洗脳
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勇名が、わだつみに帰投して搭乗後検診を終えたとき、何かに抗議する男の声が聞こえた。どことなくセラ大尉の声に似ているような気がして駆けつけると、案の定、セラ大尉が警務隊に拘束されて、それに抗議していた。
「セラ大尉の歓待対応していた羽佐間勇名です。何があったんですか」
「イサナ、誤解だ。誤解で逮捕されそうなんだ」
セラ大尉は必死で自分の立場を説明している。それを見た警務隊員のひとりが、勇名を見る。
「もうお前には関係がない。自分の持ち場に戻れ」
「関係がないって。まだ任務を解かれていません。とにかく、どうしてこうなったのか教えてください」
「上からは、尻尾を掴んだ時点でお前は解任されると聞いている。だから、自動的にお前は解任されている」
「どうしてですか? セラ大尉はこんなに誤解だと繰り返し言っているのに」
「スパイは誰でもそういうものだ。それに、せっかくの上からの配慮を無駄にするな」
「配慮?」
「スパイ行為の尻尾を掴んだら自動で解任される。お前への配慮以外のなんでもない」
――責任を取らなくていいという意味か。
「見くびらないでください。僕は最後までセラ大尉の言い分を聞きます」
「羽佐間曹長、これは命令だ。俺は警務隊第三小隊の隊長で木下剛毅一等学尉だ。上官として、貴様が自分の持ち場に戻るよう命令する」
「くっ……」
ポン、と勇名の肩が叩かれる。振り向くと、早ヶ瀬二尉が勇名を強い視線で見ていた。
「上官の命令だ。行くぞ」
「そんな……」
勇名は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。
◆◇◆◇◆
夜、2100時頃、なつめの帰りを待ちながら、勇名はセラ大尉達のことを考えていた。
もし、セラ大尉の言い分が正しかったとして、どのような方法でそれを証明できるのか。そして、他のふたりのヴェリテリアの士官はどうなってしまうのか。考えても分からず、不安だけが強くなる。
駐車場に、車が入る音が聞こえる。駐車され、扉が開かれる。勇名は時計を見て、なつめの帰宅予定と一致していることを確認する。案の定、大崎ディレクターの声が聞こえてくる。
「羽佐間ちゃん、くれぐれも息子さんにも姪っ子ちゃんにも内緒だからね。ヴェリテリアの人達がスパイだなんてショック受けるかもだし、なによりこっちの隠し撮りがバレたらまずいしね」
「大崎さん……、――」
なつめのヒソヒソ声が聞こえる。おそらく、駐車場での会話が室内に聞こえることを注意しているのだろう。
「あ、そうなの。とにかく、スパイ騒動の隠し撮りは秘密、頼むよ」
さっきよりはボリュームを落として、大崎ディレクターの声が聞こえた。車のドアが閉まる音がするなり、エンジン音をたてながら車が駐車場から出て行く。
なつめは、ヒールの音を響かせなから玄関に回り込む。鍵の音がして、扉が開く。
「お帰り、母さん」
「ただいま、勇名。遅くなってごめんね」
勇名は隠し撮りの件が気になったが、帰るなり問い詰めるようなことはしたくなかったので、平静を装う。
「夕飯はどうした? ちょうど俺のを作ってたとこだから、よければ一緒に食べようよ」
「ほんと? じゃあお言葉に甘えて。勇名、お料理やるんだ……」
フライパンを熱している勇名の背中に、なつめの、少し安心したような、後悔しているような声が聞こえる。
「ああ。葵姉も飛び級始まってから勉強が忙しいことが増えて、手伝ったり、俺が作ったりすることも結構あったから」
「そうなの。葵ちゃんにも勇名にも負担をかけてたんだね……」
「おっと、それ以上は言わないで。俺がこっちに住むことになったのは、あくまで叔父さんが強引にやったことだから。母さんがやましく思うことなんて何もないからね」
「……勇名」
勇名は料理を続けながら、先程の大崎の発言について聞こうと決心する。隠し撮り、という言葉が頭の中で繰り返される。葵が同行していたとき、撮影時には事前の許可と事後のチェックを要求していた。隠し撮りは、明確なルール違反だ。
「撮影中は、葵姉がついていたの?」
「うんうん、葵ちゃんは最初のうちだけだったよ。今は別の人がついてくれてるの」
「撮影には、事前の許可と事後のチェックが条件なんだよね」
「……勇名、さっきの大崎さんの声、聞こえちゃったの?」
「ん-、うん、そうなんだ……」
「葵ちゃんや他の人には、内緒にしてもらえるかな。貴方達を守るためにも、報道の自由って、とても大切なの」
「けど、そのせいで、軍事機密が漏洩したら、何人もの仲間の命が危険に晒されるんだ。だから、隠し撮りはデータを消去して、これからはもう止めて欲しいな」
「それは……、できないの、勇名。権力者に都合の良い報道ばかりになれば、国民は正確な判断をくだせなくなる。貴方達みたいな子供が、七賢帝体制の犠牲にされるのを黙って見ている訳にはいかないの」
「七賢帝体制*の犠牲? 俺達が騙されて犠牲にされてるって言いたいの?」
「そうよ。年端もいかない子供を洗脳して、銃を持たせて」
「洗脳? 七賢帝国も犠牲を払って学園要塞艦制度を作ったんだよ。第二次大戦の過ちを繰り返さないために。俺達は自由と平等を守るために自分の意思でここに来ている。洗脳なんかされてない」
「それが洗脳なのよ。普通の環境で育った子なら、いい大学に進むために勉強したり、スポーツに打ち込んだり、恋に胸を焦がされたりしている年頃なのよ。自由と平等のために銃を取るなんて、洗脳された子供でなければ言えないことなの」
「そうか、それが母さんの俺を見る目なんだね。わかったよ、洗脳されてる子供はそれらしく、隊舎に戻るよ!」
勇名は火を消して、情報端末と鍵と財布をポケットに突っ込む。
「さよなら、母さん」
勇名は、客人用宿泊施設を飛び出した。
*七賢帝体制……賢帝を戴く七つの大国が世界を支配する体制のこと。ヴェリテリア帝国、アルビオン同君連合、ルシャ帝国、エールデ帝国、央果帝国、ラーン帝国、ラーテ帝国の七カ国が七賢帝国と言われる。
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なつめと勇名の、おそらく初めての親子げんかとなりました。すれ違った二人がどうなるのか、今後にご注目ください。
今後とも、「海流のE」をよろしくお願いします❗




