5枠8番 ヤミノシカク 5歳 牝


6枠9番 フェイスボス 6歳 牡


6枠10番 ウッチャリイッポン 5歳 牡


7枠11番 ホワイトシロイコ 4歳 牝


7枠12番 ワイルドケープリ 7歳 牡


8枠13番 ミニスティガール 7歳 牝


8枠14番 ダークネスブライト 5歳 牡 競争除外


8枠15番 ウェディングコール 4歳 牝


 


 


 


「私立船橋高校吹奏部によるファンファーレをご覧いただきました。 船橋ナイター競馬、11R、メインレースとなります。


 農林水産大臣賞典 第××回 かしわ記念G1。


 8枠14番のダークネスブライトが競争除外となりましたが、14頭揃いまして、砂の大舞台1600mを駆け抜けます。


 間もなくゲートに全頭入りそうです。


 最後13番のミニスティガールが入りまして……スタートしました! どっと飛び出した、出遅れはないようです。


 ハナを主張するのは誰か、鋭く伸びてくるのはやはり、やはり②ディスズザラポーラか。


 ⑤インディゴライン、⑮ウェディングコールも追って追って前に出てきます。


 その後ろは①ジャストフィット⑧ヤミノシカク⑪オワイトシロイコ④ネビュラスター、そして⑨フェイスボス続いて⑫ワイルドケープリといったところが出ています。


 第一コーナーに各馬続々とはいっていきます。 さぁ先頭見て行きましょう。 


 ハナを取ったのは、先頭はディスズザラポーラで決まりそうか、やはりテンの速いのはこの馬、ディスズザラポーラが前評判通りにペースを握りそうです。


 2番手追走は⑮ウェディングコールです。 その後ろ2馬身程離れましてジャストフィット、その外に⑧ヤミノシカク⑨フェイスボス、その後ろ―――内々の此処に居ます。


 断然一番人気に押された④ネビュラスター、今日も無敗でタイトルを掻っ攫うのか。 


 そのネビュラスターを見るようにピタっと真横ににつけて⑥ネイヨンマウンテン、その外⑤インディゴラインです。


 この辺非常に馬群固まってます。 マークされているのはネビュラスターです。


 ネビュラスターの真後ろには不気味に⑫ワイルドケープリ、その外に真っ白な馬体⑪ホワイトシロイコ、⑩ウッチャリイッポン⑬ミニスティガール広がっている。


 後方③スタンドアロン最後方に白い馬体を揺らして⑦シュバルティク追走です。 


 さぁ、船橋競馬場では、かしわ記念では珍しいと言えるかもしれません、馬群が一塊となって続く展開になりました。


 向こう正面半分を過ぎて集団の先頭でペースを握るのは②ディスズザラポーラ。 続いているのは⑮ウェディングコールで変わりません。


 気持ちよく逃げて居そうに見えるがどうか。 後ろの動きはない、これはネビュラスターを警戒していそうです。 中団内々に包まれて、ネビュラスター囲まれているぞ。


 先頭のディスズザラポーラ、第3コーナーに入っていきます―――」


 


 


