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この船の行き先は教会本部のあるスピルス大陸だ。殆どの乗客は、教会本部のある町へ礼拝に行くのが目的だろう。そして教会を中心に家々が密集し、町の外は船が着く小さな港と、教会まで整備された道、それ以外は深い森しかない。
ルクスは積荷の木箱の上に座りながら本を読んでいる。時々すれ違う人たちに挨拶され、なかなか読書が捗らないと思いつつ、丁寧にそれに応えていた。
「こんにちは……」
おずおずとやって来たのは小さな男の子だ。首にはまるで奴隷のような首輪がされている。だが奴隷には似つかわしくない宝石のような石が、その首輪には施されていた。
「こんにちは。誰かと一緒に来たのかな」
「…………」
俯いたまま黙り込む少年の手を優しく取る。少年は今にも泣きそうだ。視界の端に怪しげな男二人が見える。人に紛れながらこちらを伺っている。
「私の側にいれば何も心配はないよ」
首輪の石にヒビが入り砕け散る。少年は何が起きたのかわからないといった顔をした。すると怪しげな男たちが血相を変えこちらへ駆け寄る。ルクスは咄嗟に少年を隣に引き寄せた。
「おいおい姉ちゃん、なんでことしてくれたんだ」
「大事な商品なんだぞ」
ルクスはクスクスと笑った。それを見て男たちは更に捲し立てる。
「何笑ってやがる!その首輪がどれだけ高いかわかってんのか!?」
「失礼、今読んでた本と似た展開だなと思っただけですから。後、私は女性ではありません」
少年はそのやり取りを不安げに見守る。
「それとその石、恐ろしい魔物を引き寄せる臭いを発するのを、ご存知ですか?」
「は?何……」
殺気を感じた時には遅かった。男二人、同時にその場に倒れ込んだ。そこには不機嫌そうな顔をしたネロと、目を丸くしたネームレスが立っていた。
男たちを縛り、船員に突き出す。男たちには乗客からの冷たい視線が突き刺さる。
「僕はルクスさんが男性だったことに驚いてます」
「私に性別はないですよ。ただ、形で言えば男性ですけど」
「性別がない?!」
混乱するネームレスをよそに、ネロがルクスを引き寄せる。
「大丈夫ですよ」
「あんまり離れるな」
ルクスがネロの頭を撫でる。その様子を見て、ネームレスはまるで赤子をあやすようだと思った。そして、ルクスの裾をずっと掴んでいる子供がいることに気付いた。
ルクスは目線を少年に合わせ、再度問う。
「誰かと一緒じゃないのかな?お父さんとお母さんは?」
少年は俯き、首を横に振る。
「……では私たちと一緒に行きましょうか」
「うん!」
少年は嬉しそうに頷き、ルクスに抱きついた。
ルクスは首輪に残った石の欠片を手に取る。
(これは一時的に魔力を込めることができる集魔石……。こんな小さな子に付けてまで私に何の用があったのやら)
首輪を外し、ルクスはそれを腰に付けている小さな鞄にしまった。