裂傷
「核を渡せ、か。」
ルクスは静かにエテルを見据えた。全てを見通すようなその瞳も、慈悲深く見える眼差しも、エテルにとっては恐ろしいものだった。
真っ直ぐに見つめられ、エテルは目を逸らす。
「……言ってみただけだ。どうせ無理だとわかっているからな。」
部屋から出ようと、そのまま背を向ける。何故ルクスは責めないのか。それが不気味だった。
「ジュリアンはどうするのですか?」
その問いに、エテルは一瞬動揺したが、すぐに何事もなかったように振る舞った。
ジュリアンはエテルを慕っている。エテルがジュリアンを教会騎士団に誘った事から、特に懐いていた。
「……あいつは人間だ。自分で考えて行動できる。」
含みのある言い方をした後、思い出したように振り向く。
「あぁ……双子の首輪だが、ただの牽制だ。爆発なぞしないから外していいぞ。」
そしてルクスの静止も待たず、エテルは部屋から出ていった。
前に出した右手が虚しい。
目聡いエテルの事だ。ミスラの存在も知っていたのだろう。教会を去る事も計画していたのかもしれない。ただ正直なところ、何もこの忙しい時に出ていかなくてもいいではないかと、ルクスは思うのだった。それに、ジュリアンを連れて行かないのも、巻き込む気はないからだろう。
「……あの子達のところへ行かないと。」
双子の存在を思い出し、ルクスは部屋から出るのだった。
クリスはひたすらに森を突き進む。それにゾグは不安そうについていく。何か思いついたように教会裏の森林を探そうと言う話になった。
(……微かに血の臭いがするな。)
森の奥から微かに漂う血の臭いに、クリスは嫌な予感がしていた。
「逃亡しているなら、尚更ネロがわざわざ人混みに隠れるとも思えない……。」
立ち止まったクリスの視線の先には、廃墟であろう建物が建っていた。ルクスとネロが留守の時、偶然見つけたとこぼす。
「……やはりか。」
「これは……血!?」
駆け寄った足元には血溜まりがあった。それが転々と廃墟まで続いていた。
「……アイツは、昔から良いやつだった。団長や皆は、親友が死んでから変わったって言ってるけど、今でも親友の為に怒るし、大切な人のために命をかけてる。」
血痕を辿りながら、クリスはゾグに語る。
「誰よりも優しくて……寂しい奴なんだよ。」
ゾグは目を丸くする。少なくとも自分の知っているネロは、ルクス以外敵と言う人物だと思っていたからだ。ただ、クリスの言っている事もわかる。ルクスの事を誰よりも想っているのは間違いないからだ。
建物の中には、シニスの城で見たような設備が乱雑に置かれていた。教会本部のあるこの国で、シニスのような実験をしていたのかとクリスは考えていたが、ゾグは真っ先にルクスが思い浮かんだ。クリスはガラス片や瓦礫を物ともせず部屋を進む。
ふと目をやった先に、人の足が見えた。急いで駆け寄ると、そこには座り込みぐったりしているネロがいた。自分でやったのだろう。腹部には上着が巻いてあり、血が滲み出ている。
「ネロ……!」
クリスがネロに触ろうとすると、その手は弱々しく跳ね除けられる。
「なんで……お前っ……いるんだ。」
「喋るな。」
そう言うと、クリスは腰にある小さな鞄から包帯とガーゼを出し、手際よく手当を始めた。
「常日頃持ち歩けと言っていただろ。」
魔法が効かないのだからと、心配からなのか小言が止まらない。
ネロの顔色が悪いのは怪我のせいだろうか。ふとゾグはネロの様子を伺う。魔法が効かないネロから、何故か魔力を感じる。それは以前のゾグのような、魔力を体内に溜め過ぎたような、そんな感覚だ。
(でもネロさんは魔法が効かないって……。)
そう疑問に思いながらも、ゾグはネロの魔力を吸収出来ないか試みる。しかしうまくいかず、まるで空気を吸っているようだ。
(……駄目だ。拒絶されてるみたいだ。)
それなのに何故、ネロはこんなにも魔力を溜め込んでいるのだろうか。
気が付けばクリスは静かになっていた。緊張の糸が切れたのか、ネロは静かに眠っていた。だが体内の魔力をどうにかしなければネロの傷もよくならず、最悪魔物になってしまう。
「お困りのようだね。」
人の気配などしなかったはずだが、突然の問い掛けにゾグとクリスは警戒した。しかしすぐにその警戒を解くのだったが、ゾグだけは少しだけ気を引き締めていた。封印されていた精霊の結晶を解放したのがワイスだと知り、それがずっと気がかりだった。
「賢者殿!」
「なんでワイスさんがここに……?」
「そろそろ助けが必要だと思ってね。」
そう言うと、ワイスはネロの所まで行き抱きかかえた。
「なっ……!」
「今は彼の治療が優先だ。君も守護者なら、主の意図を汲めるようになりたまえ。」
有無を言わせず、ワイスは自分の部屋への空間を開く。それを見て戸惑う2人だったが、中からアネルが顔を出し急かすので、ゾグとクリスは顔を見合わせるとその中へと入るのだった。




