研究者
何事もなかったように朝はやってくる。ルクスもまたいつものように朝を迎えようとしていたが、やはり元気がないように見える。心做しか周囲の妖精も弱々しく見える。エテルは見かねて声をかけるが、心配ないと笑うのだが、それがさらに悲壮感を漂わせていた。
「今日の巡回は休んだ方がいいのでは?」
「だから大丈夫です。」
しつこいと言わんばかりに口調が強くなる。
(彼をそうさせた私が悪いんだから……。)
ネロを悪者にしてしまったのは自分だと、ルクスは責任を感じていた。だからその分、ネロのいるこの世界を守らなければと、強く思うのだ。
ネロのいる牢屋の前に、ゾグが訪ねてきた。きっと不機嫌だろうと思って来てみたが、思いの外機嫌は良さそうだ。ゾグは拍子抜けした様子でネロを見る。
「機嫌、良いですね……?」
「そうでもない。」
隣の牢屋では、アレスとセーアがこちらを覗いている。
「……ほら、話し相手になってくれんだろ?」
どう切り出していいかわからず黙っていると、ネロが珍しく気遣い促してきた。機嫌が悪くなる前にと、ゾグは恐る恐る口を開く。
「その……魔法の事をもっと知りたくて。」
おとぎ話だと言われていた時空魔法。それを実際に使えた人物。興味が尽きない。
ネロはそのまま続けろといった表情でゾグを見る。
「どうして、魔法が使えなくなったんですか?」
少し考え込み、真っ暗な天井を見上げる。
「……代償なんだろうな。」
「代償?」
「お前は、魔法は何の対価もなしに使えると思ってるのか?」
その言葉にゾグはドキッとした。まるで、次はお前が魔法が使えなくなる番だと言う言い方に聞こえたからだ。ただ、そんなことはなく、単純に妖精が犠牲になっている、と言う話なのだが、話の流れでそう聞こえてしまう。
「まぁ、人一人の魔法なんて、妖精の消費は必要としない場合が多いんだ。自分の魔力だけでいい。でも時空魔法は違う。俺の魔力だけじゃ足りないんだ。」
だがネロの場合、単に使いすぎだけが原因ではない。神を憎み、全てを否定し拒絶した結果、魔法を受け付ける事をネロ自身が無意識に拒んだのだ。ルクスの魔法が効くのも、ルクスだけが己の信仰する神だと認識しているから受け入れられている。ネロの考えが変わればまた、魔法が効くようになり、使えるようになるのかもしれない。
「じゃあ、あなたの捨てた世界を、どう思いますか?」
その質問に、ネロは何を言っているのかと理解できない表情をした。
「だって、何度も過去をやり直して、失敗した世界はどうなるんですか?並行世界があるかもしれないじゃないですか。」
その話を聞き、ネロは笑う。隣の牢屋で大人しく話を聞いていたアレスとセーアも同じ反応だ。
「俺が知るわけがないだろう?」
「なっ!?」
無責任だと、ゾグは腹をたてる。
「少なくともその世界にルクスはいない。ルクスがいなければいずれ滅ぶ。」
「でも、未来にも行ったんですよね?」
ネロは鼻で笑う。
「あぁ、鉄と埃のにおいしかしない、最悪な世界だったよ。……でもな、そのまま世界が維持できる環境じゃなかった。」
妖精が減り、草木が減る。そうなれば後は破滅の一途を辿るだけだ。過酷な環境にいくら耐えられても、世界は良くならない。そんな未来を技術と引き換えに体験した。だからそんな世界がどうなろうと、興味がない。
とことん自分勝手な人だと、ゾグは呆れた。
「なんて勝手な……。」
「勝手なのはこの世界の人間だろ。」
「そうそう、ママのおかげで精霊は守られるし維持できてるのに。」
セーアが口出しをする。
「精霊と魔力あってこその世界なんだから、パパがいない世界は死んだも同然でしょ?」
アレスが続けて口にする。ゾグは納得出来なかった。何故そんな簡単に捨てることが出来るのか理解出来ない。細かいことだと、考え過ぎだと言うのだろうか。
「お前は一体何がしたいんだ?研究か?人助けか?」
ネロの言葉がゾグに刺さる。研究を通して人助け、ひいては世界がよくなればいいと思っていた。なのに気になる事が多すぎて、思考がまとまらないのも確かで、自分でもどうするのが正解なのかわからなくなっている。
ルクス誕生の話を聞き精霊の核が重要なのだと知った。ネロが牢屋にいる今、研究を邪魔されないのも事実だが、果たして再開しても良いのだろうかと戸惑う部分もある。
「俺はルクスを守れるなら何でもする。お前も研究をしたいなら、俺を殺してでもやり遂げるんだな。」
「そんな……殺してだなんて。」
「覚悟の話さ。」
そう言うと、ネロは備え付けの簡素なベッドに横になった。もう話をする気はなさそうで、ゾグは素直に牢屋を後にする。
(結局、教会に所属しても研究に戻って来るんだなぁ。)
ゾグは己の研究者としての部分が消えていないことに、少し驚くのだった。




