特殊任務
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艦橋でざわめきが起こる。遥か水平線の向こうから、八洲タワーの先端が見えたからだ。ここはリヴァルノ伯爵領の領域内だ。高名な貴族が治める小国である。
八洲と、八洲国内に基地を持つヴェリテリアと友好関係を結んでおり、経済的な繋がりはもちろん、兵器の共同開発等も行っている。
当然、八洲の皇室とも深い繋がりがあり、先日の女皇声明以来、わだつみに協力的な態度を示している。
わだつみは、リヴァルノ伯爵領に留まり、複数の工作員が女皇陛下の安全が確保されるまで活動する見込みだ。
「羽佐間艦長代理、上陸して母親に会いにいっても構わんぞ」
「まずは作戦の完遂が先です。それに、ここまでの間に肉親を無くした人も少なくありません。私だけが私的な感情を優先して行動すべきではありません」
「ふっ、堅物のふりをして、しっかり嫌味を効かせるか。誰に似たのか、隙のない女だ。縁が遠くなるぞ」
「セクシャルハラスメントですよ、副指令代理。それに、私を良いと言ってくれる男性もいるんですよ」
「ほお、男性ときたか。まあ、何も言うまい」
言ってはみたものの、父親が自分と勇名の関係に気づいているのか、葵は確信を持てないでいる。何事につけ隙のない父親であるが、男女の機微にさえも目ざといのかと考えると、そうではないような気もする。
――それでもいつかは、父に話すときがくる。
血の観艦式事件を発端として、世界に八つだけの学園要塞艦の周囲を取り巻く状況は、大きく変化していくだろう。葵と勇名もまた、これまでとは性質の違う危険に身をさらすのだろう。だからこそ、お互いの気持ちを知った今を、大切に過ごしていきたい。
「勇名にも一つ、仕事を任せたいと思っている」
「え、羽佐間三尉に上陸させるんですか」
「ああ。あれでも特殊部隊と同じ訓練をさせてきた貴重な戦力だからな。人形使いばかりをやらせておくわけにもいかん」
「しかし、羽佐間三尉はまだ十六歳の子どもですよ。潜入作戦のようなリスクが高い任務はまだ……」
「子どもだからこそ、だ。そういう仕事もある。心配しなくても皇太女殿下に三雲螢を借りるつもりだ。あいつの横が、わだつみで1番安全なところだと、お前も知っているはずだ」
「螢ちゃんまで……。私は反対です。彼等はまだ高校生なんですよ」
「羽佐間艦長代理も、飛び級がなければ高校生のはずだが」
「だ、だからこそです」
「勇名と螢を二人きりにさせるのが不快か?」
「な、何をおっしゃっているのか分かりません」
「分かりやすいな。意外だよ」
「何のことだか」
膨れた葵の顔を見た誠十郎が含み笑いをしたことが、葵をより不愉快にする。勇名は母を亡くしたショックから完全に立ち直ってはいない。
そんな状態の勇名を、生身で危険な任務に駆り出したくない。いくら子どもの頃から特殊部隊と一緒に訓練をしていたとしても、精神的にはまだ、多感な青年に過ぎない。
葵はなんとしてでも、勇名の八洲潜行を止めるつもりでいる。
◆◇◆◇◆
勇名は、かつて統合幕僚監部が置かれていた部屋で一人、叔父を待っていた。統合幕僚監部のメンバー達を拘束して以降、臨時の会議室としてしか利用されていないと聞いている。
叔父の誠十郎が、目の前の廊下にいたメンバーを一人、射殺したことは人づてに聞いた。叔父は、敵一人を殺すことで、敵味方に他の犠牲がなかったと言いそうだ。そういう人なのだ。
半霊体である永遠には、流れた血の臭いや、残留思念を感じ取れるらしい。本人としてはありがたくない特性らしいのだが。
ガサッと小さな音がする。勇名は周囲を見回してみるが、音の原因が分からない。困惑して椅子から離れ、立ち上がる。
カサカサッと、今度はもっと小さな音が聞こえる。
――おいおい、勘弁してくれよ。現代に幽霊なんて。
ガコッと大きな音に怯えて唸る。
突然、天井の一部が外されたと分かり、そこから見慣れた顔が現れた。
「勇名殿、さすがです。気取られてしまいました。私の修行不足です」
「け、螢かよ。脅かさないでくれ」
「最近、身体がなまっているので、久々に排気口で行こうと思いまして」
螢が排気口から飛び降りる。途中、ミニスカートがめくれあがってパンツが丸見えになったのだが、気にしている素振りはない。
モデル体型のスレンダーな骨格と、どんな服を着ても存在感たっぷりな胸。ボーイッシュなショートボブは端正な顔立ちによく似合っている。
その上に、学力優秀、運動神経は人類の常識を遥かに超え、礼節を知り所作も美しい。
友人だからひいきするなどでなく、わだつみ最高・最強の美少女は螢だと勇名は思う。いろいろ残念なところも多いのだが。
「勇名殿、羽佐間副司令はまだでしょうか」
「お、おう。まだだよ」
「い、一緒に待たせていただいてもいいのでしょうか」
恥ずかしそうにいうが、登場の仕方とか、パンツ丸見えだったこととか、恥じらうべきことはもっと他にあると、勇名は思う。
「大丈夫、俺に気を使わなくていいから」
「あ、ありがとうございます。で、では、末席に」
「水くさいこと言わずに俺の隣に座ればいいだろ?」
「へっ、そんな、恐れ多くて」
「いいから、さ」
勇名が隣の席の椅子をひいて手で示すと、螢は真っ赤になっておそるおそるその椅子に座る。
「あ、ありがたき幸せ」
「いえいえ」
勇名も妙に疲れて、椅子に腰掛ける。
それにしても、こんなに男性に対して免疫がないと、鈴の護衛任務に支障が出ることがあるのではないかと、勇名は心配になる。
何か緊張がほぐれるような、日常の話題を考えようとしたとき、ドアがノックされる。
「はいっ」
「羽佐間だ」
扉が開くと、叔父である誠十郎が入ってくる。勇名と螢は立ち上がって敬礼する。誠十郎は軽く答礼をして、適当な席に座る。
「座れ。お前達には、八洲に潜行してもらう」
叔父の様子に、勇名はつばをゴクリと飲み込んだ。
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今回、わだつみ1の美少女が改めて登場しました。皆さんは、どのヒロインがお好きですか? 私は……ゴニョゴニョ……
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