 ゲートが開き、最初のコーナーに入った時にはもう分かった。


 馬体が重なり僅かに触れ合うことで衝撃が走る。


 踏み込む脚から響く蹄の音が合奏して耳朶を揺らし、ヒトとウマが一団となって動く。


 ハミを通して伝わるのは内々を進む指示。


 やや遅れて外へと回る様に意思が飛ぶ。


 だがこれはシュンが通常の態勢で考えてる訳ではない、無理やり俺にしがみついているから伝わる意思で、余計な情報だろう。


 ぐるぐるを回り続けて何度目になるか。 記憶に無いほど犇めく他馬との距離感の中、合理的じゃない指示がアンジョウから飛んでくる。


 こうなった原因はひとつ。


 ウマどころかニンゲンもこぞって4番を追ったからだ。


 出足で俺を扱いたシュンも例外に漏れず④のコイツの事が気になっていたんだろう。 素直に従ってみたせいで人馬の壁じゃねぇか。


 今日のシュンは居ない物と考えた方が良さそうだ。


 視界と聴覚を研ぎ澄ます。


 第2コーナーの曲がり角を終えて直線を向くタイミングで、俺は前後左右に視線を這わせた。


 4番に視線を這わせるニンゲン、横に3後ろに1。


 前目の連中は知らんが6番は俺の目の前を走る4番に顔が向いている。 ④は人気だな。


 俺は集団に合わせてペースを少しずつ上げながら息を入れた。


 前にも後ろにも、まして横にも自由に動けそうな場所が無いなら、ゴールまでの体力を温存しておくのが賢い走り方だ。


 粉塵が顔を叩くが特段気にならないのは泥を被った経験が他の奴等よりも多いからだろう。 固まった展開ならば、いっそこのまま4角に突っ込んだ方が都合が良い。


 ちょうど、ぐるぐるの反対側にあるゴールを一瞬だけ確認し、俺は4番のケツを見ながら鼻から深く息を吐いた。


 口元が不細工に動き、滅茶苦茶な指示を飛ばすシュンを無視することは結構なストレスである。 


 上が落ち着かねぇとやっぱり俺もやりずらいな。


 長い直線が終わりを迎えて3つ目のコーナーに入っていく。


 夜に走るのは初めてだが、このぐるぐるは何度か走っているから覚えている。 


 どれだけウマ達が犇めいていても最後の4コーナーには外に膨れる奴らが居て直線を向くとバラけるのだ。


 特にこのぐるぐるは直線手前が一番バラけやすい。 


 


勝負はそこだ。


 


 仕掛けどころに腹を括った所で、俺の目の前の4番は強く脚を掻き込む。


 捲り上げた粉塵が、俺の顔を叩く。


 顔を上げて左右を大きく見渡す4番が前に突っかけていた。 


 そうだな、確かにそろそろ、前目のウマを捌きてぇだろうな。 4番みたいに自分でゴールの場所が分かってるなら猶更行きたくなるだろう。


 でも今じゃねぇんだぜ。


 ぐるぐるってのは一等取ろうと思ったら身体以上に割と頭を使う。


 ④も分かってるだろうが焦りが見えるのは経験が足りねぇ証拠だ。


 ジョッキーが俺達に送る指示ってのは割と考えられてるもんなんだぜ。 伊達にウマに乗ってねぇよ。


 ぐるぐるを俺達は走る。


 俺は加速しようと前脚を掻き込む4番とは逆に、シュンの崩れたバランスを保ちながら、他のウマが加速を始めてスパートを掛けてからほんの少しだけ遅らせて、僅かに外へと進路を取った。


 そうだな、特に―――塊になって動いてる時はシュン達ジョッキーの奴等がこういう駆け引きしているのを覚えている。


 コーナーと呼ばれるカーブで、走る速度を上げる事でどうなるかっていうと直線に入るまでにちょっとばかし身体が泳いでいく。


 たしかエンシンリョクって奴だ。


 特にこのぐるぐる―――フナバシのコースはカーブの入りがきついからな、内に寄せようと思ったらスピードを落とす必要がある。


 俺達はかなり速度を出して走るから、カーブを曲がる時に加速するとエンシンリョクによってどうしても内が空く事になる。


 スパートする時は殊更、気を使わないとならないとこだ。


 速度とコーナーの膨らみは計算することが可能だ。


 丁度良い事にシュンのバランスがコーナー向かって内々に傾いてる上に、そのせいで自然と速度が落ちるから俺が切れ込むのは容易ってわけだ。


 外目に振ってから一瞬遅らせることでどうなるか、知っているか。


 ほうらな、4番。 お前らの身体が泳いで俺の走るコースが空くんだぜ、内に隙間ができて、外から内に突っ込めるって寸法だ。


 


さぁ、ぶっちぎってやる―――


 


 


「―――最終コーナーから直線に向けて各馬スパート態勢、塊だった馬群がばらけて直線へと向かっていく。


 先頭はディスズザラポーラ、3馬身空いてウェディングコール下がっていって外目からネビュラスターがぐうっと上がっていこうとするが前が壁だ!


 ヤミノシカクとネイヨンマウンテンが壁になっている、対して内を掬ったワイルドケープリが一気に飛び出してきた!


 ワイルドケープリあっという間に他馬を交わして前目の争いに加わっていくぞ!


 あっと一瞬、立ち上がったネビュラスターが強引に外に持ち出してから凄い脚! さぁ最後の直線、先頭は逃げる②番のディスズザラポーラ、その後ろ追走しているウェディングコールを抜かしワイルドケープリが二番手に上がってきた。


 やや遅れてネビュラスターが外から三番手に上がるぞ! 態勢、勢い抜けた3頭で決まるかどうだ、どうだ、どうだ。


 ネビュラスターが追い上げる。 ネビュラスターが追い上げて行くぞ、凄まじい脚でワイルドケープリに並んだ! まだディスズザラポーラ、追ってくる二頭とは2馬身差、このまま保てるのか!


 内外広がって三頭の叩き合い! 粘るディスズザラポーラ、ダート無敗の掛かったネビュラスター、ワイルドケープリはチャンスを生かせるか、さぁ残り標識200を切った―――」


 


 


―――外目にぶっ飛んで進路を失ったはずの4番だったが、俺の前を走るウマが2番だけになった時にはいつの間にか隣に居た。


 ぐるぐるの外に居るニンゲン達の咆哮が俺達に向けられて耳朶を震わす。


 涼しそうに威圧を振りまいていた4番が顔を必死に歪ませて脚を回し、ほんの少しだけ俺の前に出ようとする。


 周りに騒がれるだけの事はあるな、4番!


