船旅
巨大な船体が飛沫を上げ突き進む。船の甲板には大勢の客が潮風を浴びに出てきている。一行も例外ではなく船のへりに寄り掛かり、どこまでも広がる海原を眺めていた。
「さっきの話なんですけど。」
ネームレスが沈黙を破る。
「あの団長さん?はよかったんですか?」
自分が目撃者なのに何も情報がないのと、半ば無理矢理切り上げてきた申し訳無さで、少し後ろめたい。
ネロは当然と言った様子で答えた。
「いいんだよ。あいつら俺たちのこと目の敵にしてるし。」
ネロだけが毛嫌いしているのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「我々の考えは彼らにとって古臭いものですからね。」
「でも、精霊がいないと大変なんですよね?」
「無尽蔵だと思ってんだよ。」
「自然がなくなれば妖精が死にます。妖精がいなくなる分を精霊が補い、補った分消耗していきます。疲れた精霊はその土地を見捨て、生物が住めなくなるほど荒れ果てます。」
目に見えないものは信じ難いものだと、ルクスは言った。
改めてネームレスは思った。自分は魔力があり周りに妖精がいるのが当然だと思っていたが、普通の人間にとって見えないのが普通なのだ。実際になってみないとわからないものなのだろう。ネームレスは周囲に漂う妖精を目で追った。
ネロの鼻先に、妖精が近付いた。だが気にしていないのか、反応がない。
(自分ならくすぐったいけどな。)
不思議そうに見ていると、ネロがそれに気付いた。
「何?」
「いや、くすぐったくないのかなーって。」
ルクスが笑いながらネロの鼻を弾く。
「妖精だよ。」
「ふーん。」
その様子にネームレスは疑問を覚えた。
「ネロさんは、妖精に興味ないんですか?」
「興味もなにも、俺、妖精とか見えないし。」
「え?!」
「俺、魔力なんてないよ。フツーの人間。」
教会の人間は魔力があるのが当然だと思っていたネームレスは、思わず大声を上げて驚いてしまった。
「えええええええ!?だって、教会の人って、え?」
「彼は特別なんですよ。驚くのも当然ですけどね。」
聞かれ慣れているのか、ネロは面倒臭いという態度が出ている。
「まだまだ船旅は続きますから、おとなしく、問題を起こさないようにお願いしますね。」
ルクスは2人を見て強めに言い聞かせ、船内へ戻っていった。