事件と騎士団
「うぅっ…ゲェッ……ごほっ……っ……。」
何も食べていないためか胃液だけが込み上げてくる。地面に吐き出したそれを見て、ネームレスは食べる前でよかったとどこか冷静に考えていた。
これは人間?もしかしたら動物かもしれない。そんな現実逃避をしたところで、目の前にある現実は変わらない。
きっとアレが犯人なんだと、先程飛び出していった影を思い出す。それと同時に、頭痛が襲った。
「いっ……た……っっ!」
脳裏に浮かぶ光景。黒い影。血に塗れる地面。まるで今の光景そのものだ。以前にも似たようなことがあった?そう考えていた時、背後に気配を感じた。
勢いよく振り向くと、見知った姿があった。
「随分派手にやったなー。」
「大丈夫ですか?」
ルクスとネロだ。ネームレスは2人の姿を見て安堵したのか、ポロポロと涙を流した。
「俺、俺……こんな……うぅぅ……。」
「泣くなよなぁ。」
「怪我はないですね?とりあえず宿屋へ戻りましょう。ネロ、後のことは任せたよ。」
ルクスはネームレスを抱え、宿屋へ戻った。
差し出された水を一口飲む。ルクスに背中を擦られ、まるで赤子のように扱われるのを自覚し、ネームレスは急に恥ずかしくなった。
「落ち着きました?」
「お、おかげさまで……。」
空腹を覚えるが、あんな光景を見て何か食べる気になどならないため、ネームレスは残りの水を一気に飲み干した。
「ネロさんは……。」
「教会と王宮騎士団に連絡と、死体に誰も近付かないよう人払いです。」
「王宮騎士団に?」
「教会はあくまで精霊と自然の保護です。今回の事件も、王宮騎士団は血眼になって解決しようとしています。」
ルクスは続ける。
「今この国の王は多くの戦争で民衆から反感をかっています。その分民衆は教会で祈り、王の人望は地へ行く一方。少しでも民衆の関心を引くために、この事件を何としても解決したいんですよ。」
「だから、何もしないんですか?」
「相手は魔物。全て駆逐しろと?非現実的だ。私には魔物から守るための結界しか張ることができません。」
犯人は魔物なんかじゃない。ネームレスは漠然と思った。誰にも気付かれず町に魔物が入ることが出来るのか?だが、あの無惨な姿は人間なんかにできるはずもない。
ネームレスは項垂れた。
教会にある精霊像に、神官が震えながら祈りを捧げている。
「これは単なる見せしめにすぎない。」
神官が小さく悲鳴を上げた。背後に3つの影が伸びる。
「次はない。」
神官は土下座し泣き崩れるしかなかった。