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釣りでホリデー

今回もページを開いていただき、ありがとうございます。

今回はまったり回です。

気楽にお楽しみください。

 鈴と螢の慣熟訓練が続く一方で、わだつみ艦隊の周辺から八洲艦隊の影は見られなくなった。一連の海戦を通して、八洲自衛艦隊全体でみても、非常に多くの損害を出したはずであり、慎重になっているのだと思われる。


 戦闘や哨戒で休む間もなかった機甲神骸(アーミス)部隊等、多くの部隊でたまった休暇の消化が始まった。


「ねぇ、勇名、前に私に釣りを教えてくれるって言ってたでしょ。明日の休暇に釣り施設に連れてってよ」


 操縦後診察を先に終えて待っていた勇名の顔を見るなり、鈴は両手を合わせた祈るようなポーズで勇名を誘ってくる。

 鈴なりに、勇名にリフレッシュさせようとしているのか。


「いいけど、螢は生きた魚が苦手なんじゃなかったっけ」

「螢には悪いけど、付き合ってもらうわ。いいでしょ、螢」

御意(ぎょい)

「螢の顔色メッチャ青いけど」

「勇名殿、大丈夫です」


「もし釣れたら勇名が魚を処理してあげればいいじゃない」

「螢もたまにはわがままを拒否していいと思うぞ」

「いえ、むむ、むしろ魚釣りやりたいでしゅ。お願いしにゃす」


 螢の顔色は青いままで、しかもろれつが回っていない。

 とはいえ、螢の決意を尊重してやりたくもなって、翌朝0630に御旗(みはた)学園左舷(ひだりげん)口バス停で待ち合わせることにした。

 一晩過ぎて、約束の時刻になると、釣りフル装備の螢と、水色のワンピースに麦わら帽子姿の鈴が待っていた。


「鈴、お前、やる気あるのかよ」

「だってあんたが手伝ってくれるんでしょ。頼りにしてるからよ。難しいことや、魚や餌を触るのは男の子がやってくれて釣りをするのに憧れがあるの」


「なんの少女漫画を読んだら、そこまで他人任せな憧れを持てるんだよ……」

「だって、螢は魚を外して貰うのに、私だけ魚をベタベタ触れるなんて、私が可愛くないみたいじゃない」

「よく分からん理屈だけど、一連のお前の発言は可愛くない」


 そこに小型路線バスが到着したので、素早く乗り込む。螢は既に護衛の任務に徹しているように見える。そして、鈴は分かりやすく脹れっ面になっている。

 しばらくバスに揺られても仏頂面のままなので、勇名が声をかける。


「いつまでも不機嫌な顔をするなよ。魚を触ってみるのだって、経験だろ。それに、いろんなことを経験するために御所を出てるんだろ」

「そうだけど……。分かったわよ、私が触ればいいんでしょ? 」


 鈴の顔は変わらず不満そうだが、言質がとれたので、勇名はそれ以上何も言わない。

 わだつみの左舷第一道路を小型バスが走る。赤い光に気づき窓の外に目をやると、朝日が海を真っ赤に染めている。なつめや葵と一緒に見たかったと、勇名は思う。心が震え過ぎないように、朝日から目をそらす。


 バスが艦尾近くまで来ると、釣り施設となっている堤防が見えてくる。


「そういや、護衛艦3隻が修理中だから、民間人は入れないな。これなら混雑がなくてよかった」


 バス停に下りて、近くのエレベーターに乗る。港と同じ階層まで下りると、すぐに釣り施設の管理事務所が見える。チケットを買って、堤防の先端を目指して歩く。

 洋上らしく湿った風が吹く中、勇名は効率良く釣り道具を開いていく。三人分の釣り竿の準備を終えて、管理事務所で買ったオキアミを針に取り付ける。投げ餌をして、そこに竿を垂らす。


 勇名は自分の竿より、鈴と螢の竿に注意を払う。鈴の服装は、明らかに釣り人達の中で浮いている。

 しかし、腰まで伸びる赤い髪と、水色のワンピースの裾が揺れるのを見ると、とても絵になっている。幼さが前面に出る顔立ちも、無邪気な笑顔も、穏やかな風と日差しの中で輝いて見える。


「おっ、鈴、アタリ来たぞ」

「えっ、ど、どうすればいいの」

「まずは、そのまま。竿の先がクッと沈んだときに竿をたてろ。――今だ!」


 鈴の竿の先端が大きくしなる。鈴は無意識にリールを巻いている。


「いいぞ、その調子だ。もう上がるぞ」


 鈴が竿を持ち上げると、糸の先に赤茶色の物体がぶら下がっている。それを岸壁の上に下ろすと、悔しそうに尾びれをふって暴れている。


「カサゴだな。外せるか?」

「え!? ちょっと、こんなグロいの触れないよ。なんかトゲトゲだし。無理無理無理」

「軍手して慎重にやれば大丈夫だよ。ほら」

「無理無理無理無理無理! お願い、勇名」


 勇名は思わず吹き出す。そして、笑いながら足でカサゴを抑えて、釣り針を外す。


「一応、食える魚だからバケツに入れとくな」

「勇名、格好良かった……てか、そんなの食べるの? キモくない?」

「ちゃんと下処理すれば旨い魚だぞ」

「マジか……」


 勇名と鈴が話していると、急に螢が大声で叫んだ。


「いいいいい勇名殿ぉ、糸が引っ張られております!」

「お、やるな螢。大物だ、無理はするなよ。鈴、タモとって」


 鈴から渡されたタモをとり、螢の横に立つ。


「竿を上げて。下げながら巻く。また竿を上げて……」

「ぎょ、魚類のブルブル感がぁ」

「そこから苦手なのか……頑張れ」

「はい、身命に賭しても……ひいぃ、ブルブルしないでぇ」


 螢の顔色がどんどん青くなっていくが、少しずつ魚影が見えてくる。


「アジかサバかな。頑張れ、螢。もう少しだ」


 螢が思い切りよく竿を上げると、サバの腹が銀色に輝く。勇名がサッと手を伸ばしてサバをつかみ、釣り針を外す。すぐに抑えて、血抜きのためにナイフを入れる。


「よくやったな、螢。いい形のゴマサバだ」

「よ、りょかったれふ」


 螢はもう揺れてない竿を握りしめて、身体をサバのようにブルブル震わせている。


 その後も、鈴と螢のフォローに忙しく、勇名は自分の釣りができなかった。それでも、心から楽しそうな鈴と、ブルブル震えつつも釣り上げることの面白さにはまっている様子の螢の笑顔に、勇名はいい休暇だと思うのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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