二人の時間
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まずは、お楽しみください。
「ただいま! 葵姉、お待たせ」
勇名が玄関を駆け上がり、リビングの扉を開けると、キッチンにいる葵をすぐに見つけた。
「お帰り、イックン」
「葵姉、料理してるの? 久々に家にいるんだから、ゆっくりしなよ」
「でも、少しはおかずを作って冷凍しとかないと。お父さんもイックンも栄養が偏っちゃうでしょ」
「叔父さんも俺も普段は隊員食堂で食べてるから、そんなに偏らないよ。これはカボチャの煮物? 続きは俺がやるから、ほらほら、葵姉はソファに座って」
「イックン」
葵が潤んだ瞳で勇名を見ている。
「二人のときには、葵姉って呼び方は止めて。葵って呼んで」
「分かった。葵。代わりに、イックンも止めて欲しい」
「分かった。勇名」
ふと目線が合った二人が、どちらからともなく唇を重ねる。
「葵、会いたかった」
「私も」
勇名が葵をギュッと抱きしめる。
「さあ、ほら、葵ね……、葵はソファでゆっくり、ね」
「じゃあ、少しだけお言葉に甘えて」
葵がソファに座るまで姿を見守ってから、勇名は包丁を取りカボチャを切り始める。
「今日はよく帰れたね?」
「うん。艦長室に置いてある服だけだと洗濯が回らなくなってきて。緯度も下がって暖かくなってきたし」
「そっか、そろそろ夏服の緯度と季節か」
「勇名は……リリアンさんとのデート、楽しかった? 邪魔しちゃったかな?」
「リリィとはそんな関係じゃないよ。葵が連絡くれたとき、ちょうど昼食を終えたところだったから、急いで帰ってきたんだ」
「ふーん」
「心配?」
「ううん。信じてるよ、勇名」
「ヤキモチ焼いたのかと思ったんだけどなぁ」
「ホントはちょっとヤキモチ焼いてた」
二人の視線が交わって、互いに微笑みがこぼれる。
鍋に調味料を入れて、切ったカボチャを並べて入れる。落としぶたと鍋ぶたをして火にかける。
勇名は身体を伸ばしながら歩き、葵の隣に腰掛ける。互いに引かれ合うように、口づけをする。
「すごく寂しかったよ、葵」
「ごめんね」
「仕方ないよ。寂しかったけど」
「どうすればいい?」
「んー、ハグして欲しい」
葵が少し強引に勇名を抱き寄せる。ちょうど、勇名の顔が葵の胸に埋もれる。
「勇名がまだ小さいとき、泣きたいと私の胸にこうしてたでしょ。あれ、おっぱいが膨らみ始めた時期は、すごく恥ずかしかったんだよ。でも、少しでも早く笑顔になって欲しくて我慢してたんだ。今は、別の意味で恥ずかしいけど」
「どうして?」
「……言わせないで……」
勇名は顔を上げ、自分の唇で葵のそれを塞ぐ。右手を、葵の胸にやる。
「んっ……」
「葵……」
「あ、勇名、鍋が……」
「ヤバい!」
勇名は大急ぎでキッチンに戻り、鍋の蓋をとり、火を小さくする。
「やれやれ、後始末が大変だ」
吹きこぼしの汚れは落ちにくい。
「勇名、他にも作って置きたいものがあるから、私が代わるよ」
「じゃあ、手伝いさせて」
「分かった」
◆◇◆◇◆
勇名は葵と二人、艦長室に続く通路を歩いていた。家でおかずを何品か作り、冷凍庫にしまったところで、葵がもどる時間になっていた。
「あのさ、これからは服を届けたり、家におかずの作り置きをしたりは俺がやるよ。だから、葵のせっかくの休みはゆっくり過ごすことに使って欲しいよ」
「ありがとう。心強いよ。でも、勇名だってアーミスの操縦で身体を酷使してるんだから、休んで欲しいよ。お父さんみたく、障害が残るようなことがあったら、取り返しがつかないから」
「うん。でもさ、叔父さんの頃と違って搭乗時間管理を徹底してるんだから、大丈夫だよ」
「でも……、ううん、何でもない」
「え? 何? 気になっちゃうじゃん!」
「ホントに何でもないの。思わせぶりな感じになっちゃって、ごめんね」
「あ、うん。分かったよ」
「じゃあ、送ってくれてありがと」
勇名が持ってやっていた荷物を返す。
「ああ。身体に気をつけて」
上級士官カードを使って葵が扉を開き、入っていく。葵の背中を見守った勇名は、腕を回す。エレベーターで第一甲板に出て、ジョギングをしようと考えたからだ。簡単な運動は感覚障害予防のために重要だとされている。
機甲神骸に搭乗する上で最大のリスクは、感覚障害だとされる。操縦中、勇名は語り部の永遠を介して神話体と擬似的に一体化する。それが長時間、長期間に渡って行われると、神話体の感覚が搭乗者のものとなり、搭乗者の感覚が奪われてしまう現象があり、それを感覚障害という。
叔父の誠十郎は、長時間、長期間の六式搭乗によって左半身の感覚をなくしてしまった。
その神話体は大きい人体とよく言われるが、消化器官も生殖器もなく、人間とは違う箇所が多い。半霊体としての性質も併せ持ち、太陽光を取り込んで異次元空間にエネルギーを貯蔵しているらしい。
「わからないことだらけ、か」
エレベーターを下りた勇名は、ゆっくりと走り始める。緯度が低くなったことで、確かに生ぬるい空気を感じることも多くなった。
赤道海流に乗って西進中の八洲列島に接近するまであと数日だ。八洲の国民は勇名達わだつみ学徒隊のことをどう思っているのか。無事、祖国との和解ができるのか。
「分からない上に、見通しの立たないことばかりだ」
気づけば、西の空が赤みを帯び始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
二人の甘い時間、時間的に短い分、濃密な時間になったようです。
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今後とも、「海流のE」をよろしくお願いします❗




