20
※※※※
どういうことだろう
彼女は僕の味方だった?
家族とは
これ程強く結ばれているのか
だとしたら
僕は何故——
いや
今はなんでもいい
重要なのは
何処に行くかだ
彼にも連絡した
僕の想いを
言い残しておいた
心は
決まった
ならば探せ
思い出せ
あいつは何処に
違うな
逆だ
考えるのではなく
赴くままに
足を動かせ
僕が気づかずに行きたくなる場所
本質が惹き寄せられる場所
それを探せ
何故と言うなら
あいつはそういう存在だからだ
僕の拠り所
そのものだからだ
※※※※
「湯田夕刻さん。彼女は情報操作機関“吟遊”の一員であり、“鬼”と呼ばれる存在の一部です」
日下は彩戸から視線を外さず、その淡く光る指で彼女を指した。
「今回彼女に我々の送迎をお願いしたのは、この場に役者を全員揃える為です。つまり、今の状況を整える為に」
「…聞いてやっても、いいッス…」
彩戸広助が、何故か興味を示している。
日下の予想通りなら、彼らは仲間ではないのだろうか。
「湯田さんが…そんな筈…」
優子は衝撃のあまり固まってしまった。指先一つ、動かす気配がない。
「私が、彼らの仲間だと、何故そう思うんです?孤児院なら、他にもあるでしょう」
初めて、湯田さんが声を発する。
ずっと無言だった彼女から放たれた声は、震えを抑えているかのような健気さも感じさせる。
提示されたのも当然の疑問だ。どこからその発想が出て来たのか。
「最初に違和感を抱いたのは、あの孤児院の概要を聞いた時です」
どうやら、かなり早い段階で疑っていたらしい。
「児童養護施設というものは、個人で経営しているように見えても、上位組織として必ず国や自治体が付きます。助成金が出るので当然と言えば当然ですね。運営のトップは社会福祉法人の理事長という扱いですし、認可されるには周辺の類似施設の賛同も必要になる。乃ち、信用に値する実績というものが無ければならない」
だが、そうか。
湯田さんは——
「貴方の『未来の故郷園』設立以前の経歴を調べましたが、一向に確たるものを掴めないんです。貴方を知る人からは、『バックパッカーだった』という程度の情報しか得られません。そんな人が、児童養護施設の認可を通過するのか?まあ、まず無理でしょう」
深くは考えてこなかった。
「凄い人だ」とまで思っていた。
けれど考えてみれば不自然だ。
孤児院というのは、勝手に建てられるものじゃない。
「依頼人から話を伺う為に実際に施設に入ったことで、疑問が更に浮き彫りになりました。寄付がなければ最低限の措置費のみ。児童養護施設というのは、どこも経営が苦しいものです。ましてや具体的な実績を一切示せない貴方なら尚更。しかしあの場所は、あまりにも整い過ぎていました。最新式の家電製品を各種取り揃え、掃除も隅々まで行き渡っていることから人手が足りている、つまり設備投資にも人件費にも問題がないと分かります。余裕があり過ぎるんですよ」
俺は思い出す。
ゴミは片づけられ、あらゆる設備が整い、暮らしている人間のほとんどは切羽詰まっていない。
確かに、経営の手腕だけで実現しているなら、かなりのやり手だと言える。
俺と二人で愛子に話を聞きに行ったあの日。
あの日既に、日下は湯田さんをマークしていたのか。
「それはしかし、私の資金源が不透明というだけなのでしょう?」
「いえ、資金源は分かっているんです。様々な名目で、自治体から追加の資金を得ていることは調べてあります」
「私の不正が暴かれて、それで何故秘密組織に繋がるのですか?」
「最初私は、夜持さんがその不透明な流れに関する何かを知っていまい、それを隠蔽しようとした結果、混乱が生じているのかと思っていました。けれど捜査の過程で“吟遊”なるものが出て来たあたりで、私の中でもう一つ別の仮説が成り立ってしまいました」
