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教育者

本日も「海流のE」を開いてくださり、ありがとうございます。

まずは物語をお楽しみください。

「改めて、私は賢桜義塾(けんおうぎじゅく)総理事長の福永雪子(ふくながゆきこ)です。羽佐間さんの名前が出た時点で、あなた達の目的は分かりました。わだつみ艦隊の帰還をサポートしろということね」


 勇名は黙って頷く。顔を上げながら表情を窺うと、まっすぐな眼差しに晒されていた。


「ふふ。若い日の羽佐間さんによく似ているわ。悪くない」


 値踏みするように見られていると思った勇名は、想像とは雰囲気の違う視線に、わずかに戸惑う。


「それは……、ご協力をいただけるということでしょうか」

「まぁ、そう事を急がずに。暇なババァの相手をしてちょうだいな」

「は、はぁ」

「なぜ」


 螢が珍しく会談に加わってきた。


「ヴェリテリアの工作員がここに」

「おや、彼は工作員なの? それは初耳ね。彼は賢桜(けんおう)義塾の国際交流校の卒業生でね、ハイスクールスチューデントのときに八洲にショートステイしてるの。その後も何かというと手紙や電子メールをくれてね。私のお友達なの。今日は話の本題というところでお嬢さんの気配に逃げ出してしまったわ。こんなに高い所から飛び降りて無事なんですから、確かにただ者ではないわねぇ」


「あの者のせいで、勇名殿のお母上が亡くなったのです」

「その言い方だと、直接手を下した訳ではなさそうね。その話、聞かせてくださるかしら」


 螢が勇名をチラリと見る。黙っているのを同意と捉えたのか、螢はヴェリテリア人にそそのかされたテレビクルー達のヘリコプターが撃墜された顛末(てんまつ)を話す。


「なるほどね。勇名君の気持ちは私には想像もつかないけれど、あなたはそれを思いやっている訳ね。状況的に、わだつみを混乱させるために逃亡に誘ったとみるのが自然でしょうね。その結果、勇名君のお母様が亡くなられた。その割に、あなたは冷静ね、勇名君」


「はい、何をどう感じればいいのか、未だにわからなくて。母子(おやこ)といっても、幼いうちに叔父に引き取られたので、接していた時間があまりに短くて……」


「そう、そうなの。涙は出たの?」

「は、はい……友達のおかげで」


「それはいい友達がいるのね。泣けたならね、それでいいと思うわ、私はね。そう、じゃあ、エディのこともよく分からないのね。憎むべきか、(ゆる)すべきか」

「はい。正直に言えば、エデュアール大尉の妹さんと同僚なので、憎むことに抵抗があって」


「優等生なのね」

「……それ、嫌味ですか」

「言葉そのままの意味よ。本当のそのまま」

「なら、そうですね。優等生なんだと思います。自分で言うのも難ですが、良い意味でも悪い意味でも」


「ふふ。想像してたより、よっぽどまともだわ。私、あなたのことを聞く度に心配していたの。会ったこともない人に心配されて不気味かしら? でもね、あなたの話を聞くことがとても多くて。あの羽佐間誠十郎さんにしては、とてもよい子育てが出来たようね」


「従姉もいて、いつも二人でしたから」

「へぇー」


 福永雪子は楽しそうに、また勇名にまっすぐな視線を向ける。


「じゃあ、そろそろ本題をうかがおうかしら。誠十郎さんは、私に何をしてほしいって言ってたの?」

「教育者の視点で、わだつみの御旗学園を視察し、感想をメディアに話して欲しいそうです」


 小さく頷いた福永は、次の用件を待っているのか、しばらく黙っていた。


「……あら、それだけ?」

「最低限のお願いは。これが断られたら、他の支援はいらないそうです」


「出た。直接子供のためになるお願いは、最初は出さないのね。教員の手配とか教材の支援とか。その条件を人質代わりに、最初のお願いを強引に通すつもりね。あの人らしいわ」


「そこまで叔父の意図を分かってくださるなら、私がこれ以上くどくどと何かを話す必要はなさそうですね」

「そうねぇ。でも、そんなことないわよ。私、三度の飯よりお話が好きなんですもの」


 福永は少し笑うと、その笑顔を残したまま勇名に話を続ける。


「あなた、その年でパイロットになって、どんな気分なの? 誇らしい気持ち? それとも、辛いの?」

「意地悪、ですね」

「そうなの。ごめんなさい。嫌なお婆さんよね」


「……人を殺しているんだと思うと、怖くて仕方ないです。いつか誰かに責められるんじゃないか、自分が殺されるんじゃないか。でも、それでも、仲間を守れたときはホッとするんです。求められることができたって。褒めてもらえば嬉しさもあります。人殺しをしたのに」


「そうなの……、モヤモヤしてるのね。自分なりに整理がついてない、整理をしてしまっていいのかも分からないってところかしら」

「はい。そうですね、そうです」


「意地悪婆さんなりにアドバイスをしていいかしら」

「はい。お願いします」

「優等生ね。……あなたはそのまま苦しみなさい」


 ガタッと大きな音を立てて、螢が立ち上がる。鬼のような形相で、福永総理事長を睨みつけている。


「勇名殿の苦しみが足りないとでも?」

「あら、ごめんなさい。あなたもいることを忘れていたわ。勇名君が充分に苦しんでいることは分かっているつもりよ。だから、そのまま苦しみなさいというの」


「勇名殿は充分に苦しんできました。小さな頃からろくに遊ぶ暇も無く、わだつみと皇室のために訓練を続けてきたんです。それを……」


 勇名は螢の手を掴む。


「螢、それならお前も同じことだろ。鈴だって。お前たちと一緒だったから、俺は充分に楽しい子供時代を過ごせたと思ってる」

「勇名殿、しかし、私たちとあなたでは……」


「優等生ね。優等生過ぎる。羽佐間君も、そこのあなたも。あのね、大人を憎んでもいいのよ。皇室の慣例に対しても、怒っていいのよ。憎み、怒り、精神だけでもそこから自立しないと、大人や制度の奴隷であることから本当に逃げられないわよ」


 勇名は、福永総理事長にきつい視線を向ける。


 ―俺たちが大人や制度を憎む? そんなことをしたらどうなるか……。

 福永総理事長は、柔らかな視線で勇名と螢を見ている。それはきっと、本当の教育者の視線なのだろうと、勇名は思った。


お読みくださり、ありがとうございました。

楽しんでいただけましたか。

今後も本作をよろしくお願いします。

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