リリィの授業
本日もこの作品を開いていただき、ありがとうございます!
今回は、飛び級で教員資格のあるリリィの授業です。
それでは、どうぞお楽しみください。
早ヶ瀬は搭乗後検査を後回しにして、新体制についての説明を聞くために統合幕僚監部まで訪れた。
少し前まで、幕僚や参謀達が立てこもるように集まっていたはずの、この場所が会場になっている。それだけで、何が起きたのかは大方分かるが、それでも今後の展望など、気になることはたくさんある。
どこか騒然とした会場に、野辺地わだつみ艦長と、機甲神骸大隊司令羽佐間誠十郎が入ってくる。
誠十郎は野辺地の隣で、呼び出された責任者達を見回す。
「結論から言う。ここにいた幕僚、参謀連中を作戦妨害罪の現行犯で投獄した。それに伴い、野辺地艦隊司令代理、羽佐間誠十郎艦隊副司令代理、羽佐間葵わだつみ艦長代理にそれぞれ着任する。異議があるものは、この場で意見して欲しい」
会場がざわつく。早ヶ瀬にしても、予想はしていたが、実際に起きたことに対して驚きはある。
しばらく経っても誰も挙手しなかったからか、誠十郎はまた話し始める。
「現状、八洲は獲真主義者と自衛隊上部とがつながっている可能性が高く、今後も攻撃を加えてくると思われる。一方で、その他の国々はまだ様子見を決め込んでいる。だから、八洲以外のGOSTO軍とは戦わないで済んでいる。しかし、確実に八洲からの情報操作が効いてきているようだ。こちらからの情報発信は全て八洲が把握して、それを打ち消すような情報操作が行われていると思われる」
誠十郎は険しい表情を崩さない。
「八洲に対してこちらが持つ唯一のアドバンテージは、女皇陛下と皇太女殿下が我々の側にいて、我々を信頼してくださっている点だ。今後もお二人とよく話し合いながら、八洲との情報戦を制する力になっていただこうと思う」
皇太女殿下は誠十郎を伯父のように慕い、勇名を友人として信頼している様子が普段からみられる。女皇陛下も、かつての大戦時にわだつみで伴に困難を乗り越えた誠十郎を深く信頼しているのがよく分かる。
「一方で、血の観艦式事件で自国要人を失った国々の目は厳しい。八洲が、責任を我々に押しつけようと画策しているからだと思われる。この情報戦に負ければ、我々は世界の敵として、GOSTO軍に追われる立場になるだろう」
血の観艦式の責任を押しつけられる。もしそんなことになれば、悪いことを何もしていないのに、世界を敵に回すことになる。
「情勢は厳しいが、ありがたいことに、ヴェリテリアを拠点とするコングロマリット、コーヴァングループが我々を支援すると手を挙げてくれた。数日のうちにヴァルタザール=コーヴァン会長が本艦に合流するとのことだ。会長が無事にわだつみに到着できるよう、最善を尽くす必要がある。新体制に移行後の初めての作戦となる。詳細は後日として、一丸となってこの試練を乗り越えるつもりでいて欲しい」
士官達の、気合のこもった返事が響く。ここで資料やデジタルデータが配られ、それぞれの責任者から部下への情報伝達について指示が出された。
旧上層部と違い、野辺地艦隊司令代理も副司令代理も、この局面を一体となって乗り切ることを考えているのがよく分かる。誠十郎達がやったことはクーデターといわれるべきものだが、自分達の保身のために部下を犠牲にするような指導者では、いつかわだつみが崩壊していただろう。
「早ヶ瀬三尉、残ってくれるか?」
誠十郎が早ヶ瀬に声をかける。
「は、はい」
何かまずいことでもあるのかと、早ヶ瀬は緊張したまま、他の士官達が去るのを待つことになった。
◆◇◆◇◆
早ヶ瀬から新体制についての知らせを受けた勇名は、不安を抱えたまま、学校の授業を受けている。
新体制になって、学生の本分は学業にあると、血の観艦式以降増えていた訓練の頻度が下げられ、授業に使える時間が元に戻ったのだ。
誠十郎によれば、それも世界にアピールする内容のひとつで、わだつみが学園要塞艦として研究と教育の日常を送っていることを世界に発信するらしい。
それをしないと、要塞艦を使った武力集団という不穏なイメージが先行してしまうという。
――俺は正直、気が気でなくて落ち着かないな。
機甲神骸部隊のパイロット達は、全員が教員・学生・生徒であり、もしも日中に攻撃を受ければ、初動に大きな遅れが出る。
「……、勇名!」
勇名が顔を上げると、リリィが電子チョークを持った手で勇名を指し示していた。
「は、はい!?」
「考え事でもしてたの? 今は授業中だから、授業内容に集中していいのよ」
「はい、すみません」
「エリクシウム交換反応とは何か説明して」
「はい。陽エリクシウムと陰エリクシウム間でエネルギーのやりとりをする反応のことです」
「正解。では、後ろの中村達彦君、それを非常に効率の良いエネルギー機関にするには、どうすればいい?」
「はい。エリクシウム交換反応を利用して回転運動に転換すれば、動力なり発電なりに使えます」
「そうだね。回転運動に転換すれば、そのものをエンジンにしてもよし、回転で発電して電力として使うこともできる。しかも、陽エリクシウムから直接エネルギーを抽出しようとするより、はるかに効率がいいよね」
陰エリクシウムは、長期間太陽に晒しておけば陽エリクシウムに変化する。かつてはその陽エリクシウムだけがエネルギー資源と思われていた。しかし、状況は一変して、エリクシウムは非常に効率のよいエネルギー資源になった。
「当然、有効な資源であるエリクシウムは戦争の理由になります。エリクシウムの推定埋蔵量が多い場所は?」
鈴が挙手する。
「はい、白河鈴殿下」
「はい。一番は、採掘技術のまだ確立していない海底です。二番は、GOSTO共同管理の唯一大陸。三番は、学園要塞艦。四番は、七賢帝国が保有する資源小島です」
「そうですね。まだ技術の足りない海底以外、七賢帝と、彼らがリードするGOSTOに偏っています。エリクシウム生産もまた、いわゆる七賢帝体制に組み込まれていることが分かります。では、次回はエリクシウムを通して、もう少し詳しく七賢帝体制と呼ばれるものを知って行きましょう」
リリィが言い終わると、当直生徒が「気をつけ」の号令をかける。椅子のずれる音と伴に、全生徒が立ち上がり不動の姿勢になる。
「教官に敬礼」
学徒隊生徒は10度の敬礼*を、一般生徒は会釈をする。
「お疲れさま」
リリィが笑顔と共に礼をする。
「直れ」
授業が終わる。途端に、生徒達の雑談が始まる。
*10度の敬礼……学徒隊の脱帽時の敬礼。頭を下げる角度が約10度となる。少し尻を後ろに突き出すと、ちょうど良い傾きになる。
今回もお読みいただきありがとうございました。
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