「国関係である」ということしか繋がりは無いように見えるが、何処と何処が連結したのか。
「先輩、あの食堂の棚に置いてあった雑貨、何があったか覚えていますか?」
そこで日下は、出し抜けに俺に話を振った。
「え?えっと…なんかキモイ人形とか…マグカップとか…蛇のキーホルダーとか…?」
「言うに事を欠いて『キモイ』はないでしょう。あれはマコンデ族の伝統的な彫刻美術ですよ。タンザニア南部からモザンビーク北部にかけて住んでいる、男と、彼が彫った女性から人類が生まれたという言い伝えまである程に、彫刻芸術と深い関連を持つ部族です」
そうなのか。知らずにもの凄く無神経なこと言っちまったぞ。
「他には手拭いのような布製品、あれは用途からしてカンボジアのクロマーでしょう。吊り下げるタイプのライトは、ドバイのアラビアンライトですね。フィリピンのカピス貝を使ったウインドチャイムもありました」
よくもまあポンポン出て来る出て来る。観光ガイドかお前は。
あの一瞬で何処由来のものか見抜いていたのか。
「カピスガイ」ってなんだよ。カスピ海じゃなくて?
それに、どこの土産物か分かったから何だと言うのか。
「1991年。海上自衛隊が自衛隊法99条に基づき、ペルシャ湾へと機雷掃海の為に派遣されました」
また、話が明後日の方向に飛んだ。
「当時彼らはフィリピン、マレーシア、スリランカ、パキスタンの港を経由しました。また、同時進行していた現地調査によって、ドバイに存在したイギリス海軍施設の利用に漕ぎ着けました」
否、こいつの話は、やはり少しも逸れてなどいない。
「自衛隊の海外派遣は、PKOの一環としても行われます。1992年からその翌年までカンボジアへ。1993年から95年までモザンビークへと」
そういうことか。
こいつは、あの時食堂に入った時点で、こんな大胆に過ぎる絵を透かし見たのか?
しかし——
「分からない…。日下、秘密組織が単なる現地調査の為に派遣されるか?別にこいつらでなくてもよくないか?」
「先行偵察は本領ではないでしょう。彼らのそれは、情報統制にあります。『人の口に戸が立てられない』。だから戸の開き方を調整し、時には口自体を排除し、そうやって人口に都合の良い情報を膾炙させる。それこそが彼らの本題です」
見られないように、むしろ自分達から言いふらす。
何かを隠すために、鬼を見せる。
無くせないなら、変形させればいい。
そいつらはいつもそうやって、事実を曲げて発信してきた。
「そしてその行程は、前述の派遣には必要なことでした。
自衛隊程、無害なイメージが重要な武装組織もそうはありません。派遣先に威圧的に受け取られ、それが少しでも国内メディアに漏れれば、軍事費を維持するどころかむしろ縮小の憂き目もあり得ます。国防の一部を他国に任せ、領海は頻繁に侵され、頭上をミサイルが飛んで行くこの国で、相手を脅す行為がむしろ非難され、それが原因で力を取り上げられる。管理・運営する側から見れば、身を守る術を少しずつ剥かれていくようなものです。2000年代初頭になっても、『自衛隊は人殺しの集まり』という考え方が主流になっていたことも踏まえると、彼らにとっては大きな悩みの種だったでしょうね」
「真見ちゃんは、あれかな?平和憲法には反対の人かい?」
轍は公僕として、思うところがあるのだろうか。それとも元来の性分なのだろうか。不安そうに口を挟んできた。
「賛成・反対といった問題ではなく、『権力者の視点に立ってみれば、やりづらいことこの上ない』というだけのことです。守るにしても、支配するにしても」
国際社会は、「みんな仲良く」とはいかない。そんな状態には、一度もなった例が無い。
いつ襲ってくるかも分からない隣人に怯え、家にある武器になりそうなものを直ぐ手に取れる場所に置いておいたら、家族や友人が一方的に糾弾し、それらを奪おうとする。
煩わしい。
