凶行
本日もページを開いてくださり、ありがとうございます。まずはお楽しみください。
体育の授業を終えた勇名達は、教室で急いで制服に着がえる。のんびりしていると、更衣室で着がえた女子生徒が戻ってきて、トラブルの元になりかねないからだ。
「なぁ、勇名。最近モテモテだけど、三雲さんとはどうなんだよ?」
達彦は真剣な表情で勇名を見る。
「ん? 螢がどうした?」
「だって、お前ちょっと前に三雲さんと付き合ってるって公言したんだろ」
「は? 誰もそんなこと言ってないぞ」
達彦の表情が緩む。
「そんなことだろうと思ったよ。三雲さんのあの胸をお前が好きにしてると思うと腹たって整備に集中できなかったぜ」
「おい、それくらいのことで整備の手を抜かないでくれ」
「それくらいのこと? お前、三雲さんの胸は天下の一大事だぞ」
「お前、螢を尊重してるようで、思いっきりエロしか頭にないんだな」
ムッとした様子の達彦を無視して、着がえ終える。六時限目の学級活動まであと六分ほどある。
「じゃあ、お前、あれだけ美女揃いの中から、誰を選ぶんだよ」
「なんだよ、美女揃いって」
「なんだよ!? なんだよって、なんだよ!? 鈴殿下に三雲さん、リリアン=フロイデ先生と学園屈指の美人三人並べておいて、なんだよって、マジでなんなんだよ!?」
「学園屈指の美人三人って……」
「ヨユーぶっこいてクスって笑ってんじゃねえよ! 誰だ、誰を選ぶんだよ」
勇名は、達彦が時々見せるしつこさに困りつつも、葵との関係を見透かされてないことに安心する。
いくら従姉で、姉と弟のように過ごしてきても、付き合い始めたとなれば家で二人で過ごす時間を取り上げられてしまうかもしれない。
今はわだつみ艦長代理として激務をこなしている葵も、八洲に帰れば状況が変わる可能性はある。
そうなったとき、叔父に気づかれて引き離されたりしないよう、二人の関係は秘密にしておきたいのだ。
「あっ、フロイデ先生だ」
達彦が幸せそうに、教室に入ってきたリリィの姿を眺める。
「1個しか歳の違わない美少女が先生だなんて。いったい、どこの小説を読めばそんな天国みたいな学園ライフを送れるってんだよ」
「中村君、何か楽しそうね」
事務机に資料らしきものを置いたリリィが微笑む。
「はい。幸せです」
「勇名はサッカーが得意なのね。すっかり、女の子達のヒーローになっちゃって」
なぜか棘のある言い方に勇名が戸惑っていると、入口から不機嫌そうな鈴も入ってくる。
「本当に、よりどりみどりね、勇名」
「な、なんだよ。俺が体育の時間に活躍しちゃいけないのかよ」
「別に。ただ、鼻の下を伸ばしてだらしない顔になってたわよ」
「はぁ!?」
勇名が身に覚えのない悪口に腹を立てたところで予鈴がなり、他の生徒達が席についていく。
勇名は納得いかないものの、気持ちを切り替えて英語の教材を出すのだった。
◆◇◆◇◆
葵は艦長席から、八洲の島々を眺めていた。リヴァルノ領から見る八洲はとても小さく、七賢帝国に並び立つ八番目の大国であるとはとても思えない。
八洲自衛隊を牛耳っていた獲真主義急進派は勢いを失い、八洲国内で追い詰められつつある。父・誠十郎の策戦がこのまま順調に進めば、八洲は間もなく正常化されるだろう。
それはそれとして、今日、あと三十分このまま何もなければ、学校帰りの勇名を家で迎えてやることができる。そのために、なんとか時間をやりくりしてきたのだ。
「艦長代理、電測長が未確認の潜航型の可能性がある音を探知したそうです」
――ダメだった。少しでもイッくんのそばにいたかったのに!
「艦長代理?」
「……合戦準備。対潜戦用意」
「まだ可能性ですよ?」
「可能性があるなら、最悪を想定すべきです」
「は、はい。合戦準備、対潜戦用意!」
「副長、ここは任せます」
艦長席を飛び降りた葵は、最短距離でCICに向かう。
勇名と互いの想いを伝え合ったあの日以来、ほとんど会うことが出来ていない。勇名に限ってそんなことはないと思うが、彼の周りにはリリアンや鈴といった美少女が何人もいる。寂しさに耐えきれず、ついなびいてしまったり……。
葵は頭を強く振って、悪いイメージを吹き飛ばす。
「ダメダメ、イッくんを信じないと!」
すれ違った水兵が、不思議そうな顔で葵を見る。
「なっ、なんでもありませんっ、ご、ご苦労様です」
葵は顔を真っ赤にしてCICへの道を急いだ。
◆◇◆◇◆
勇名は機甲神骸基地へと急ぎ走る。達彦達整備班とは違い、パイロットは数が限られているので、一秒でも早く到着しなければならない。そのため、整備班メンバーや鈴と螢をおいて、全力で走る。
螢は本来勇名より速く走れるが、鈴の護衛のためにペースを合わせている。
基地まであと少しといったところで、ガサッと何かが擦れる音がして、勇名は通路で立ち止まる。
ちょうど十字路になっている場所で、交差する通路から音が聞こえたように思えた。
「螢? いや、そんなはずないか……」
遠くから鈴達や整備班メンバーの足音が聞こえるが、勇名は集中して近くの物音に注意を払う。
――息を、潜めているのか?
物音は立てずとも、確かに誰かの気配を感じた勇名は、全方向に注意を払いつつ、誰かの気配に向けてゆっくり近づいていく。
――排気口に、誰かいる。
確信した勇名は、腰のホルダーから拳銃を取り出し、構える。正式に士官に任命されたとき預けられたものだ。
「誰か?」
返事はない。
「誰か?」
繰り返すが、答えない。もう一度聞いて返事がなければ、発砲することになっている。勇名はツバを飲み込む。
「だれ……」
排気口が外れ、それが勇名に向かってくる。
それをなんとかかわすも、体勢を崩して仰向けに倒れてしまう。落ちてきた人影が銃を構えている。
銃声が響いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回も勇名の怪我など色々ありましたが、楽しんで読んでいただけたでしょうか。
もし面白かったら、ブックマーク登録や☆ポイントなどをくださると作者の励みになります。
今後とも本作をよろしくお願いします。




