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15下

 いつの間にか、静かになっていた。

 

 日下は何も言わず立ち上がり、迷いなく歩き出す。恐らく完全に覚えているのだろう。

 炎はもう見えなかった。途中からは足跡を辿りつつの行軍になる。果たして追いつけるのか。

追いついたとして、どうするのか。

 まああれだけの大移動だから、痕跡の類には事欠かないだろうが。


 どれくらい経っただろうか。ここは時間の進みが曖昧だ。太陽が見えづらいせいか。それとも特殊な重力でも働いているのか。

 俺達は、奴らが執拗にうろついていた痕跡を見つけた。その付近だけ明らかに他よりも踏み荒らされ、隠すどころかむしろ暴こうとするように、草木が切り開かれていた。


 その先には、ポツンとプレハブ小屋が建っていた。

 何の変哲もない、薄汚れた水色のトタンの壁と、ポリカ波板の屋根。物置か何かだろう。登山ルートの途中に必ず一軒は存在する、登山あるあるになっていそうな、まあそういう小屋だ。

 負傷者が運び込まれている可能性もある為、中を検める…までもなく、そこが重要な地点だと分かる。

 入り口に哨戒が居る。

 数は二人、作業服であろうツナギを身に着け、箒の柄にナイフを括り付けた、即席の槍を手に周囲に目を光らせている。時折無線を確認し、気にしているのが見える。

 じっと見ていたらもう一人、裏手から回って来て合流した。

 どうやらぐるりと一周する役も設けているようだ。


「どうする?」

「無視して先に進むのも選択肢の一つですが…あれの中身が、ここで起こっていることを読み解く為の助けになってくれる可能性が高いですね。押し入りましょう」

「だがどうやって?」

「裏に回りますよ」


 小屋を一周して来たのであろう作業服男が戻って来る。

 入り口に居る二人に軽く手を挙げて挨拶。

 それに反応して二人ともこちらを向いた。


——まあ、そうなるよな。


 見張りの背後、一瞬だけ両方の死角となったそこ、そこから日下真見は素早く詰め寄り一人目の股間を蹴り上げた。相方が悶える声で振り向こうとしたもう一人に俺が「キエーッ!」と奇声を上げて突進する素振りを見せ気を引く。怯んだそいつの真後ろに日下が既に立っており首に手を回して絞め落とす。それが完了したら地べたで悶絶していたもう一人にヘッドシザースをかけ、制圧完了。惚れ惚れする手並みである。


 急いで中に誰か居ないかを確認する。


 そこには無数の目玉コレクションが…なんてことはなく、単なる資材置き場である。

 人の気配はもう無い。

 板やら角材やら分解された棚やら。

 丁度良く荒縄も置いてあったので、気絶した三人を縛り上げ、屋内に引きずり込んでおく。

 定期連絡が行われていた場合、時間が経つ程に発覚のリスクが高くなる。いつまでもここに留まれはしない。


「なんでこんな場所見張ってたんだ?隠れられそうだから?それにしても三人体制は過剰に思えるが」

「この山に逃げ込んだ商店街勢力の側ではなく、先ほどの落ちぶれ汚穢(おわい)自衛官の方の拠点…というところでしょうか。中にある何かではなく、外から来る何かに注意を払っていたようですし、戻って来るところを待ち構えているのかもしれませんね」

「結構根に持ってるなお前…じゃあ、さっきの迷惑サバゲモドキがもともとここに居て、三絵図商店街の連中に見つかった結果のお祭り騒ぎか?」

「先輩も充分恨みがましいじゃないですか。まあここが現在進行形の騒動の発端であることはほぼ間違いないでしょう」

 しかし迷彩男はこんな場所で一体何を?


