血の観艦式
物語が大きく動き始めました。
主人公がどうなるのか、楽しんで読んでいただけましたら幸いです。
突然火を噴いた、しらかみの速射砲がわだつみの艦橋に直撃した。勇名は大破した艦橋には各国首脳が集まっていたことを知っている。大変なことが起きたのだと、自分に言い聞かせる。
「鈴、危ないから下で待っててくれ」
「でも、お母様が!」
鈴は普段、母である女皇のことを陛下と呼ぶ。完全に冷静さを失っているのだろう。
「必ず陛下をお助けしてくる。鈴は、階段をおりて待っていてくれ」
勇名は階段を駆けのぼる。生存者はいるのだろうか。女皇陛下は、リリィは、無事なのだろうか。
艦橋と同じ高さまでのぼると、壊れた扉の向こうに凄惨な光景が広がっている。多くの人体の断片が落ちているのを、踏まないよう歩くだけでも手間がかかる。
撃たれたのと反対側には、息がある人もいる様子だ。勇名は顔見知りの陛下のSPが息絶えているのを見つける。その下に、女皇陛下がいる。
勇名は合掌してSPの冥福を祈ると、その身をどかす。
女皇陛下は、全身に火傷があるが、息をしているようだった。
「陛下! お気を確かに」
そう声をかけつつ、改めて呼吸を確認し、両腕で抱き上げる。他の生存者を探そうと周りを見渡すと、右舷側外階段から、リリィと護衛のエインが中に入ってくる。
「勇名!」
「リリィ、無事だったか」
「これ、どういうこと?」
「分からない。生存者がいるみたいなんだ。救助を頼めるか?」
「当たり前でしょ。あなたは女皇陛下を早くドクターのいるところへ」
「すまない!」
リリィに促されて右舷側外階段に出る。
「伏せろ!」
エインの声の直後に凄まじい爆風に押され、階段を落ちそうになる。なんとか堪えてバランスをとり、後ろを振り返る。
「リリィ、大丈夫か?」
リリィは、エインの陰に隠れて無事なようだった。エインも、背中にガラス片が幾つか刺さっているようだが、気にしている様子はない。
勇名は改めて艦橋を見渡す。かろうじて生きていた人達が、今の砲弾でとどめを刺されたようだった。
爆音が少し遠くで聞こえる。海を見ると、八洲第1護衛隊群の砲撃が色々な施設を狙って次々撃ち込まれるのが分かった。
「クソッ。今ので生きていた人達も。リリィ、エインさん、一緒におりよう」
「分かったわ。近くの医療機関は?」
「ここからだと航空基地が」
勇名が目で空港を示すと、エインが首を横に振った。
「激しい銃声が聞こえる。空港はおそらく安全じゃない」
勇名はエインの目を見る。嘘をついているとは思えない。おそらく、本当に空港の銃声が聞こえているのだろう。
「空港がダメだと……、医師が常駐しているのは機甲神骸基地だ」
「少し遠いな。だが、大規模な戦闘の音は聞こえていない。行こう」
勇名は女皇陛下を抱きかかえたまま、早いテンポで階段をおりる。人を抱えて走る訓練はしているが、意識がはっきりしない人間は抱きかかえづらく、しかも階段を駆け下りている。だんだん息がきれてくるが、歯を食いしばって耐える。
ようやく第1甲板にたどり着くと、衛兵ひとりと鈴と螢が物陰に隠れて小銃を構えている。
「鈴、どうした?」
「お母様!」
「陛下を早く医者に見せたい」
「ひどい火傷……でも、今しがた、私が銃で狙撃されそうになったの。そいつをなんとかしないと、危なくて移動出来ない」
「武器は?」
「衛兵さんがそこから」
鈴に言われて小保管庫を見ると、開けっ放しになっており、五九式自動小銃が三つ残っている。
「使わせてもらいますよ!」
ひと声かけた勇名は、陛下を安全な物陰におろし、小銃を担ぐ。そして、リリィとエインにも渡す。
三人が腰を低くした瞬間に、保管庫上部で火花が散る。エインがとっさに構えると、派手に銃声を鳴らす。
エインの小銃が向けられている先に、特殊装備をした兵士がドサリと倒れる。顔面に命中したようだった。
「鈴、他の敵はどの辺りにいるか分かるか?」
「たぶん、あそこのダストボックスの裏側と、向こうの木陰にもいるかも」
「了解」
勇名がダストボックス付近で照準できるよう準備し、息をすます。動くものが見えた瞬間にすぐ照準してそっと引き金をひく。
動いていたものはすぐに隠れる。手応えはあったが、軽症かもしれない。木陰の敵はエインが仕留めたようで、地面に転がっている。
「残りがひとりだ。援護するから、怪我人を連れて向こうの物陰まで走れ。先に行けるだけ行っていい。援護しながらついていく」
「すまない」
勇名は女皇陛下を抱え上げる。火傷の程度がひどく、治療が遅れたら助からないだろう。
「行くぞ!」
姿勢を出来るだけ低くして、物陰まで走り抜ける。味方が敵に射撃して援護してくれているのが分かる。物陰から物陰へと移動しながら、支援射撃の状況を見て時折待ち時間を入れながら、下の甲板に行ける階段を目指す。
階段にたどり着くと、この先も戦闘になる可能性を考えて中段で脚を止める。全員が階段にたどり着いたところで、エインが勇名の指示で先導することになる。
第2甲板*までは敵の姿がなかった。
第3甲板への階段途中でエインが止まり、静かに降りて廊下をのぞき込んだ。口に人差し指をつけ、静かにしろという指示がある。
息をこらして潜んでいると、銃撃戦の音が聞こえてくる。
エインは廊下に出て周囲を警戒し、手招きする。それに従って、全員が廊下までおりる。
「静かについてこい」
エインは足音を抑えるためか、早歩きで先に行く。全員が、音に気をつけながらエインに従う。銃撃戦の音は、少しずつ大きくなっていく。
もう間もなく機甲神骸基地の入口に差し掛かるところで、エインが足を止める。
「状況を確認してくる。ここで待機しておけ」
そう言ったエインは、低い姿勢で素早く廊下を走っていく。しばらくすると銃撃戦の音が激しくなり、さらに待つと銃声が止む。
エインが曲がり角から顔と手だけ出して、オーケーサインの後で手招きする。勇名はそれを確認して、全員に声をかけて走り始める。
機甲神骸基地に到着した。そう思ったとき、勇名は銃声と同時に右脇腹に違和感を覚える。熱く燃えるような感覚がして、その箇所を見ると、血がにじみ出している。
「螢、陛下を頼む……」
陛下を螢に託し、勇名は膝から崩れ落ちる。
*第2甲板……地下1階に相当。船底に向けて第3、第4甲板と数が増える。艦上構造物においては上に行くに従い、00,01,02,03甲板というように数が増える。
今回もお楽しみいただけましたでしょうか。次回は、いよいよ主人公の機体が登場します。
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