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ネロは渋々語り始める。
「俺は……時空魔法が使えた。」
その場のゾグとエテル、ウベルトの3人は耳を疑った。当然だろう。時空魔法を使える人間など聞いたこともないし、ネロに魔力がある事も初耳で、信じられないからだ。
ネロは当然の反応に気も止めずそのまま続けた。
優しい母と暴力的な父。2歳年下の弟、マルクとは暴力に怯えながら暮らしていた。
魔力がある事は、妖精が見えていたから知っていた。魔法を初めて使ったのは6歳だっただろうか。マルクが誤って酒瓶を割ってしまった時だった。父親に殴られるだけでは済まないだろう。幼い子供であるマルクが殴られる所など見たくない。そう強く思ったら、酒瓶が割れる直前に戻っていたのだ。
魔法が使えることを母に話そうとした。だが、それを証明することが出来なかった。例え酒瓶の事を伝えたとしても、自分意外誰にも確認出来ないからだ。だが、この力があれば、暴力からマルクを守ってやれる。そう思うと、何て便利な魔法に恵まれたのだと嬉しくなった。
だが、そうじゃないとすぐに実感する。
その日は母が仕事で不在で、最悪なことに父親は酒を飲んで荒れている日だった。酒を買ってこいと追い出され、家には父親とマルクだけ。嫌な予感しかしない。
急いで家に帰ると、そこには相変わらず酒を飲んでいる父親と、部屋の隅でぐったりしているマルクの姿があった。
酒を放り出しマルクに駆け寄る。
「マルク……!」
「おい、酒はどうした。」
「マルク!マルク!」
無視してマルクの無事を確認していると、痺れを切らした父親がわざと大きな物音をたて、こちらにやってくる。宙に浮く身体。鬼の形相の父親。目覚めない弟。
その日母親は帰って来なかった。結局我が身可愛さが勝ったのだ。マルクの身体も冷たくなっている。
(……やり直そう。)
この力さえあれば、マルクは死ななくてすむのだ。
朝から父親に見つからずにマルクと2人、家を出る。母親を見つけ、逃げないよう監視する。母親の職場である小さな飲食店。中を覗くと、母親はそこで一緒に働いている男と何やら仲が良さげに話している。
月が昇り店が閉まる。母親は息子たちの姿を見て驚いた様子だった。傍らには職場の男もいる。顔を見ればわかる。焦りと困惑。男は苛ついている。マルクが母親に駆け寄るも、男がそれを阻止した。
「いいんだろ?」
母親は静かに頷くと、背を向け走り出した。それを負うマルク。だが、男の力に勝てるはずもなく、あっという間に姿は見えなくなった。
「もうこんな生活は嫌なんだとさ。」
「おかあさん!おかあさん!」
「うるせぇガキだな。」
必死に母親を呼ぶマルクを鬱陶しく思った男は、乱暴にマルクを投げつける。
「マルク!」
(どうしてマルクだけ……神様!)
木材の積み重なった場所に打ち付けられた衝撃は、幼いマルクにとっては致命的だ。この村に教会はない。教会があったとしても、ただの神官が配属されるだけで回復などできない。だから金を払い医者にかかる。だがそんな金などない。
また失敗した。今度こそマルクを守らなければ。
でも、何度やり直しても父親が、あの男が、マルクを殺す。何故俺ではないのか。何度守ろうと努力しても無駄だった。
(……ごめん、マルク。)
幼い自分では何をしても無駄だとわかった。元凶である父親がいる限り、何をしてもマルクは死ぬのだ。
神に祈っても何も変わらない。ならば元凶を消す努力をしよう。その日から独自で身体を鍛え始めた。
数年たち、その日は珍しく王宮騎士団が村へ来た。どうやら近くに魔物が出たらしく、この村周辺を拠点に、暫く滞在するらしい。その中の1人に、貫禄のある男がいた。どうやら団長らしく、その男に取り入るのは簡単で、剣を教えてもらうことにした。
「最近帰りが遅いぞ。何してる。」
すっかりアルコール中毒になっている父親に問い詰められる。父親は騎士団の連中を良く思っていないようで、何かと悪態をついていた。剣を教えてもらっているなどと知れると面倒だ。
「仕事だよ。」
母親が駆け落ちだと言う事を、父親は知らない。あの日以来父親の代わりに働くも、子供を雇うほど店もなく、小さな手伝いでお小遣いを貰う程度だった。それでも酒に消えていくのだから、仕事だと言えば文句は言うまい。
ただ、実際に仕事を増やさなければ給金は変わらない事になるため、他の言い訳にすれば良かったと後悔した。
あっという間に騎士団撤退の日が来てしまった。数日のうちは教わった型と独学で頑張ってきたが、限界を感じた。
(……戻ろう。)
時を何度も遡り、納得のいくまで剣を教わった。団長はさぞ不思議に思ったことだろう。会ったばかりなのに騎士団の剣技を知っているのだから。
父親はもう長くない。不摂生な生活をしていれば当然だ。力だって負けない。今までは出ていく宛がなかったから仕方なくあの家にいたが、騎士団に入団すればこの家にいる必要もなくなる。
家を出ると決めた日、寝ている父親の頭を潰した。呆気なく飛び散る脳味噌と血液はなんて汚いものだろう。村の外れにあるこの家に来る者などいない。清々しい気持ちで、大嫌いな家を出た。
15歳になった時、王宮騎士団に入団することにした。試験に落ちたらまた戻ればいい。
そして俺は、ルクスと出会うまでの3年間、王宮騎士団での生活が始まるのだった。