「先輩、こういう時、相手が本当に秘密裏に動く国の機関といった類のものである場合、ここに物を隠すのは合理的ですよ?」

 建材を動かしつつ、床を軽く叩いて回りながら日下が言う。

「ああ…言われてみりゃあ。人目から隠されて、来るのには苦労するクセに、こんなにもデカい秘密の無さそうな場所はそう無いか」

 どこにでもあるみすぼらしい小屋。

 実験体がどうのとか、軍が・政府がこうのとか、そういったイメージとはかけ離れている。あまりにも“日常”の一部。

 基本は見えず、見ても目立つことがない。

 商店街メンバーも、俺達だって、先にそこに何者かが居たからこそ調べている。そうでなければ景色の一部として、無視してしまっていたかもしれない。

「そうなると、一見しただけでは分からないだけで、意外と簡単に隠れているものが…ほうら」

 日下が木目調の床を指で押すと、取っ手のようなものが二つ飛び出て来る。それを引っ張り上げると、地下への階段のご登場だ。

「べ、ベタだな…」

「物品で上を覆っていますが、引き摺った跡はそのままです。入り口に蓋をしていても、下が空洞の箇所は音の響きが変わってしまっています。どちらも対策不足です。『見つかりっこない』と高を括っていますね」

 本来この場所は、こんなに詳しくは調べられない。迂闊と言うのは酷か。


 日下は躊躇(ためら)いなく降りてゆく。


「お、おい、罠とかあるかもしれねえぞ」

「今更アラームが鳴る程度はどうでもいいでしょう。レーザーで輪切りにされるわけでもありませんし」

「いや爆弾とか…」

「侵入者一人で中の情報と人員を全て捨てるとは、随分と思い切りが良いことで。そこまでの余裕は無いでしょう。そもそも、ここで大規模な工事や爆破をすれば、流石に地元住民に目立ちますよ。視界にすら入らないことが望ましい以上、改造はなるべく抑え気味で行われたのでしょう」

 理屈は分かるしどの道行くしかないのだろうが、もっとこう用心とか。

 俺がまごついている間にも、探偵殿は先へ下へと踏み込んでいくため、慌てて後に続くしかない。


 中は意外と明るく、そして広い。

 証明を落とす暇すら無かったのか、電気系統は全て起動したままだった。

 奥には更にドアが二つ。

 左の扉は、司令室のような場所に繋がっていた。何に使うのか分からない電子機器、計測器具、モニター群。ミーティング用と思しき卓やボード。資料が散乱していることから、かなり混乱しながら大急ぎで撤収したようだ。

 隣の部屋が見えるようになっており、テーブル、椅子と卓上照明しかないそこは、取調室であろうと予想できた。きっとこの窓はマジックミラーで、反対側からこちらを見ることはできなくなっているのだろう。


「ダメです。ろくなものが残っていません。彼らの目的については一切判明しないように徹底されています」

 日下が紙束を物色しながらボヤく。

「残ってんのは何だ?」

「何者かに対する…取り調べの記録ですね。脳波や心拍の測定結果や、聴取の書き取り記録みたいですが…」

 そこで日下は、数冊セットになっている手帳を拾い上げた。

 パラパラと捲って中に軽く目を通す。

 その瞳が、僅かに揺れる。

「これは…!」

「どうした?そりゃなんだ?」

「捜査メモです」

「何!?」


——暗宮進次さんの調査の軌跡ですよ。


 日下がその言葉を言い終わる前に、俺はそれを引っ手繰(たく)っていた。


 その中には。


 荒々しさと几帳面さの両方を感じさせる角ばった字で、2年前の三絵図商店街役員消失事件について、びっしりと隙間なく書き連ねてあった。

 発見した事実と、それに対する暗宮の憶測。

 一つ一つの事柄について、それに対しての意見まで書かれている。

 手帳の中には、事件関係者について、脅しのネタになるようなことまで網羅されたものもあった。

 (いや)

 これは、字の感じが少し違う。

 恐らく別人が作った資料を共有している。


 どちらにも共通するのは、熱に浮かされたような偏執。


 彼らの内側、最も熱く濁った部分。


 そこに直に触れてしまう。


 覗いてはいけない扉の先を、

 目にしてしまった後ろめたさに似ていた。


 目が離せないところまでそっくりだ。


 そうして俺は否応なく、


 自分ではまるで意識せずに、


 暗宮進次に


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