エカード
特にする事もなく、ゾグは用意された部屋で外を眺めていた。思考を停止し、城の綺麗な中庭を眺める。余程間抜けな顔をしていたのだろう。庭を整備していた庭師と目が合うと、気不味そうに顔を背けられた。
恥ずかしさで部屋に目を向けると、いるはずのルクスの姿が見えない。フラフラと勝手に出歩くのも困ったもので、本当に常に目を光らせていないといけないのかと少し焦る。そもそもルクスの護衛としてついてきたのだ。これでは仕事をサボっていることになる。
(城の中にいるかなぁ……?)
迷子になることを前提に、ゾグは自分のいた部屋がどこか何度も確認してから、迷惑のかからない程度にルクスを探し始めた。
ルクスは思いの外早く見つかった。城の一部は図書館になっており、一般に公開されている。何となく惹かれて入った所に、偶然ルクスを発見したのだ。
広い室内には壁一面に本が敷き詰められている。圧倒されていると、再びルクスの姿が見えなくなった。何故じっとしていてくれないのか。ネロはそれも苦ではなかったんだろうと、ゾグは思った。
ルクスは奥まった場所で、壁に寄りかかりながら古ぼけた本を読んでいた。その姿も様になっていて、ゾグは暫く見惚れていたが、ルクスがこちらに気付きハッとする。
「……探したんですよ。」
「ごめんなさい。」
いたずらっぽく笑うルクスに、何を読んでいたのか尋ねる。
「歴代の聖人について書かれている本です。」
そう言われ手渡された本を捲る。目次には3つの項目があるが、そのうちの1つは不自然に黒く塗り潰されていた。そしてそのページは破り取られてなくなっている。他の2人は聖人として誰もが聞いたことのある名前だ。
「……エカード?」
ルクスから話を聞いていなければ一生知らなかったであろう人物の名前だ。しかし何故知らなかったのだろうか?塗り潰されているのだろうか?
「聖人エカードは、裏切り者として禁忌とされる名です。」
ゾグは驚きを隠せない。それもそのはずで、話を聞く限り、裏切るような行いをして禁忌とされるほどの人物だとは思えないからだ。
「彼の行いを、人々は正義とは思えなかったのです。」
精霊を案じ、暴走する人々を止めるべく核を封印し何千年も続く結界を張った。
だが、人々はそう考えなかった。精霊を殺し、人々を救うはずだった核を独占し人の住めない世界に貶めようとした悪人だと、聖人の称号を後に外されたのだ。
「酷い……。」
ゾグはルクスから聞いて真実を知っている。しかし、人々は違う。精霊の為、世界の為だと訴えようが、目に映ったものがそう見えてしまった人々の目を覚ますことは出来ない。
ルクスはゾグから本を取り上げると、元にあった場所であろう隅の本棚に本をしまった。誰にも見つけられないような場所に追いやられた本に、ゾグは少し同情した。
月の明かりが町を照らす。見張りの騎士が居眠りをしているが、誰かの足音で目が覚めた。警戒し辺りを見回すが、誰もいない。気のせいかと気を緩めた時、背後から手刀をくらい呆気なく気絶した。
その後もその謎の人物は城内に忍び込み、騎士に見つからぬようとある部屋の前までやってくる。もちろんその部屋を警備している騎士も、今度は腹部を殴られ気絶させられた。
扉は静かに開かれた。
「……!?」
眠っていると思っていた人物が起きていたため、不意をつかれたらしい。月明かりを頼りに読書をしていたルクスは、静かに開かれた扉の先を見据える。
「どちら様でしょうか?」
そう尋ねるも、侵入者は何も喋らず扉を閉め部屋に入ってくる。
「ゾグさん、お仕事ですよ。」
「ふぇ……?はい!起きます!」
すっかり夢の中だったゾグは、ルクスの一言で目を覚まし、ベッドから無様に落ちる。それを見てルクスはおかしそうに笑う。
落ちた衝撃でようやく覚醒したのか目の前の状況を確認すると、ルクスを庇う形で立ちはだかろうと立ち上がるが、それよりも先に侵入者が動いた。
侵入者は、何故かルクスに嬉しそうに抱きついていた。
「随分と熱烈な方ですね。」
「ちょっ、離れてください!」
慌てて我に返り、ゾグは侵入者をルクスから剥がそうとする。しかしガッチリとホールドしていて、離れる気配がない。無理に引っ張ればルクスも巻き込んで倒れてしまう。
「良かった……無事生まれ変われたんですね!」
侵入者はそう口走った。ゾグは何を言っているのかわからなかった。ルクスも初めは不思議な顔をしていた。しかし、侵入者を観察して背筋が凍った。
魂の波長と言うべきか。それともこれは魔力の波長なのだろうか。
「この気配……まさか、エカード……?」
この世界で禁忌にされた、そして、ルクスの心臓とも言える核になった精霊を寵愛していた人物、エカードの気配だった。




