屋上と人魚のうた
本編第二話です。
引き続き、少年が初対面の少女を案内します。
どうぞ、お読みください。
勇名はリリアンに手を引かれ、御旗学園高校の案内をさせられている。
「ねぇ、この部屋って家庭科室? ミシンが一杯並んでる」
「そうです。アイロンも使えるので、学徒隊員にとって重要な部屋なんです」
「そうか、そうか。兵隊さん達は制服をビシッと皺のない状態にしなきゃだもんね」
リリアンは勇名の制服を眺めて、やっぱりビシッとだね、と笑う。
「ねぇ、じゃあ、あっちの部屋は?」
「生物室ですね」
「突き当たりは?」
「化学室です」
「そっか、そっかぁ」
リリアンは楽しげに質問を投げかけてくる。階段を見つけると、トントンとリズム良く昇りながら、勇名の手をギュッと力強く握ってくる。
二階、三階、四階と案内が続き、いよいよ屋上に向かう階段をリリアンがのぼり始める。のぼり終えてドアに手をかけると、リリアンは不思議そうに勇名を見る。
「あれ? 開かないわ」
「そこは本当は入っちゃいけないんだ……でも」
勇名はそばに置いてある机を、窓枠の下に置く。素早く机に乗ると、ギリギリ届く高さの窓の鍵を開け、窓を開ける。窓枠に手をかけて懸垂の要領で身体を持ち上げ、片足を外に出して窓枠に股をかける。
「ほら、こっち」
勇名はリリアンの手を取り、机まで登らせると、自分の両足を外に出して、椅子に座るような体勢になる。
「次は、こことここに手を置いて、鉄棒みたいにお腹をひっかけて」
リリアンの身体を左手1本で持ち上げたところで、自分は屋上に飛び降りる。
「さあ、後はどんな体勢でもキャッチしてあげるから、思い切りよく来てください」
「え!? わわわ」
バランスを失ったリリアンが頭から落ちそうになるのを、勇名がしっかり肩を掴んで受け止める。
抱きとめられたリリアンは、怖かったのかギュッと勇名を力強く掴んで離さない。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう。あなたって、着痩せするタイプなのね……」
「見た目よりがっしりしてるってよく言われる。さあ、ほら、とっても景色がいいですよ」
屋上からは、学園要塞艦わだつみの全容を一望出来る。青い空が百八十度広がり、ポツリぽつりと薄い雲が浮かんでいる。海は青く、太陽の光を返してキラキラ輝いている。
「あ、人魚が歌ってる」
「え!? どこ? 私、人魚を見たことないの」
人魚の顔が出ているところを指さすと、リリアンが驚いたような表情で落下防止柵にしがみついた。
「こうやって遠くから見る分にはいいけど、体長は20mから25mもあってデカすぎるし、神話体*の下半身が鯨みたいになってる見た目で、可愛くも綺麗でもない」
「鯨……、超古代文明人に愛された、大きな魚みたいな哺乳類のことよね」
「ああ。俺達の地球には鯨はいないけど、その代わりみたいにあの人魚がいるわけさ。海を自由に回遊する種類と、あいつみたいに特定の浮島に棲みつく種類がいるんだ」
「ねぇ、人魚の鳴き声って、なんだか哀しいメロディなのね」
「ああ、そうだね。何かを嘆いているような声だよね」
人魚を食い入るように見ているリリアンの横顔は、とても革命の女神といった物騒な存在には見えない。普通の女の子じゃないか、と勇名は思った。
「人魚のいる右舷側にあるのが陸戦群司令部。その艦首よりにある森では陸の特殊部隊がゲリラ戦訓練をよくしてる。艦首には垂直型ミサイル発射装置、いわゆるVSLや、CIWS*、SeaRAM*が集中している。ちなみに、階層は違うけど、空母二隻まで停泊可能な港があって、機甲神骸部隊も艦首側にいる」
リリアンは目を輝かせて、勇名の手を取る。
「じゃあ、あっちは?」
勇名は左舷側に引っ張られる。
「こっちは、すぐそこ、高校と隣接して大学のキャンパスがある。で、高校と大学の近くには生活用品が揃う商店街が集中していて、特に汐汲坂商店街はお洒落スポットとして有名で、観光客も多い。汐汲坂フライデーナイツってご当地アイドルもいて、人気なんだ」
「凄いね、私、フライデーナイツ好き。本当に艦そのものが基地のある街みたい」
「ああ。民間人もたくさん乗っているんだ。で、街の向こうが隊員宿舎。その向こうが艦橋で、艦橋の横にある滑走路が陸戦群と艦艇群が両方で使うメインの空港。滑走路が三本ある。もっと向こうには艦艇群司令部。その更に向こうは予備の滑走路や垂直型ミサイル発射装置(VSL)があったりして、ちょっとごちゃごちゃしてるんだよね。艦尾側の低い階層には、駆逐艦が三隻停泊可能な港がある」
「ふふ。本当に艦が一つの基地、一つの街みたい」
「喜んでもらえて良かったよ」
ふと左舷側からの風が通り過ぎ、リリアンの白いワンピースの裾がはらはら揺れる。
「あなた、誠実な人なんだね」
リリアンが近づいてきたと思うと、気づけば彼女の唇が勇名の唇に当てられていた。勇名は互いの心音が響く中で、リリアンの温もりを感じて戸惑った。
どうしていいか、勇名の両腕がためらう。それに構わず、リリアンの両腕は勇名の身体にしがみついている。
しばらくふわふわ漂っていた勇名の両腕が力を込めてリリアンを抱きしめたとき、唐突に銃声が響く。
「!? な、なんだ」
銃声は、階段のある扉付近から聞こえた。勇名は習慣でリリアンをかばうように、扉とリリアンの間に身体を入れる。
ガタッという大きな音がして、扉が開く。そこから銀髪の背の高い男が出てきたとき、勇名は自分の身体が強張るのを感じた。ただ者ではない雰囲気を持つ男だった。
「おい、お姫様ごっこは終わりにしろ。お前の担当の士官に迷惑だ」
勇名の後ろで、リリアンが笑った。
「あなたにお説教されるとは思わなかった」
「俺も護衛以外の面倒は嫌だが、お前が担当に迷惑をかけすぎている」
「分かったわ。またね、ハザマイサナ君」
そういったリリアンは、ためらいなく男の方へ小走りに近づいていった。
しかし、勇名は男の持つ尋常ではない雰囲気に緊張したままだった。灰色の瞳には表情がなく、人も物も変わらずためらいなく壊してしまいそうな危うさを孕んでいる。実際に、扉の鍵を拳銃で壊したのだろう。
男とリリアンが去った後、勇名は呆然と立ち尽くした。皇太女の学友兼護衛として、幼い頃から訓練を受けている勇名にとって、手も足も出ないだろう相手と向き合うことは珍しい。本能があの男との戦闘を拒絶していた。
「な、なんなんだよ、あいつ」
「面白そうな子」
突然の声に振り向く勇名。瞬間、小柄な少女の姿が見えたような気がした。
「え? 永遠?」
勇名が呼びかけても、永遠は現れない。
そして、名乗っていないはずの自分の名前をリリアンが知っていたことにも驚いた。
「なんなんだよ、本当に……」
また左舷側からの風が吹いて、勇名の髪を揺らした。
*神話体……機甲神骸の骨格となる巨大な人体。神骸ともいう。
*CIWS……自動照準対空防御機関砲のこと。
*SeaRAM……自動照準対空防御ミサイルのこと。
今回もお楽しみいただけましたでしょうか。
小悪魔系ヒロインの再登場はいつになるでしょうか。
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