第3話 手のひら返し
その日から美弥は家に戻って来なかった。いや、地球取締局に逮捕されて拘留されていたのだ。そして驚くべきことに、あれからすぐに彼女の家に地球取締局の取締官がやって来て家宅捜索が行われた。もちろん早紀も彼女の両親も取り調べのために取締局に連れて行かれた。
(一体、なにが?)
その動きを不審に思った飛鳥は密かに調べ始めた。関係者を当たり、情報を引き出そうとした。だが関係者の口は堅かった。美弥を診断した医師の記録も厳重にどこかに保管されているようだった。何もかもわからずじまいだった。
その後、数日してから早紀とその両親が取締局から解き放されて家に戻ってきた。飛鳥はすぐに家に行って早紀に会った。
「一体、何があったというの?」
だが早紀は何も答えない。じっと下を向いていた。
「口止めされているの? それとも言えないようなことがあったの? 私はどんなことを聞いても驚かないわ。教えて! 力になれるかも。」
飛鳥は早紀にそう言うが、彼女はぐっと口を結んで何も話そうとしなかった。
「ごめんね。言いたくないこともあるよね。もう聞かないわ。これで帰るわ。でも私は親友としてあなたの力になりたいの。できることなら何でもするわ。そのときは連絡してね。」
飛鳥は腰を上げた。すると早紀は涙をこぼした。
「ごめん。あまりのことで気が動転しているの。でも飛鳥にだけは聞いて欲しい。」
早紀は顔を上げてそう言った。飛鳥はうなずくとそこに座り直した。
「あの後、美弥が連れて行かれたでしょう。奥で詳しい検査を受けていたの。ゴーヤクという薬の・・・」
「ゴーヤク?」
飛鳥は早紀に訊き直したが、その薬物に聞き覚えがあった。確か緊張を和らげ、体の動きをよくするという作用がある。だが依存性があり、続けると体に大きな異常が起こる。そのため銀河帝圏で禁止薬物に指定されている。この薬物が体から検出されたとなれば一発でアウトだ。本大会が出場できないどころか、使用だけで重い罪に問われる。
「そうなの。体の動きがよくなるけど危ない薬らしいの。それを美弥がムラス舞踏の大会に勝つために使ったというの。」
「でも地球大会の時も調べたけど何もなかったじゃない。」
飛鳥が言ったが、早紀は首を横に振った。
「出ないようにごまかせる薬があるそうよ。それを今回忘れたから発見できたのだろうって。でもそんなことは知らないわ。美弥だって知るはずがないわ。」
「何かの間違いよ! そんな薬、そこらにあるわけはないわ。」
飛鳥は言ったが、早紀の顔は暗いままだった。そんなことは取り調べでさんざん取締官に言ったのだろう。だが聞いてはもらえなかったようだ。
「あの薬、重い罪になるの。美弥はまだ取り調べを受けているわ。可哀そうに・・・。何もしてやれない・・・うううっ」
早紀はその場にうつ伏して泣き出した。飛鳥はかける言葉も見つからず、ただその背中をやさしくなでて慰めることしかできなかった。
美弥のことはすぐに大きく報道されていた。最初は体の大きな故障などの憶測の記事しか出なかった。だがどこかからリークがあったのか。美弥が禁止薬物を使ったことが報道され始めた。それが出ると人々は手のひらを反すように一斉に美弥を非難し始めた。
「おかしいとは思っていたんだ。地球人の小娘があんなに踊れるなんて!」
「全くだ。地球人の恥だ!」
町にあったポスターや横断幕はビリビリに引き裂かれた。それでも足らず、早紀の家には非難する言葉の落書きが書かれ、石が投げられ窓ガラスが割られた。早紀やその両親は家に閉じこもってひっそりと暮らしていた。
飛鳥はそんな人たちに叫んだ
「美弥はそんなする子じゃない! 間違いよ! どうして信じられないの!」
だが人々の反応は冷たかった。彼らは期待を裏切られた怒りをどこかにぶつけたかった。
「うるさい! お前もペテン師の仲間だな! やっちまえ!」
飛鳥までが石を投げられた。飛鳥はそれ以上、何も言えず、その場を逃げるように離れた。彼女はただ悲しみに涙がこぼれそうになっていた。