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セーアは大きな欠伸をした。先程から浄化しても終わらず、大半を精霊とルクスが肩代わりしているため負担が少ない。そのためか長い作業に飽きが見えてきた。
「ママ〜もっとこっちに寄越してもいいよ?」
「アレスより魔法を勉強してから言いなさい。」
普段魔法の練習をサボっていることがバレているようで、言い返せない。その様子を見て、精霊は微笑む。
「懐かれているんですね。」
ルクスは少し困った顔をする。嬉しいはずなのだが、素直に喜べない。どうあっても、アレスとセーアの親にはなれないからだ。何をもって彼らを保護したのだろう。それは、自分の内にある神としての慈悲からか、憐れんでからか。今思えば、なんて無責任なことをしたのだろうと思う。それを考えると、この意思は、思考は、本当に自分のものなのだろうかと不安になってくる。
「……何を迷う必要が?」
気持ちを見透かしてか、精霊はルクスに問う。
「……あの時、私の意識は消えました。気が付けば町がああなっていて……。」
精霊とセーアはそれを黙って聞いている。
「皆は神の復活を望んでいません。あの光景を見れば、誰もがそう思うでしょう。では、私の存在意義は……?本当にただの人形になってしまうのでは、と。」
ルクスはシニスでの出来事だけしか、神の恐ろしさを知らない。否、恐ろしさは誰よりも知っている。ただ、あまりにも神を信用しきっているのだ。人々をただ想い慈しむ存在。だからルクスも人々を守るために精霊を、自然を守ってきた。だが、年々酷くなる魔力減少に、無意識に人間を敵視していたのかもしれない。それが弱さに繋がり、意識を奪われたのかもしれない。そればかり考えてしまう。
「あなたは、我々と似たような存在です。我々が意思を持つのと同じ、あなたも意思を持つ。」
ルクスも精霊と同じ、魔力の塊だ。違うのは核となる部分だろう。それを知る者は殆どいない。
「我々も神の命によりその意思を授かりました。ですが、人々は愚かです。あなたと同じく、それに嫌気が差す精霊もいました。そのまま使命を放棄した者もいます。」
セーアはそれに反発する。
「信じらんない、精霊なんだから仕事しなさいよ。」
精霊はそれを否定はせず、受け入れている。
「私も何度も考えました。そして辿り着いたのです。私が、何を守りたいのかを。」
精霊は当時を懐かしむように噛み締める。
「私は、妖精を守りたい。我々を助け支えてくれる存在、そうですね、人間で言う“家族”を守りたかったのだと、そう思ったのです。ひいてはそれが、人間の助けにもなります。」
精霊は人ではなく妖精を守りたい。その言葉にルクスは不思議と驚きはしなかった。なんとなく、自分も似たような考えがあったからだろう。
「あなたの心に想う、守りたいものはなんですか?」
「心に想う……守りたいもの……。」
瞬時に浮かぶのは……。刹那、地鳴りが起こる。
「なっ……!?」
「地震?なになに〜!?」
浄化作業を中断し、急いで外に出る。どうやら地鳴りはここ一帯だけらしく、現に森の向こうでは騒ぎになっていない。
外ではスティーグが謎の魔物に応戦している最中だった。地鳴りの原因はこの魔物だろうか。今までに見たことのない大きな図体で、禍々しい雰囲気が漂い、体からは霧状に“毒”が漏れ出ている。
「ルクス!」
ネロが駆け寄る。
「突然目の前に現れたんだ。」
魔物とは、人や動物が魔力を取り込みすぎて変異を起こしたものを指す。だが目の前にいるそれは、魔物よりも禍々しいものだ。しかしネロは驚いてはいるようだが、恐怖している様子はない。
「こいつ、攻撃が全然通らない!」
スティーグは魔物の攻撃を避けつつ何度も剣を切りつけるが、虚しく弾かれるだけだ。ネロも銃を放つが、同じく弾かれる。
精霊は魔力で輪を作ると、それを放ち魔物が拘束される。暴れはするものの、どうにか攻撃が止んだと確認すると、警戒しつつ対策を練る。
「あれが、毒の根源でしょう。浄化作業を続けますよ。」
精霊は冷静に、何事もなかったかのように、魔物に向かう。魔物は唸り声や雄叫びを上げ威嚇するが、聞こえていないかのような振る舞いだ。
魔物が動けないうちにと精霊に続き、ルクスとセーアも浄化作業に移る。先程の作業とはうって変わり、対象物が激しく抵抗するためかスムーズにいかない。
先に音を上げたのは、体も実力も未熟なセーアだった。
「ぅ……おぇっ……。」
「セーア、もう止めなさい。いくら毒に耐性があっても、セーアには耐えられない。」
ルクスはネロに目で合図すると、魔物にかざしているセーアの小さな両手を、ネロが優しく下げる。そのまま離れた所へ移動させると、ネロは足早にルクスのもとへ急ぐ。
「こんな魔物、見たことがない。」
スティーグの手は震えていた。魔物に恐怖しているのではない。この大きさの魔物を、いとも簡単に抑えている精霊の力が、改めて人間には脅威に感じているのだ。
魔物の咆哮が、空気を震えさせる。耳を塞いでも抑えることのできない声量は、一体どこまで響き渡ったのだろう。地面に伏せる姿からは憎しみすら感じる。
次第に弱々しく唸るようになった魔物からは、漏れ出ていた“毒”は見えなくなり、浄化されるのも時間の問題だとわかる。黙って見ているしかないスティーグは、今のうちに止めを刺すことはできないものかと落ち着かない。
もうすぐ終わる。その時だった。最後の足掻きか、突然魔物が叫ぶと、精霊の拘束が砕かれ目の前のルクスへと襲いかかる。
「ルクス!」
咄嗟にネロはルクスを押し退ける。地面に横たわるルクスの頬に、温かいものが滴り落ちる。
「ネ……ロ……?」
ルクスが見上げると、そこには魔物の鋭く大きな爪が、ネロの腹部を貫いていた。一瞬気を失いそうになるが、最後の力で爪をがっちりと掴み、未だ叫び声を上げる口の中に銃口を向け、脳幹目がけ放つ。弾が無くなるまでひたすらに。
カチカチと引金が鳴り、弾がなくなったと音が合図する。引金を引くのを止めると、ネロの腕はダラリとぶら下がり、銃が地面へと落下する。力尽きた魔物は、ネロと共に大きな音をたて倒れる。
「ネロ!」
(……あぁ、こんな時……魔法が使えたら……。)
そんなことを考えたのは2度目だ。そう思いながら、ネロはそのまま、意識を手放した。




