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母と子

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今回は母子の時間です。

どうぞ、お楽しみください。

「……勇名」

「……母さん?」


 勇名は中年の女をじっと見て、記憶の中の母親と照合する。


「お母さん!?」

「勇名、大きくなって……」


 勇名はすぐに、母と再会したことを理解した。一方で、なぜテレビカメラが二台、自分と母の顔をそれぞれに撮っているのか疑問だった。


「母さん、ところで、このカメラは?」


 勇名を産んで数年後、なつめが毎朝テレビに就職したことは、葵から何度も聞かされている。テレビの取材か何かで来たのか、いずれにせよ、ただ会いに来たのとは違うと勇名は思った。


「ごめんね、仕事の一環なの。わだつみの真実を世界に伝えるために、それによって、勇名を助けるために」

「そう。ありがとう」


 そう言った勇名は手を広げ、母を迎える。母に身体を寄せられると、もうこんなに自分より小さいのかと変に感心する。


「イックン、久々にお母さんに会えたことだし、一緒に食事でもしたら?」

「ああ。セラ大尉達と一緒になるけど……母さん、ヴェリテリア海軍の人が遭難したのを保護して、俺が面倒をみているんだ。その人達と一緒の食事でもいいかな。あの、テレビ局の方もいいですか?」

「へぇ、それはいい。是非お願いしますよ。あっ、私はディレクターの大崎です。一応、取材班の責任者です。よろしく」


 電話をしてセラ大尉達と待ち合わせ時間と場所を決める。その後は、合流場所まで歩きながら、雑談をしながら状況を確認していく。

 待ち合わせ場所には、セラ大尉達三人が先に到着していた。


「やあ、勇名。テレビの取材だって?」

「はい。電波が妨害されるので、撮りためてドキュメンタリー風にするそうです」

「それでテロリストなんて誤解が解ければいいけどな! ――彼等は本当に親切なんですよ。彼等の側から暴力を仕掛けたなんて嘘としか思えない」


「へぇ、その話、後でカメラの前で言ってもらえますか?」

「もちろんだ」

「ヴェリテリア軍の捕虜もいたとは、なかなかに面白いものが撮れそうだなぁ」

「我々は捕虜ではないよ。遭難者として保護されているだけだ。今は本国と帰還の方法について調整してくれているんだ」


 そうですか、大崎はつまらなさそうに鼻歌を歌い始める。

 たどり着いた食堂で、温かい食事を振る舞う。


「こりゃ、すごい量だな」


 大崎が目を丸くする。


「わだつみの食堂では、18歳の軽い運動をする男子が必要なカロリーが元になっていますから、一般の方には多すぎると思います。残していただいて構いませんから、無理せず美味しくお召し上がりください」


 葵が丁寧に説明する。こういう細かな規定を含め、艦のことを隅々まで把握しているのだから、艦長代理に抜擢されたのも当然だと勇名は思うのだ。


 なつめがチラチラと勇名の方をうかがう。やがて、勇気を出したように緊張しながら話しかけてくる。


「勇名、このおかず、お母さんは食べきれないから食べてくれる?」

「……ああ、じゃあ、いただきます」

「待った! 今のもう一回やって、羽佐間ちゃん。久々の親子らしいやりとりでチグハグしてるの、とてもいい絵になりそうだから」

「は、はぁ」


 カメラマンが口をモグモグ動かしながら、カメラを持ち上げる。

 食事中はずっとその調子で、断続的にテレビ撮影をしながらになった。



◆◇◆◇◆



 来客者滞在施設に着いた勇名は、母から預かった荷物を玄関先に下ろす。三人のヴェリテリア人遭難者より、更にお客様として滞在できる宿泊所となる。主に民間人や政治家用の施設だ。


 友好国の軍人であれば、同じ釜の飯を食い、共有のシャワールームを使うことに抵抗はない。しかし、相手が文民*であるときにそれは通用しない。


 葵の取り計らいで、勇名はなつめの滞在中、この来客者滞在施設に寝泊まりすることが認められた。久々に母子の時間を過ごせるようにとの配慮だ。しかし、幼少期に叔父に預かられて以来のことで、今さら照れ臭くて仕方ないというのも本音だ。


「母さんは疲れているだろうから、先にシャワーを浴びて楽にするといいよ」

「勇名は?」

「俺はいつ非常呼集あるか分からないから」


「大変なのね。あの、助けに来てくれた六式、あなたの操縦なんでしょ?」

「……ごめん、それは機密事項なんだ」

「あ。うん、そうなのね」

「本当にごめん」


「いいの、いいの。……じゃあ、お言葉に甘えてシャワーを浴びようかしら」

「俺は寮に必要なものを取りに行くよ。三十分もかからないと思う」

「そう、いってらっしゃい」

「……行ってきます」


 寮から着替えなどを少し持ち出して施設に戻ったとき、なつめはちょうどドライヤーで髪を乾かしている最中だった。用具室から貸与された寝間着姿のなつめに小声でただいまというと、勇名は自分用の部屋に入り扉を閉めた。


「あの人が俺の母さんなんだ……」


 まだ充分な実感を伴っていない勇名は、母との時間に気詰まりを覚えていた。物心がつくかつかないかの頃に離れて、ろくに会う機会はなかったのだ。


「ねぇ、勇名。ここでは食事をどうすればいいの?」

「ああ。士官専用食堂から民間業者さんが宅配してくれるんだ。それを待っているだけ」

「そうなの? でも、どこか食材が買えるお店で……」


「母さん、ここは軍事機密の塊なんだ。そのせいで、色々不便をかけるけど許して欲しい」

「そ、そうね。そうだよね。それに、今さら母親らしくなんて、ずうずうしいよね」

「そんなことは……。俺は会えて嬉しいよ、母さん」

「……ありがとう、勇名。お母さんはずっと貴方に会いたかったのよ……」


 勇名が笑顔を見せたとき、インターホンがなった。


「食事の配達です」

「お疲れ様です」


 受け取った食事を早速テーブルに広げながら、勇名は母という人が持つ雰囲気に少しずつ慣れていった。



*文民……軍人の対義語。軍人ではない人。


今回もお読みいただき、ありがとうございます。

早くに離された母と子の空気感を楽しんでいただけましたか?

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今後とも、「海流のE」をよろしくお願いします!

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