忌み名
翌朝、扉がノックされ、ハンネスがルクスたちの様子を伺いにやってきた。ハンネスの目には、ゾグがルクスに土下座をしている光景が映る。
「おはようございます。」
「お……おはようございます……。」
昨夜の事だろうと察したが、随分間の悪いときに来たと、ハンネスは気不味さに見舞われた。だがそれを気にしていないのか、ルクスは普段通りの態度をしている。こちらも何事もないような態度でいたほうがいいのだろうかと、なるべく早くこの場から去ろうと用件をさっさと述べて立ち去ることに決める。
「朝食を準備したので……食堂へお越し下さい……。」
「ありがとうございます。」
扉の閉じる音と共に、ゾグが喋り出す。
「本当に……申し訳ありませんでしたっ!」
「最初は誰でもこうですから、あまり気にしないでください。」
どうやら昨夜の出来事について反省中らしい。
ルクスが気にしていなくても、ゾグにとっては失態であり守護騎士失格ものである。何よりネロに申し訳が立たない。
しかし今は謝罪や反省よりも、ハンネスを待たせている食堂に行かなければならない。
「反省する暇があるなら、一層努力をしなさい。さ、行きますよ。」
こうなったゾグは何を言っても聞かないだろう。無理にでも引っ張り、食堂へ向かった。
「昨日の侵入者はミスラと名乗っていましたが、心当たりは?」
食後のお茶を飲みながら、ルクスは昨夜の事を持ち出す。この国の住人らしい言い方をしていた。国民全員を把握している王などいないだろうが、何か思い当たる節があればとダメ元で聞いてみる。
ハンネスは少し考え込むと、躊躇いがちに口を開く。
「……森の中に、一軒古ぼけた家があるのをご存知ですか?」
精霊と別れた後、木々の間から見えた家。特に気にはしていなかったが、そこが彼の家らしい。
「その家には、聖人エカードの末裔が暮らしている。」
「……!」
ルクスは驚きのあまり、カップを落としそうになった。エカードの末裔など聞いたことがない。だが昨夜会ったミスラはエカードの気配そのものであり、そのことがなければ信じていなかっただろう。
「エカードは裏切り者です。故に子孫も周りから疎外されているのです。」
ハンネスは言いにくそうにしながらも、関わりたくないと言った様子だ。それは憎しみなどではなく、恐れや恐怖と言った感情だろうか。子孫でも聖人の力がないとも限らない。なるべく危険から遠ざかりたい。そんな思いから、人々は彼らから離れていったのだ。
あえて遠ざけていたとなると、何も得られる物はない。それに、そろそろ人が来るだろうと予想し、早々に話を切り上げた。
予想通り、訪問者だろう、侍従長らしき老人がハンネスの耳元で話している。それを見計らい、ルクスは席を立った。
「お世話になりました。ほら、しゃんとしなさい。」
「は、はい、すいません……。」
落ち込むゾグの腰を叩き、奮起させる。
城の廊下で、ワイスとアネルに出くわす。ゾグは咄嗟に目を逸らす。
もしワイスが結晶の封印を解かなければ、ルクスが誕生する事もなく、ネロがルクスのために人を殺す事もなかったのだろうかと脳裏によぎる。
「珍しいね、城にいるなんて。」
「泊めて頂いたんです。」
そんな会話をしていても、ゾグがワイスを見ることはない。それに気付いたのか、ワイスは苦笑いする。
「嫌われたのかな?」
ワイスが何も知らないはずがない。ゾグの態度の意味も、何となくだが察している事だろう。それをアネルが咎める。
「意地悪しないで行きますよ、師匠。」
「はいはい。もうちょっと優しくしてほしいなぁ。」
2人の後ろ姿を見送りながら、ふと、ゾグは思った。
(そうか……あの人の存在があるのか。)
自ら刺激を作り世を混乱させたり、時に無関心になったりしてきた。だが、王を影で支えているのも事実で、それはアネルの存在がワイスを変えたのかもしれない。
なら、ルクスとネロはどうだろうか?ルクスの存在がネロを変えてしまった。なら、ルクスはどうなのだろうか?変わったとして、どう変わったのか?それを知る者は、きっと限られているのだろう。