 4番のジョッキーが何かを言いながらムチを取り出して振るい、シュンが俺の上で身体全体で押し込む。


 シュンの意思が乗る。


 前に。 前に。


 ゴールに。


 勝て。


 シュンの意思が俺の背中を必死に押していた。


 後肢に力をため込んで本気で蹴り上げる。 振り上げた前脚を全力で叩きつけて砂の噴煙を後方に投げつける。


 誰の目にもわかるだろう、ぐっと沈み込んで伸びきった俺の身体が2番と4番を追って前へと向かう。


 何もかも置き去りにするくらいに流れる景色の中で変わらない。 


 ほとんど同じくらいの距離を4番も同時に進んでいて、2番のケツがちょっぴり近づいた。


 この狭い世界のぐるぐるで、俺は驚いた。


 別に一番速いウマだなんて俺自身も己惚れてはいない。


 ④が俺と同じ速度を出していることそのものに、驚きなんてなかった。


 驚いたのはその辺のクルマよりも速く流れる中、俺の思考はよりクリアになって視界も広がった景色だった。 


 


  それは今までのぐるぐるの中で垣間見た事のない世界だった。


 


 ニンゲンから上がる歓声も罵声も大きなうねりと成ってグルグルの中を揺らしていた。


 錯覚かもしれないが、俺達を中心としてぐるぐるその物が地震が起きた時の様に揺れている。


 1カンポ前に進むと音が鳴った。


 大地から重く響く音と、外から耳朶を震わせ定期的に音が鳴って俺の身体を打ち付けていた。


 まるで身体の中の心臓の鼓動に合わせ、置き去りにする景色の中に沢山の"命"が示し合わせたように合奏している様だった。


 


 


      ―――俺達は 命を 揺らしているんだよ


 


 


 答えだ。


 答えは無かった。


 だが、これが答えだ。


 


 ずっと求めていた答えが、俺の脚元に落ちていた。


 何度も走ったことのあるこの場所に―――違う、最初から何処のグルグルにもあったのだろう。 


 俺が気付かなかっただけだ。


 ニンゲンの命を、ウマの命を、このぐるぐるにある命を全部ひっくるめて俺達は大地を蹴り上げて揺らしていたのか。


 視界に映る景色を彩るすべての色が俺には分かった気がした。


 緑も白も黒も蒼も、ぜんぶ全部本物の色彩となって瞳に飛び込んで来る。


 良いか悪いか、大事かどうか別にして、全部ひっくるめてニンゲンは俺達ウマに預けてる物があった。


 それが何かなんて些細な事は気にしてる暇はない。


 


 4番が誇らしげにパドックをぐるぐる回る理由が少し分かったぜ―――必死になるのもな。


 


 


      ―――気張って走りな、ボウズ


 


 


 ああ


 悪くねぇぜ! ブッチャー!


 


 鼻っ面が疼く。


 


 振り上げた脚が身体全体を震わせ。


 口の奥に挟みこんだハミをガッチリと噛み、沈んだ脚を全身の筋肉が呼応して持ち上げる。


 4番が一瞬だけ態勢を崩し、まさしく俺と真横に並んでいた瞬間だった。


 限界だと思っていた速度を簡単に乗り越えて、2番も4番もぶち抜いて、気付けば俺はゴールとして設置された板きれを最初に駆け抜けていた。


 


 


jpn1 / かしわ記念


 


船橋競馬場 ダ1600m 晴れ/稍重 全14頭 20:10 


 


1着 1枠2番  ディスズザラポーラ 牡4 牧野 晴春 人気2 厩舎(栗東・鯨井恭二)   繰り上がり勝利


2着 2枠4番 ネビュラスター 牡4 田辺 勝治 人気1 厩舎(東京・雉子島健) ハナ差 降着


3着 5枠9番   フェイスボス       牡6 大島 孝之 人気5 厩舎(船橋/・波多野修) 5馬身


4着 4枠6番  ネイヨンマウンテン  牡4 斎藤 吉松 人気4 厩舎(東京・佐藤裕司) アタマ


5着 7枠11番  ホワイトシロイコ   牝4 町田 尚哉 人気10 厩舎(東京・吉岡真治) 2/1馬身


 


落馬失格


ワイルドケープリ 牡7 林田 駿 人気6 厩舎(園田・林田巌)


 


体調不良により競争除外


ダークネスブライト 牡5


 

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