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あのような光景を見たあとで、ゾグは眠れないでいた。研究のこと、教会が跡形もなくなくなったこと。夜になると悲観的になると言うが、無理もない。
「眠れないのかな?」
ワイスも起きていたようで、ティーポットをテーブルに置く。
「まぁ座りなさい。……さすが、いい茶葉を使っている。」
ゾグは大人しく席につく。
「ワイスさんは、教会とも付き合いが?」
「少し、教会について教えてあげようか。」
ワイスは紅茶を一口飲むと、懐かしげに話し始める。
「教会は神を崇め奉るために作られた。だが人々によって魔力が減少していった。だから神を目覚めさせ、再び世界の安定をはかる。そうして行われたのが、降臨祭だ。」
「エテル団長から聞きました。負担が大きく中止になった、と。」
ワイスは頷く。
「人間の体は神の力に耐えられない。故に暴走した。だからより神に近い、せめて精霊に近い存在を作った。」
それがルクスだ。リーヴィオが人形と言っていた理由がわかり、ゾグは納得した。
「だが、ある日人形に意思が宿ったのだ。」
それが今のルクスであり、ゾグも知る存在になる。
「確かに、魔力の塊でもある精霊に意思があるのも事実。しかしそれは、神の眷属だから言えることだ。」
「じゃあ、どうして意思が?」
「ネロの存在が、ルクス様の意思を芽生えさせたんだ。」
ゾグは思わず声を上げる。常に一緒にいるが、単純にネロがルクスの護衛だと思っていた。だが、2人には何か深い絆があるのだろうと、ゾグは思った。それに、今のルクスを知っていると、人形だと言われても今更信じられない。
「時に、なぜ教会が神を目覚めさせないようにしているかだが。」
ワイスは空になったカップに紅茶を注ぎ直す。
「まず1つ。神が目覚める時、膨大な魔力が必要になる。今回はあの集魔石も一枚噛んでいるな。」
大量に魔力を吸った集魔石があったことにより、条件が重なり、一時的にだが神が目覚めてしまうこととなった。もし集魔石がなかったら、世界中の魔力を使ってしまうことになる。そうなると、一瞬にして生物が住めなくなってしまう。
「そしてもう1つ。もしかしたら神は、再び世界を破壊し、創り直す可能性があるからだ。」
神は常に世界のことを大切に考えている。住む者の生活が豊かに、自然も豊かに。そんな世界になればと、全てを慈しんでいる。しかし過去に過ちを犯した人間たちに、再び手を差し伸べてくれるのだろうか?危機感を持った当時の神官長は、周りの声を押し切り、ルクスに眠る神を目覚めさすまいと、監視を目的とした守護騎士団……今の教会騎士団を創設した。
幸いにもルクスに意思が宿ったおかげで、神はその意識の奥に眠ることとなった。人形の意思は儚く脆い。いつその意思がなくなり、ただの器としての人形に戻るのか、そればかりが不安でいる。
「さて、昔話は終わりだ。もう寝なさい。」
ワイスはそう促すと、ティーセットを片付けに部屋から出ていった。
静かにルクスは目を覚ました。目の前に見知った顔があり、ホッとした表情をしている。
「よかった……!」
ルクスを抱きしめる腕に力が入る。
「ネロ、苦しいよ。」
「だって……戻ってこないと思ったからっ……。」
赤子をあやすように、ルクスはネロの背中を擦る。ルクスは教会からの記憶がない。だが、魔力を通じて伝わってくる。
(……何ということをしてしまったんだ。)
酷い脱力感。身体中の魔力が枯渇している。ルクスは魔力を元通りにするため、再び眠りにつくのだった。




