羽佐間葵
この度もページを開いていただき、ありがとうございます。
今回は、勇名の憧れの人が活躍?します。
どうぞお楽しみください!
「俺、やっぱり家にいるよ」
「何を今さら。せっかくだから目一杯楽しも」
勇名は今日も非番の葵に連れられて、汐汲坂に来ていた。わだつみ艦上にある幾つかの商店街のうち、最も若者に人気のあるところだ。
以前、ここを本拠地に活躍する汐汲坂フライデーナイツというアイドルの公演を見ようとリリィに誘われたこともあった。その件は、血の観艦式以降の情勢でなし崩しにキャンセルになった。
「俺、本当は独房にいなきゃいけないんだろ? こんなとこほっつき歩くのはやばいって」
「大丈夫。誰もイックンだって気づかないから」
「いや、でもさ」
「いいからお姉ちゃんに付き合いなさい」
そう言った葵が勇名の腕をとる。柔らかいものが二の腕あたりに押し付けられて、勇名は真っ赤になる。
「照れてるの? イッ君は可愛いね」
勇名にとって、ふたつ上の従姉である葵は憧れの女性だ。もともと仲が良かったが、誠十郎宅に引き取られて、家事や身の回りの世話をしてもらうようになると、勇名の中で憧れの女性になっていった。
葵は、飛び級に飛び級を重ねて、18歳にして大学4年、階級は三尉、役職は参謀と、わだつみ史上最も優秀な学生であるとの評判も高い。
家事を完璧にこなしながら、勉強時間を確保している姿にも、勇名は尊敬の念を抱いている。
「イッ君は、家と学校と寮と基地を往復してるだけでしょ」
「あ、うん、まぁ」
「ダメだよ。息抜きに町歩きくらいしなきゃ。鈴ちゃんか螢ちゃんと、デートくらいしてないの?」
「あ、あのふたりとはそんなんじゃないよ、全然!」
「そうなの? なら、これからもお姉ちゃんが連れてくるか……あ、着いた」
葵は超古代文明フランス風の外観の建物を指さす。どうやらカフェらしく、店の名前が書かれた三色旗が風でひらひら揺れていた。
「ここ、最近できて、人気らしいよ。入ろ」
今わだつみがいる中緯度らしいちょうど良い陽気で、テラス席に案内される。平日の割には混んでいて、非番の軍人も多いはずであり、勇名は落ち着かない。
「統幕の人は、こんなお洒落なところに来ないから平気だって」
葵はパフェと紅茶を、勇名はアイスコーヒーを頼む。
それが済むと、葵はキョロキョロと周囲を確認している。
「うんうん。やっぱり統幕の人はいないね。安心して」
「だけどさ」
「イックンは、普通だったら許されないことをしたかもしれないけど、今回はイックンを責める人はごく一部の人だけだから。私だって、その場にいたら同じことをしたかもしれないくらい」
「それくらい、統幕の人と現場の学徒隊員の溝が広がってるのは分かってる。でもさ、俺は上官の命令を聞かないどころか、殴り倒してしまったんだよ。のんびりカフェで過ごす気にはなれない」
「安心した。それが分かってるなら、本当にお説教する必要もないよ。まあ、私に付き合うと思って、今日はそれだけ考えて欲しいな」
葵のまっすぐな視線がくすぐったくなり、勇名は目をそらす。
「……分かった」
葵は頬杖をついて、勇名をじっと見つめている。
「イックン、いつの間にか背が伸びたね。私より大きくなってる」
「ん-? まあ」
「さすがに男の子だね」
勇名はまた赤面して顔を伏せる。
「照れちゃって。可愛いの」
「可愛いっての、やめてよ」
「本当のことだからさぁ。でも、うん、ちゃんと男らしくなってるよ」
葵の視線から逃げるように、外の通りに目を向けると、そこには目を尖らせた鈴が仁王立ちしている。
「やばっ」
