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港では乗客の持ち物を確認する検問が行われていた。王宮騎士団とは違う格好をしている。おそらくあれが教会騎士団なのだろう。
拘束した男たちを教会騎士団に引き渡しつつ、ルクスたちも検問を受ける。
「ルクス様、毎回で申し訳ないのですが、ルクス様はなさらなくてもよいのですが……。」
「いえいえ、規則ですから。」
困り顔の騎士に首輪の入った鞄を押し付ける。
「これをエテルに渡して下さい。決してエテル以外に渡さないように。私からと言えばわかります。」
「かしこまりました!」
次にネロが鞄を差し出す。ルクスの本にコイン、そして銃弾が乱雑に入っている。服に隠れて見えなかったが、腰から銃も出して見せていた。
(銃……初めて見た。)
この世界で銃を使う人はあまりいない。比較的最近出てきたもので、職人が少ないためか出回る数が少ない。そして銃弾にも費用がかかるため、使用者が少ないのだ。
ネロは武器を携帯するのに必要な許可証のプレートを見せ、ゾグの番になった。しかし鞄の中にはコインくらいしかなく、呆気なく終わった。
教会まで専用の馬車で移動をした。道中特に会話もなく、あるとすれば少年の話に付き合うことくらいだった。
教会の総本山だけあって、町には沢山の人、そして人間以外の種族がいた。プルエとは違う賑わいに、少年ではなくゾグの方が目が輝いていた。
やはり他の町にある教会とは違い、建物が大きく立派だ。大勢の神官や教会騎士団に出迎えられ、ゾグと少年は尻込みする。
扉を開けると、ルクスの体に衝撃が走った。
「お帰りなさい!」
「早かったね!」
ルクスに抱きついていたのは、双子の男女の子供だった。横髪からは小さく尖った耳が見えている。
「ただいま。」
双子はゾグをちらりと見ると、少年に声をかけた。
「子供だ。」
「あたしの方が背が高いわ。」
「僕たちの部屋に行こう。」
興味津々に話しかけ、少年の手を取りあっという間に走って行ってしまった。
「本当、嵐みたいなやつらだな。」
「私たちはこっちです。」
中庭を抜けると、教会に仕えている人たちが住む住民区になっている。そこの一室に入ると、2人の男が待っていた。1人は初老、1人は壮年に見える。
席に座り、ルクスが2人を紹介する。
「こちらはウベルト神官長、そしてエテル聖騎士団長です。」
初老の男……ウベルトがゾグを睨み、威厳のある声で続く。
「君のことはこちらで調べさせてもらった。しかし、直接君の口から聞きたくてね。」
ネロが小さく、相変わらず怖ぇ……と呟く。ウベルトは聞こえない振りをした。ゾグはその気迫に気圧され気味に、静かに語り始めた。
「僕は王都にある研究所で働いてました。そこで、外灯などに使われている集魔石に魔力を注いだり、集魔石の代わりになるエネルギーを研究していたんです。
でも集魔石も消耗品です。もし壊れたら入手困難です。そしてある時同僚が、妖精の魔力を利用したらどうだろうと、提案してきたんです。」
そこにいるネロ以外が眉をしかめたのがわかる。
「妖精が見える僕は、そこかしこにいる妖精が当たり前だと思ってた。こんなにいるんだから、少しくらい利用しても問題ない、と。でも納得の行くデータも取れず悩んでいたとき同僚が言ったんです。精霊はどうだ?と。」
「なんと愚かなことを……。」
ウベルトは怒りの籠もった声で言った。ゾグはその重圧に耐えながら語る。
「そんなとき、同僚が何かに襲われる所を目撃しました。同僚の身体の殆どが無くなってて……僕も襲われそうになって、必死に逃げて、崖から落ちて……後は知っての通りです。」
しばしの沈黙が続いた。
ルクスは考え込んだ後、ゾグに問う。
「その研究所、集魔石ってありましたか?」
「……はい、まぁ研究用に集魔石の原石を。」
その言葉を聞いて、その場の全員が納得していた。訳がわからず、ゾグは黙り込む。
「集魔石は魔力を集める石だが、それは加工されたものの話だ。」
エテルが見覚えのある首輪を取り出し、机に放り投げた。少年が付けていた首輪だ。
「原石の場合、魔物を集める石の意味での集魔石になる。」
「そんな……!?じゃあ同僚は……。」
「最近じゃ結界も弱まってきているし、運がなかったんだろう。」
ゾグは青ざめた。同僚は集魔石の原石があったがために、魔物に襲われ死んでしまったのか、と。
「ですがその研究、続いているみたいですね。」
「続いてる……?」
「プルエでの事件、覚えていますね?」
忘れるはずがなかった。記憶喪失だったとはいえ、2度も人の死体をみているのだから。
「どうやらプルエの神官が、妖精を捕まえてどこかに流していたらしいのです。」
ゾグは思い出していた。プルエの教会に初めて行ったとき、妖精が見えなかった違和感を。おそらく神官に危険を感じて、妖精が近付かなかったのだろう。
「私たちは妖精の件を聞くために訪ねたのですが、あの事件がありました。神官もショックを受けていたので、良い薬になるだろうと思い、何も言いませんでした。」
だが、ゾグの耳には聞こえていないようで、下を向いたまま微動だにしない。世の中の生活をよくするためにやって来たことが、全て裏目に出ている。これまでやってきたことが全て、無駄になった。
ゾグは声を出さず、静かに泣くのだった。