勇名、奮闘
今回は主人公が奮闘します。
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「陛下に怪我は?」
勇名は膝をついた姿勢で、螢に呼びかける。銃弾が自分の脇腹を貫通したようなので、女皇陛下に怪我がないかを確認する。
「火傷以外には傷はなさそうです」
「そうか、じゃあ、螢、早く陛下をドクターに!」
「勇名殿! ……わかりました」
螢は陛下を抱いたまま機甲神骸基地に入っていく。他の面々は物陰から小銃で応戦している。
「勇名、行きましょ」
リリィが肩を貸し、勇名は傷口を強く抑えて止血をしながら立ち上がる。勇名とリリィが扉の中に入ったことを確認したエインは、鈴に声をかける。
「俺はこのまま衛兵の援護を続ける。殿下は陛下の治療の手伝いに」
「分かった。そうするわ」
鈴は後退して、リリィと勇名にひと声かけて、陛下を抱えている螢の元に走る。
リリィと勇名が何とか階段をおりたときには、女皇陛下はすでにドクターによる治療を受け始めていた。
「先生……」
医師に呼びかけようとしたリリィを、勇名が止める。
「ドクターには陛下の治療を優先してもらいたい。看護師に言って、消毒液と包帯をもらってきてくれないか」
「そんなに出血してるんだから、それだけじゃダメよ」
「幸い急所は外れているみたいだ。止血だけなんとかなれば、動ける」
「あなた、何を言ってるの? そんな傷、絶対安静に決まってるでしょ」
「言いたいことは分かった。でも、俺はそれでいいんだ。頼む」
独特の足音がして勇名が顔を上げると、そこには叔父の誠十郎がいる。
「まだ何も成していないのに、すでに被弾したのか。なんのために幼いうちから教育を施したと思っている。敵の機甲神骸保有が判明した。そんな傷さっさと処置して、六式に乗っておけ」
勇名は誠十郎を睨みつける。言われなくても、応急処置の後は六式水上型機甲神骸に乗る準備をするつもりだった。
「包帯を待っているだけです。リリィ、頼む」
リリィはまだためらう様子を見せるが、覚悟を決めたように小走りで診療所に向かう。
「陛下は全身の火傷がひどいです。緊急オペが必要です。ドクターに協力してあげてください」
「そんなものは、お前ごときが指示することじゃない。医官に任せろ。3分以内に、止血をして六式に乗り込め。3分だ」
そういい放った誠十郎は、急ぎ診療所に向かう。勇名は冷徹な叔父の背中を見守る。リリィが包帯と消毒液を持って駆けてくる。勇名はすぐに受け取ると、制服の上着を脱ぎ、シャツをまくり上げる。前と後ろ両方の傷を消毒液で洗った後、包帯をきつく巻き、包帯止めで固定する。衣服を整えた勇名は、立ち上がる。
「よし、行くか」
「ちょっと、待って勇名。無茶だよ」
「この無茶が平気になるよう訓練を受けて来たんだ。今さら状況に屈するのは嫌だ」
「そんなこと言って、叔父様に反発してるだけなんじゃないの」
「そうだとして、ここでベッドに横たわるような人間ではありたくない。六式は、俺でしか乗れない。今のこの状況では、貴重な戦力なんだ」
勇名は立ち上がり、六式の前に向かう。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
永遠が姿を現し、勇名の顔をのぞき込む。
「平気だ。敵に機甲神骸がいるのは聞いたか?」
「うん。みんな準備してる」
「俺達も出るぞ」
「分かった」
リリィが追いついてきて、勇名を支える。
「無茶苦茶するのね。見てられない」
「すまない」
勇名には、リリィの華奢な肩を借りることに抵抗があるものの、体力と気力を温存するには手伝いがありがたいと思う。
しばらくして、勇名とリリィが六式水上型機甲神骸の前に立つ。第二次全洋大戦時に誠十郎が乗り活躍した高さ約18mの機体だ。コックピット周りのコンピュータや対応火器等は近年の物に変わっているが、機甲神骸の骨格である神話体や、外装のバランス等は大戦期のままとなっている。
地面効果翼に付属のエリクシウムジェットエンジンこそ最新の物より出力が落ちるが、機動性や敏捷性では未だに世界トップクラスを誇る伝説の機体だ。
勇名はリリィと別れ、更衣室でパイロットスーツに着がえる。簡易エレベーターでコックピットの高さまで上がると、永遠に指示を出しコックピットを開かせる。足場を経てコックピットに乗り込む。
「六式、起動準備」
「起動準備了解、起動準備始め」
後部席の永遠が、システムと一体化して六式の起動準備を始める。神話体の中のエリクシウム交換反応炉*で発電された電力が、機体各部に供給されていく。
勇名が各種計器のチェックをしていく。何十もあるチェックを終えると、前面タッチパネルに起動の文字が浮かび上がる。
「羽佐間機より管制塔C、起動準備よろし」
「管制塔C了解」
勇名は目を閉じる。訓練で何度もやってきた感覚やイメージを思い出し、心の準備をする。この日のために、幼い頃から六式を動かす訓練をしてきたのだ。
傷は痛むが、不安はない。包帯だけでなく、パイロットスーツの部分圧迫機能も使って止血がなされている。
また、六式コックピットには発掘時からフィジカルスキャン機能がついており、必要に応じてフィジカルコネクタ経由で痛み止めや興奮剤、鎮静剤等を注入してくれる。フィジカルコネクタが刺されば、ある程度までの痛みは気にならなくなる。
他の機体への応用が出来ていないロストテクノロジーのままだが、誠十郎も含め、この機能が直接的に害になった例はない。
「お兄ちゃん、来るよ」
勇名は目を開く。六式にはネプチューンシステム*の基となった高感度広域レーダーがついている。
「管制塔Cより水上型機甲神骸各機、敵水上型の反応複数あり。起動始め」
「起動始め、了解」
勇名はタッチパネルの起動アイコンに触れる。各種計器がせわしなく動き始める。
座席からは化け物の触手じみたフィジカルコネクタが伸びてきて、パイロットスーツの規定の位置から勇名の身体に刺さる。
限られていた視界が開け、全球モニターに周囲の様子が映し出される。
「永遠、行くぞ」
「うん。行こう、お兄ちゃん」
*エリクシウム交換反応炉……作品世界の主要なエネルギー供給システム。エリクシウムというエネルギーの貯蔵と放出を繰り返す物質から、最も効率的に電気エネルギーを得ることができる。
*ネプチューンシステム(NS)……NS艦等に搭載されている高度戦術情報システム。六式水上型機甲神骸のレーダーを基に開発された。超古代文明アメリカ合衆国や日本の、イージスシステムのようなもの。
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