記憶喪失
この世界は神によって創られ、神の眷属である精霊が大地を豊かにした。精霊がいなければ、人間は生きていけない。ゆえに精霊に感謝し、神を敬うことを忘れてはならない――幼い頃から誰もが聞かされてきた話だ。
とある教会でその話を耳にしている男の表情は、どこか呆けていた。年の頃は二十代ほど。身なりは小汚いが、それは泥や埃に覆われているせいで、服そのものは質の良いものに見える。彼はつい先ほど、この村の近くの森で倒れていたところを村人に発見され、介抱されていた。だが、自分の名前も、なぜ倒れていたのかも、この土地の名すらも覚えていない。いわゆる記憶喪失というやつだった。そして今、教会で世界の常識を一つひとつ教えられている最中である。教会の中には、ちらほらと村人の姿も見える。
「精霊なんて……いるんですか?」
訝しげに問いかけると、神官は微笑みを浮かべて答えた。
「精霊様は人間にも見える存在ですよ。魔力の塊ですからね」
「人間にも?」
「ええ。人間の中にも、ごく稀に魔力を持って生まれる者がいます。そうした人間には妖精が見え、魔法を使うこともできる。妖精は、簡単に言えば精霊様の子供のような存在ですね」
「へぇ……」
(じゃあ、さっきから目に映っている小さな光は……)
男の視線の先には、小さな光が漂っていた。
「あなたも見えるのですか?」
男は神官に問う。
「ええ、もちろん。魔力がなければ神官どころか、教会で務めることもできませんからね」
ならば、自分にも神官になる資格があるのか――ただふと、そんな考えが過る。もっとも、なりたいわけではない。記憶を失った自分にできるのは、この世界の常識を知り、記憶を取り戻すことだけなのだから。
「僕の周りにいるのは……妖精なんですよね?」
「おや! ということは、あなたは魔力を持っているのですね。素晴らしい。であれば、教会本部にあなたの記録が残っているかもしれません」
またしても新たな情報がもたらされる。覚えることは多すぎるが、不思議と頭にはすんなり入ってくる。その感覚は、やはり自分もこの世界の人間なのだと実感させた。
「魔力を持つ者は、教会によって管理されることが多いのです」
「……管理? それではまるで奴隷か家畜のようだ」
口をついて出た言葉に、自ら驚き、慌てて唇を押さえる。
「す、すみません……」
「いいのですよ。ただ、誤解しないでください。むしろ逆なのです」
「逆……?」
「魔力を持つ者は希少です。だからこそ悪人に利用されぬよう、教会が把握しておく必要があるのです」
「本部の方がお見えです」
その時、教会の入口から声がかかった。神官は早足で向かい、男を手招きして外へ出るよう促した。
はじめまして。初めての小説で至らないところがありますが、生暖かい目で見てください。
すべてファンタジーですので、実際の人物や団体などは関係ありません。
すべて思い付きです。