そう考える気持ちも、正直分かってしまう。
「“吟遊”は、その対策として派遣されました。実際どの程度活躍したのかは想像するしかありませんが…失敗談が美談に、見知らぬ異国の軍隊が頼もしい守護者に、そうやって人々の感じ方を操作し、変質させていった…」
——自衛隊はクリーンです。
——人を殺すことはありません。
——現地住民とも仲良しです。
——みんなから感謝されています。
「湯田さんは、恐らくそれらの任務で発揮した優秀さを買われ、次代へと繋がるプロジェクト、その最重要ポストの一つに就任するに至りました。乃ち、子ども達を直接教育する立場です」
俺は改めて湯田さんを見る。
決して華美ではない、化粧っけもない、「優しい親戚」といった感覚を与える女性。話を聞いた今も、他者のことを心の底から案じているふうに見える。
だからこそ、彼女が適任なのだろう。
どう見ても、善良な一般市民にしか見えないからこそ。
「しかし、それが今回の騒動における、最初の判断ミスでした」
俺の印象が早くも否定された。
どういうわけか、綻びが生じていたらしい。
——一体何処に?
「湯田さんは確かに真面目で忠実な構成員でした。しかし真面目過ぎた。彼女のメンタル面に対する理解が足りていなかった結果、騒乱の種が撒かれてしまった」
ふと、何かが引っかかった。
なんだろうか。誰かに対して、考慮が足りていない気がした。
「こうして全てが揃いました。隠れた信仰、実験都市、“吟遊”、孤児院。そして、それらが動き出す契機となったのが、東京オリンピック」
その話は、暗宮進次の思いつきだ。
「2013年9月、2020年オリンピックの開催都市が東京に決定しました。それに先立って、“吟遊”はとある実験の準備を進めていた」
備えあれば患いなし、だったのか。あるいは東京開催の既定路線が、より早い段階で出来上がっていたのか。
「国際的な大イベントを前にして、彼らは間に合わせる必要があった。“ソフトターゲット”、大量の観光客に世界の注目と言う、“敵”にとって絶好の標的を迎える準備を」
武力が忌避されるこの国で、テロリストに対抗する手段。
必要なものは至ってシンプル。
恐怖を食い物にする彼らすら、恐れをなす未知の危機。
「それを、実際にこの都市で、あの孤児院で運用したのではありませんか?」
——孤児院で?どういうことだ?
「つまり?どういう言いがかりッスか?」
「貴方達は非公式の臨床試験を行ったのです。被験体はあそこで暮らす子ども達。望ましい結果が得られるのかどうか、生命活動にどこまで影響するのか」
夜持に愛子、優子。彼らだけじゃない。その施設にはもう10人は居た筈だ。
「オイオイオイオイ。後にこの街を思い通りに乗っ取る為の手駒じゃなかったのか。それで死人でも出たら…」
「飽くまで使い道の一つに過ぎないということですよ。隠蔽が必要な実験全般に使える場所が欲しかっただけです。それに何も全員に対し同時にやることはありません。この実験に相応しい検体が選定されたと見ていいでしょう」
例えば、反抗的である。
例えば、目を離すと居なくなるような自由さがある。
例えば、精神状態が危ういバランスの上に成り立っている。
そういった者が対象になっただろうと、日下は推察する。
「テロリスト対策なので『反抗的』とか『制御不能』とかは分かるけど、『精神状態』ってのはどういう基準なのかな?」
轍が首を傾げる。
「そこの博士の趣味だからです。そういう相手に“施術”する機会を、その人が逃すとも思えません」
返ってきた答えは説明になっていない。
いや、そもそも情報が足りていない。
聞くべきなのは——
「日下。いい加減その『実験』とやらが何か教えろ。具体的にはどういった効果が期待されてたんだ?」
それが分からなければ、十七夜月や彩戸の行動の全貌が見えて来ない。
