追憶
─5年前。
オリエス国、どこかの山岳地帯。
河谷では王宮騎士団が魔物退治をしていた。足場が悪く、魔物は多くないが、一体一体が地形を利用し撹乱してくるため苦戦していた。
ネロは次々と倒れる仲間を気にする暇もなく、襲いかかる魔物に剣を振るった。辺りを見渡し、他の獲物を探す。数名の騎士が魔物に囲まれているのを発見し、ネロは河に足を取られながらも援護に向かう。
その中にはネロの親友とも呼べる騎士がいた。自分は騎士に向いていないと、騎士団を辞めて実家の仕事を手伝うと、以前こぼしていた。親友と共に行く任務。騎士団員としての任務。これが最後の仕事になるはずだった。
目の前で倒されていく仲間を、親友を見て、彼は絶望する。
─何故、何度も死ぬのを見なければいけないのか。神様に祈っても、何かが叶うことなどなかった。ありもしない神に祈った俺が馬鹿だったのか?
ネロは叫びながら、魔物に斬りかかる。
スピルス大陸、どこかの研究施設。
何処かから聞こえる、呪詛とも似た言葉に、形のない人形は反応をする。不安定な、ただ人の形を型どったそれは、突如として鮮明に人となる。不意をつかれた研究者たちが、驚きの声をあげる。
「成功したのか……?」
しかし、それは忽然と姿を消した。研究者たちは失敗したのかと嘆くが、そうではないとすぐにわかることになる。
まるで大きな熊のように立ちはだかる魔物。ネロはその大きさに愕然とした。勝てるはずがない。今までどんな敵も倒してきた。それは自分の未来を掴むため。だが、この魔物は、今までの苦労を無駄にするように、ネロを見下ろす。
─神はいない。いるなら人々の窮地を救ってくれるはずだ。今この状況を、助けてくれるはずだ。
それなのに今までで一度も助けられたことなどない。
神はいない。
「……いるなら出てきてみやがれ。」
有りもしない存在に語りかける。
魔物の刃が、ネロを襲う。
「…………っ!!」
「…………?」
攻撃がこない。ネロは恐る恐る目を開ける。
そこには光り輝く人影があった。
「っ!?」
眩い光に包まれ、気が付けば辺りの魔物はいなくなっていた。
王宮に戻って来られた騎士団は、ほんの僅かだった。その功績をたたえられ昇給する者、負傷し辞める者がいた。
「ネロ、本当に辞めるのか?」
クリスはネロを引き止める。しかしネロは聞く気はなく、返事も上の空だ。
「辞めるのか?負け犬め。」
突如聞こえる罵倒に、さすがのネロも頭に血が上る。それは相手が相手だったからだ。
「※※※……!」
名前が思い出せない。魔物討伐に出る前、この騎士の男と一悶着あったのだ。こいつのせいで仲間が、親友が死んだのだ。同僚と言うだけで反吐が出る。
「あいつは……死んだのか。やはり運も実力もなかったな。」
死者を愚弄する男に、さすがのクリスも注意しようとしたときだった。それよりも先にネロが動いた。
「テメェが臆病者だったからだろうが!アイツはテメェの変わりに死んだんだぞ!」
胸倉を掴み、壁に叩きつけるように押し付ける。しかし死者が帰ってくるわけでもなく、ネロは手を放しその場を後にした。
─教会本部。
あんなことが出来るのは神以外いないと、城でも話題になっていた。それに、神の依代を作っていると言う噂も耳にした。
「いるんだろ?会わせろ。」
事情を説明するが、粗暴な態度のネロを追い出そうとする神官たちに、止めるよう声がかかる。
「神官長……しかし……。」
「良い。私が預かる。」
神官長のウベルトは、ネロを連れ出した。
「実は、君が神のような存在に会ったと言った日、施設から“器”が消えてしまってね。」
どんどん森の奥深くへと進んでいく。道など舗装されているわけでもなく、よく道に迷わないなとネロは離れないようついていく。
「暫く形を成さず不安定だったんだが、君がここへ来た途端、ハッキリと形を保ち始めてね。」
見えてきたのは、小さな建物だ。中に案内され、目の前に映ったものは、紛れもなく、あのときの人影だった。
本当にいたのだ。夢ではなかったのだ。ウベルトは説明する。
「君を助けたのは神ではない。神は依然として眠ったままだ。」
「は?じゃあこれは?俺を助けたのは?」
あの力が神のものではないとすると、一体何が助けたと言うのだ。目の前の“器”は、神の入れ物なのではないのか?
だが、ネロは神の存在を信じているわけではない。その正体を確かめるために、精霊すら見えない自分が認識できた存在が何なのか、確認するためにここへ来ただけなのだ。
「恐らく、この“器”の意思で助けたのだろう。」
「これは作ったんだろ?何で意思があるんだ?」
「精霊と同じ理屈で作ったんだが、成功するとは思っていなかったのだ……。だが、君がその証明になった。新たな神として、この“器”を目覚めさせたのだ。」
ネロは“器”に近寄る。それは薄っすらと目を開き、ネロに微笑みかける。周りの研究者たちは、本当に意思があると歓声を上げる。隣にいたウベルトもまた、驚きの声を上げる。本当に意思が宿り動いたのを、初めて確認したからだ。
「俺が……目覚めさせた……。」
─この存在が、俺を救ってくれるのだろうか。
(これが、俺の役割だったのか……?)
「あなたを待っていましたよ。」
初めて聞いたその声は、優しく凛とした、そして不思議な気分にさせる声だった。
「あんたが……神様……。」
─俺が目覚めさせた……俺だけの……。




