疑念
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「いやぁ、思ったより何倍も楽しかったよ」
セラ大尉達三人が満足そうに言う。
ライブが終了したあと、全員で少し歩き、レストランで少し早めの夕食をとることにした。ヴェリテリアの三人はアルコールを飲んで頬を赤くしている。
「私もハマってしまいそうよ。いい経験をさせてもらったわ」
クレール=セラ三尉も酒が入り、いつも以上に素敵な笑顔になっている。
「エインさん、見張りは変わりますから、食事をしてください」
勇名は素早く食事を済ませ、座席そばで突っ立っているエインと見張りを交代しようと声をかける。
「構わん。俺はプロの傭兵だ。警護中に食事などしない」
「いや、でも……せっかく有名なレストランに来たんですし」
「警護は俺に任せて、お前こそ少し寛いだらどうだ。顔が疲れているぞ。そんなやつに警護は任せられん」
勇名はエインに気遣われたことに驚く。確かに、三人の案内役の後で寮に帰り、同期にその日の授業ノートを写させてもらい、自習をしてから寝たので疲れは残っている。
そのようなひとりひとりのコンディションも把握しているのかと考えると、エインの隙のなさに畏怖すら覚える。
「勇名、エインがそう言ってるんだから、ここに来てお話しましょ」
リリィが自分の隣の空席を軽く叩きながら言う。
「あ、ああ。わかった」
「勇名はどうだった? みんな可愛い子ばっかりだけど、好みの子はいた?」
リリィにそういわれて思い出そうとするが、メンバーへの気遣いが忙しく、ほとんど覚えていない。公演中は、日本語がほとんどわからないヴェリテリア人三人のために同時通訳の真似事をしていたのだ。
適当なことをいって突っ込まれるのも嫌なので、正直によくわからなかったと答える。
「もったいない。だから、通訳代わってあげるっていったのに。素敵な公演だったんだよ」
葵が心配するように言う。葵はいつも、もっと甘えて欲しいと勇名に言う。勇名にしてみれば、今日運転を頼み、同行してもらっただけでも充分に甘えたつもりだったが、葵はもっと頼られたかったようだ。
「ありがとう、葵姉。今度はもっと頼るようにするよ」
「勇名、私だって、日本語とフランス語の同時通訳くらいできるよ。私にも頼って」
リリィが張り合うようなことを言う。考えてみれば今日一日、リリィは葵に張り合い続けているように思える。
飛び級で若くして責任ある立場にいるという似た者同士、負けたくないという感情でもあるのかと、勇名は思う。
「リリィがとても頭がいいことは知ってるよ。授業も内容が高度なのに分かりやすいし」
リリィが満足そうな表情になる。
リリィはもともとエルデ共和国でドイツ語環境で生まれ、父の暗殺を契機にリヴァルノ伯領に亡命した。
そして、飛び級で大学で学ぶために渡ったクバナで革命に参加し、卒業後はほぼずっと外遊をしているそうだ。現在は、17歳にして大学卒業、国際教員資格も持ち、クバナ共和国外務副大臣の肩書きで世界を股にかけて仕事をしている。
一方で、葵は産まれたときからずっとわだつみに住んでおり、わだつみ小学校*、わだつみ中学校*を終えたのち、御旗学園高校、大学と飛び級で卒業。現在は、大学院で学びつつ三尉として学徒隊で活躍している。そして、まだ非公表だが、わだつみ艦長代理の任務をこなしている。
二人ともすばぬけて頭がいいことに違いはない。何も、いがみ合うことはないじゃないかと勇名は思う。
「ねえ、勇名。今日はゆっくり見られなかったみたいだから、今度私ともう一回来よう?」
「えぇ? だから、学校の副担任とデートなんて勘弁してよ。学校でどれだけからかわれるか」
「イックン、また見に来るなら、私が付き合うよ」
葵がニコニコ微笑みながら言う。
「あー、なら私も。羽佐間クン、私とデートしよう」
クレール=セラ三尉が、明らかにからかう表情で参戦してくる。
「あっはっは! モテモテだな、羽佐間曹長。罪な男だなぁ」
「そ、そんなんじゃないんですよ。ホントやめてください」
勇名の困った顔を見て、エインを除く全員が楽しそうに笑った。
◆◇◆◇◆
葵の運転でそれぞれの宿舎の近くまで送っていく途中、セラ大尉達が降りた後、リリィが勇名の隣の席に移動して来た。
「勇名、ヴェリテリアの三人と仲がいいんだね」
「ああ。だいぶ打ち解けてきたよ。特にセラ大尉は兄貴みたいな感じかな」
「そう。ちょっと、耳を借りるよ」
そういって勇名の耳元で小声になる。
「たぶん、彼等はスパイだよ」
「え? そんな馬鹿な。近くにヘリコプターの残骸まであったんだぞ」
「わだつみに潜入するなら、ヘリコプターの1機くらい安いものよ。偽装かもしれないし」
「だけど、彼等のIDは民間人相当のものだけで、俺も常につきっきりで見張れといわれた訳でもないし」
「そうね。羽佐間一佐が何を考えているかはわからないけど。でも、IDなんていくらでも偽造できるものだよ」
勇名は急に不安に襲われる。本当に三人がスパイだとしたら、自分の対応は隙がありすぎる。そして何よりも、個人的に結んだ友情が偽物だとしたら、人間を信じられなくなりそうだった。
「まさか、まさかだよ。リリィ」
「勇名は純粋なのね。まぁ、羽佐間誠十郎が何も手を打ってないとは思えないし、勇名は今まで通りでいいのかもね。でも、忠告はしたからね。後で裏切りが分かったからって、ショック受けたりなんてしないでね」
「ああ、分かったよ」
子ども扱いされた気分になり、勇名は不愉快だった。
そう、確かに遭難を装ってわだつみに乗り込んでくるスパイもいるかもしれない。しかし、セラ大尉達がそんな企みを持っているなんて考えられない。
「せいぜい、気をつけておくよ」
*わだつみ小学校、中学校……わだつみに家族で暮らす子供のための、八洲国立小中学校。運営は御旗学園に委任されている。
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
勇名の純粋な想いは、どうなっていくのでしょうか。
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