逆にそこがハッキリするだけで、かなり分かりやすくなる…と思う。
「サンシ製薬。1960年に創業し、1964年のオリンピック景気で急成長したこの企業は、その基本理念においては全く変化していないと言っていいでしょう。乃ち『より長寿に、より幸福に』、です。『サンシ製薬』という名付けにもそれは表れています」
彼女の話題の転換に、疑問を抱く者はもういない。
これも、どこかで合流する。
「『サンシ』というのは『三尸』、つまり庚申信仰の『三虫』のことです。この虫は人の体内に棲み、60日に一度の庚申の日に宿主が眠った隙に抜け出します。行き先は天帝の御許、そこで宿主の悪行を告げ口し、それによって人の寿命が減らされるとされています。三尸虫を三匹の虫とする考え方では、それぞれ『上尸』『中尸』『下尸』という名前が付けられます。一般的にその三匹は、上尸は道士の姿、中尸は狛犬に似た姿、下尸は牛の頭に足が一本の姿として描かれるそうです。それらを組み合わせれば、丁度サンシ製薬のロゴマークの生物のようになるでしょう」
いつぞやの、環状監獄の話を思い出す。
監視する視線は、自分の内側から見ている。切り離せず、故に逃れられない。
今聞いた虫はまさにそれだ。
自分の外に出たが最後、悪事が立ちどころに知れ渡り、自身を追い詰める毒牙となる。
「サンシ製薬の特異な点は、この『三虫』に二つの意味を持たせた事です。一つは、通説と同じく寿命を削る敵として。そしてもう一つ、一番の隣人・理解者として」
「理解者」?
命を削る監視装置が、理解者となるのか?
「自分の内側で常に見ている以上、生まれてこの方、自分と同じ体験を共有してきた存在である…とそう言いたいのでしょう。自分自身の視線ですので、見ている側は見られている側について、この世界の誰よりも詳しく・深く知っている。悪い所も、受け入れてくれる。その視線を作り出している本人は、それを別の何か——世間や法や神が見ていると思い込む。
完全な相互理解など望むべくもない人間に、自身を完璧に理解してくれる他者と出会う事を可能にするもの。それは、見られている者自身が見ているという矛盾である。と、そう考えたんです」
自らを慰める行為。
自らを縛り上げる行為。
それを、究極の他者理解へと昇華する。
それが可能なら、この世から、「孤独」が根絶される。
理屈だけなら、分かる。
「つまりサンシの連中は、『内視』の感覚を強制的に植え付け、かつそれを強めることを目的としていたってことか?」
「私はそう見ています。サンシ製薬はその技術の実用化を目指し、長い間探究し続けました。その活動に目を付けたのが“吟遊”の皆さんです。理想は敵対組織の殲滅。しかしそれを許す世論も、予算や物資の余裕も、ノウハウも無い。そこで、捕らえた後に死んだも同然の状態にした上で、それを送り返すというプランが提示された。通常ならボツにされますが、それを可能とする技術を追い求める者が発見され、不幸にも完成間近であるように錯覚してしまいました。真逆の方向を向いていた彼らの利害は、このようにして一致を見ました」
常に見られている状態で、犯罪計画を練れるかと言えば、それは相当に厳しくなる。
良心がどうこう言う話ではない。どこまでが本物の視線か分からない以上、本格的に動き出した瞬間に機先を制される可能性が付いて回る。段取りを修正しても、それすら見通されていれば、必ず阻止される筈。行動の自由の一切が奪われるのだ。
そんな時、彼らに囁いたらどうなる?「こちらの言う事を聞けば、“自由”にしてやる」、そう言ったら、どういう反応が返ってくるのか。想像に難くない。
従順な内通者の完成である。二重スパイの余地など無い。そいつを利用して、更なる犠牲者を捧げさせる。一個で樽一つを駄目にする腐った蜜柑よろしく、内部から破綻させていくことができる。
上手くいけば、弾丸の一発も無く、一つの集団を終了できる。
