勇名と葵
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カフェはそれほど混んでおらず、待つことなく座ることができた。葵は一度、お手洗いに行ってもどる。勇名は控えめな化粧を整えて来たことに気づく。
「ねえ、イックンは、リリアンちゃんのことどう思ってるの?」
「どうも何も、こないだ会ったばかりだし、特別何も思ってないけど」
いきなりキスをされたことは、葵には黙っていたいと思っている。それも含めて、リリィは勇名にとってよくわからない人物であり、葵への想いに勝るような要素はない。
「そうなんだ……鈴ちゃんや螢ちゃんは?」
「二人はただの幼馴染みだよ。葵姉も、二人のことはよく知ってるでしょ。向こうだって幼馴染みとしか思ってないよ」
「えー、それはどうかな?」
「そうだって」
「うーん」
「どうして、そんなこと聞くの?」
「それは……だって……イックンもお年頃になって、お付き合いする女の子がいないのかなって」
「いない。いないよ、葵姉」
勇名はふと、肩に力が入りすぎているような気がして、目立たないように深呼吸をする。それすら恥ずかしく思えて、頬が熱くなる。
「そっか……。私ね、艦長代理の仕事が本格的になったら、イックンとすれ違いばっかりになりそうなんだ。だから、今日こうして二人で過ごせるの、とても嬉しいの」
「うん、俺だって嬉しいよ」
勇名も、数少ない機甲神骸パイロットとして、忙しくなることが目に見えているので、気持ちは一緒だった。
「イックン。なんか、顔真っ赤だよ」
「な、あ、葵姉だって……」
「え、嘘、やだ」
勇名は、葵も照れているのだと気づき、鼓動が早くなるのを感じる。もしも、もしも、葵も自分と同じ気持ちだったらと考えると、身体がふわふわと風に流されていきそうに思える。
しばらく会話を楽しんで、スーパーマーケットで夕食の材料を買ってから、自宅に戻る。
「ただいま〜」
二人で声を揃えるように帰宅し、アイランドキッチンを挟んで、二人で夕食の準備をする。誠十郎は明日の昼頃から非番に入るだろうと予想している。それまでは、二人きりだ。
「そのワンピース、エプロンとの相性もいいね」
「本当? 嬉しいことを言ってくれるねー。イックンも、大人になったね」
「もう高校2年だから、いつまでもガキ扱いはさせないよ」
「はい。イックンは頼りになる男性ですよ」
勇名はふと、二人きりというシチュエーションが気になり始める。今まで、同居する親族として二人きりであることを意識したことはなかった。
しかし、今日の葵はいつもより一歩踏み込んでくれている気がして、なんとなく意識してしまう。
葵は18歳、勇名は16歳。恋人同士になっても全く不自然ではない。
「熱っ」
「大丈夫!?」
「フライパン熱し始めてるの忘れてた」
「ほらほら、早く冷やさないと」
葵は勇名の後ろに密着して、水道の流水で患部を冷やすように誘導する。
「イックン、気をつけてね」
「うん。ありがとう」
勇名は背中に感じる葵の体温と柔らかさに、耳まで真っ赤になってしまう。
葵が離れようとするとき、勇名は急に身体の向きを変え、葵を抱きしめた。温もりと柔らかさを、もう少し味わいたかった。
「イックン?」
「葵姉、俺……葵姉のことが好きだ」
「イックン……私もだよ」
「葵姉っ」
勇名は葵が壊れない程度に、と考えながら、強く抱きしめる。髪の毛からとても爽やかないい香りがする。
「イックン、取りあえず、ご飯作って食べようか」
「ああ。そうだね」
両想いだった……勇名は脳がオーバーヒートしそうなほど、脳内でその言葉を繰り返す。食事の支度の間、食事をしている間、食器を洗う間、勇名はずっとすぐそばにいる葵のことばかりを考えていた。
「ねえ、イックン、私の部屋に行かない? ちょっと古いアルバムでも見ようよ」
そう言った葵について行き、葵の部屋に入る。中学生の途中くらいから恥ずかしくなって入っていなかった。
「ベッドの上にでも座って」
「ああ。うん」
言われた通りベッドに腰掛けると、香水などの香料とは違ういい匂いがして、勇名は不思議に思う。
――ど、どこに目をやればいいんだろう。
奇麗に片付いた部屋とはいえ、どこに目を置いていいのか迷うくらい、部屋のあちこちに綺麗な絵や可愛い置物があって、いちいち意識してしまう。
「イックン!」
葵がアルバムを何冊か持って、勇名の隣に座る。勇名の二の腕と葵の華奢な肩が触れて、温もりが伝わってくる。
「見て、これ。イックンが産まれたときの写真なんだよ。ほら、私もこんなチビだったんだなぁ」
「へぇ。こんなのあったんだ」
葵はゆっくりとページをめくっていく。
「こうしてみると、イックンがうちにくる前から、私たち仲良しだったんだね。てゆうか、私がイックンを好きで離さなかったのか」
「お、俺も嬉しかったよ」
「えー、物心つく前なのに?」
「それでも。物心ついたときには葵姉のこと大好きだったから、きっと、その前から好きだったんだと思う」
勇名が少しムキになって言うと、葵は勇名を見て微笑んだ。
「じゃあ、ずっと両想いなんだね」
「ああ」
勇名は勇気を出して葵の肩を抱く。葵が目をつぶり、勇名もゆっくりと互いの唇の距離を詰めていき、互いの唇が触れる。
しばらくそのままの姿勢でいると、葵の身体から力が抜けて、二人でベッドに倒れ込む。勇名は葵に覆い被さり、もう一度唇を合わせる。
「イックン」
「あお……い」
「優しくしてね」
「うん。頑張るよ」
そこで、聞き慣れたサイドパイプの音が響く。
「合戦準備、繰り返す、合戦準備」
「マジかよ」
「このタイミング……ひどい」
勇名と葵は立ち上がり、軽くキスをする。
「行こうか」
「うん。仕方ないね」
二人は走り出す。
お読みいただき、ありがとうございます。
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