勇名は学校の避難訓練のように、テーブルの下に隠れようとする。
「どうしたの?」
「す、鈴に見つかった!」
「イックンのエッチ」
何のことかと視線を少しあげると、ミニスカートと太股の隙間に葵のパンツが見えている。
「ち、違っ、これは!」
慌てて出ようとして、頭をテーブルにぶつける。
「痛っ」
「イックンはもう諦めなさい」
そう言った葵は、手を振り始める。
「鈴ちゃーん、螢ちゃーん、こっちで一緒にお茶しよ」
「はい!」
鈴はニコリと葵にだけ笑顔を見せて、すぐ鬼の形相で勇名を睨みながら歩いて来る。
勇名が席に戻り、下を向いていると、鈴と螢が店に入り、テーブルのそばで立ち止まる。
「あんたねぇ、私がどれだけ苦労してあんたの尻ぬぐいしてると思ってるの? 非番なのにちっとも気が休まらないじゃない! それなのに、あんたは葵さんと楽しくデートですか?」
「す、すまない」
「ごめん、鈴ちゃん、私が無理やり引っ張り出してきたの。気分転換が必要かなって」
「……」
「ごめんね、鈴ちゃんの気もしらずに」
「……わかりました。ここは葵さんに免じてこれ以上は言いません」
鈴は不機嫌そうな表情そのままに、勇名の隣の席に座る。そして、螢は葵の隣にかける。
「ブレンドコーヒーとフランスパフェ。螢は?」
「私はアイスティーを」
「じゃ、私と螢の分は勇名の奢りね」
「わ、分かったよ」
「螢ちゃんは、ケーキか何かスイーツは食べないの?」
「あっ、私は結構です」
「螢はダイエット中なの。胸ばかり大きくなるのが嫌なんだって……勇名、今、何と何を見比べたの?」
鈴の顔がまた険しくなる。
「い、いや何もっ」
「イヤラシイこと考えてたでしょ」
「そ、そんなことねぇよ」
「あら、じゃあ、鈴ちゃんのサイズ見てみるね」
そう言った葵は、おもむろに移動して鈴の後ろに立ち、鈴の胸を両手でつかんだ。
「あ、葵さん!?」
「うーん。服装で隠れてるけど、Bはあるわね。ひょっとしたらCかも。鈴ちゃん、着やせするんだね」
鈴は真っ赤になって葵が胸をまさぐるのを耐えている。
「あ、葵さん……恥ずかしいよぉ」
「これならイックンがちょっとエッチな目で見ても仕方ないかな」
葵が楽しそうに勇名の顔をのぞく。
「そ、そうなの、勇名?」
「お、俺はイヤラシイ目で見たりしてないから!」
勇名は気まずくて、とにかくごまかそうと店員に声をかける。
「注文いいですか?」
少しして店員が来て、注文をとってカウンターに入っていく。
葵が席に戻ったのを見て安心した勇名は、昨日のことを鈴に改めて謝った。
「昨日は、かばってくれてありがとう。迷惑かけて、本当に申し訳ない」
「あんたのバカに付き合うのは慣れてるから、大丈夫よ。それに、統幕の連中にムカついてたのは私も一緒だし。葵さんは別としてね」
「私の力不足でごめんね、鈴ちゃん、イックン」
「仕方ないですよ。統幕の情けないおっさんどもが、葵さんの忠告を聞くわけないですから」
話をしているうちに、全員分の飲み物とスイーツが届く。しばらく黙々と飲み食いした後は、女子同士の話が弾む。その様子を見て、勇名は微笑む。久々に日常が戻ってきたように感じた。
女性陣がたくさん話して満足した頃、艦内に張り巡らされた伝声管から、サイドパイプの音が響いた。
「合戦準備、繰り返す、合戦準備」
四人は一斉に立ち上がる。
本日も「海流のE」をお読みいただき、ありがとうございました。つかの間の平和な場面、お楽しみいただけましたか。
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