「幸福」とは逆の使い方。相互に取引し、自らの利を貪り合う関係性が構築される。
暗宮進次に与えられた情報は、「国が関わる実験」「無力化」。
言われてみれば、近いような気もする。
しかし、逆からは繋がりようが無い。
中らずと雖も遠からず。
似ているけれど非なるもの。
“吟遊”のやり口は巧妙だ。
愚か者は答えを得た気になり、賢い奴はそれが真実とは考えない。
どちらにしろ、正解できないようになっている。
「やったことは、文字にすると非常にシンプルです。投薬や施術で“視線”を感じるようにする。それも四六時中、能う限り絶え間なくです」
「可能なのか?どうやる?」
「それについては十七夜月さんが詳しいでしょうが…私にも予想ぐらいは出来ます」
日下の物言いに、十七夜月は値踏みするような視線を向ける。
採点者気取りか。
「一般に、『気配』、つまり何か異物がそこに在る・居るような感覚というのは、第六感と呼ばれています。いますが、結局のところそれは、意識に明瞭に表れないような五感の感受に過ぎません」
これも、日下から聞いていた話だ。
聞こえていることを認識できないレベルの雑音が、背後に蠢く影を浮かべる。
そうとは感じさせない程に微細な痛痒が、誰かの吐息や視線に変わる。
ほんの些細な違和感が、居もしない監視者を成立させる。
人はどれ程力を引き出しても、360°全てを見渡すことは出来ない。見えない場所なら、何も居ないと言い切れない。
そこに、“鬼”が棲む。
「彼らが主に取り組んだのは、“痒み”の部門です。実際、痒み止めの開発はサンシ製薬の基本事業とされており、今尚高い市場占有率を誇ります。そこで成立したのは、脳のどの部分が痒みを感じているかという研究か…、若しくは、脳に痛みを伝える電気信号、その伝達の段階に介入するという試みか。もっと単純に、軽度のアレルギー反応を意図的に発生させることかもしれません」
「『寄生虫利用によるアレルギー反応の促進・抑制』、博士の得意分野でしたね?」と何らかのタイトルを諳んじたが、多分十七夜月博士の論文だろう。
「いずれにしても、一度それを“視線”であると感じさせてしまえば、あとは簡単です。そしてあの施設では、内視を得ることができそうな者・得てしまった者に対して、効果を増進させるための、カウンセリングのようなものまで行っていたと思われます」
夜持から聞いた、湯田さんの口癖は、「お天道様が見ている」。
「見られている」意識を植え付ける、その為だけの常套句。
もともとは、子供達を操りやすくする手法を探していた。
“鬼”の研究は、その延長でしかない。
これまでの“教え”が、役に立ったわけだ。
十七夜月は「大正解!」といった態度だ。この期に及んで裁定者面はムカついてくる。
「けど真見ちゃん。投薬ったって、本人達が何の違和感も抱かないように服用させる方法なんてあるの?」
とは轍刑事の質問。
「実際、その部分の言い訳は下手でしたね。『マイブーム』を装って、詳細不明の自家製飲料を頻繫に作り始めたので、ちょっとした話題になったようですし、記憶にも鮮明に残りました」
——最近凝り始めた特製飲料が最悪であること以外に欠点が無い人
あれは、一服盛っていたのか。
消えない視線という、見えない牢獄。
そこに誘う劇毒を。
俺は湯田さんを盗み見る。
その表情は、前を見据えたまま。
顔色もまた、青白く曇り。
しかし最早、善意と心配の表出には見えない。
そこに怪物が立っている。
そう、思えてしまう。
「そうして実験は、一応は滞りなく進行していました。しかし、ある一人を除いて、誰にとっても予想外な事が起こったのです」
予想外。
それを引き起こしたのは。
ああ、
聞かずとも、もう分かる。
「夜持行人さんが」
夜持は——
「視線の主を、知覚したのです」
“成功例”だったのか。