多少の犠牲
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出撃後のフィジカルチェックを終えた勇名は、椅子に座る暇もなく、爆撃を受けた施設の復旧準備に駆り出された。
勇名が参加させられたのは陸戦群司令部であり、地上部分が完全に崩壊していた。要救助者がいる可能性がある部分は人の手で瓦礫をどかしていくため、かなりの人手が必要そうであり、実際、学徒隊に所属する高校生は全員駆り出されている様子だった。
「勇名、そっち持ってくれ」
「おう」
達彦と力を合わせて大きめの瓦礫を持ち上げると、その下に血液で濡れた一角を発見する。
「おい、嘘だろ?」
「どうした、達彦?」
「……うちのクラスのトーマスだ」
勇名は言葉を失う。達彦が指さした先には、血だらけになったクラスメイトが瓦礫の下敷きになっていた。達彦が瓦礫を投げ捨てる。
「こいつ、サバゲー仲間なんだよ、なんで……」
勇名はトーマスの頸動脈に触れる。
「脈がない。身体ももう冷たくなってる……」
「だけど、もしかしたら……」
達彦がトーマスの上にあった瓦礫をどかして、心臓マッサージを始める。
「おい、達彦、無理だ」
「来週も遊ぶ約束してんだよ! ……こいつは体力もあって、いつかは空挺部隊のレンジャーになりたいって言ってたんだ。こんなところで死ぬ訳がない奴なんだよ」
「達彦、もう無理だ」
「無理なもんか。トーマスがこんなところで……死ぬ訳が……」
「達彦、来い」
勇名は達彦の襟首をつかみ、無理矢理立たせる。
「教官に一緒に話してやる。少し休んでこい」
勇名は強引に達彦を教官の前に連れて行き、状況を説明してやる。その間にも達彦の顔はみるみる青くなり、泣きじゃくるようになる。
達彦を座れるところまで連れて行き、勇名は元の場所に戻る。
その間に、トーマスの遺体を覆っていた瓦礫がどかされていた。両脚が原型をとどめないまでに潰れていた。
すぐに毛布にくるまれ、担架に乗せられる。アルビオン同君連合の出身らしく、ユーモアを大切にする生徒だった。
ふと視線の先に、高級将校と思われる一団がこちらを視察しているのが分かった。チラチラと確認するに、ここしばらく統合幕僚監部に引き籠もっていた幕僚や参謀だと分かる。
「ここは派手にやられましたな」
「確かに。抵抗をする素振りを見せたからでしょうな」
「いずれにしても、多少の犠牲は避けられなかったでしょう」
勇名は、自分の頭の中が真っ白になるのを感じた。「多少の犠牲」という言葉が、心の中で何度も繰り返された。
勇名は思考停止したまま、自分の身体が動いているのを感じた。
「貴様、何をするんだ。離れなさい」
「こいつを取り押さえろ」
「副司令、大丈夫ですか?」
勇名が我を取り戻したとき、何人もの参謀達と、小銃を持った護衛兵に取り押さえられていた。
すぐ近くには、わだつみ艦隊副司令ルイーズ=ボードリエ学将が倒れており、口と鼻から血を流して気絶しているようだった。
「おい、学徒隊生徒の教育はどうなっているんだ。こんなテロリストみたいな奴を野放しにしやがって」
そう言った参謀が勇名を殴ろうとするが、勇名は身体を捻って周囲の参謀たちを振り払い、カウンターパンチを放った。倒れなかったその参謀を突き倒すと、また副司令の上にまたがり、殴り始める。
「何が多少の犠牲だ。何が避けられなかっただ。お前等が無能なせいで、覚悟がないせいで……」
勇名はすぐに参謀達や護衛兵に取り押さえられそうになるが、それを振り払い、今度は誰彼構わず殴りつけた。一等学兵が高級将校と護衛の兵を殴り倒していくあり得ない光景に、周囲の生徒達は何もできず硬直している。
「そこまで!」
威厳に満ちた少女の声が響きわたり、その場にいた誰もが動きを止めて声の主に注目した。
「八洲大皇国皇太女白河鈴の名において緊急命令を下します。双方、今すぐに暴力を止めなさい」
男達が驚いたように動きをやめる。
「は!? 鈴?」
これまでに見たことのないような鋭い目つきの鈴が、勇名の前に立った。
「馬鹿っ」
鈴の平手打ちが勇名の頬に命中する。
鈴は向き直ると、幕僚達に向けて頭を下げた。
「彼は私の少年護衛官です。彼の不始末は私の不始末。誠に申し訳ありませんでした。まずは私の命令で彼を拘束します。そのあとの処分については、協議を行いたいと思いますが、よろしいですか」
参謀達は誰ともなく頷き、反論はなかった。鈴のオーラに圧倒的されて、反論できなかったのだろう。
◆◇◆◇◆
ガシャン、と鉄格子の扉が閉まる音が響いた。何も言わなかった鈴と、看守の足音も遠ざかっていく。
「多少の犠牲……か」
勇名は少し冷静になって己の行動を省みた。
自分の行動がとてつもなく愚かなことであったのは分かっている。軍隊組織の枠組みを全否定するようなことをやってしまったのだ。
「独房……お似合いだな」
そう自嘲すると、膝を抱えて床に座り込んだ。床は冷えており、自分が震えているのが、これから起こることを恐れてなのか、単に身体が冷えたからなのか、よく分からなかった。
勇名が無意識に飛びかかった相手は、わだつみ艦隊副司令のルイーズ=ボードリエ学将だった。血の観艦式で司令が死亡した今、わだつみ学徒隊の頂点にいる存在だ。
「馬鹿だな、俺。大馬鹿だ」
今後も、色々な人に迷惑をかけることになるだろう。
しかし、「多少の犠牲」という言葉に含まれた責任のなさや傍観者のような感覚は、どうしても許せなかった。反省を始めた今でも、やはりあの言葉と、それを紡ぎ出した精神性は許せなかった。
日が落ちたのか、少しずつ寒さが身に染みてくる。身体が冷えきってしまい、震えることもなくなってきた。
勇名は思う。銃殺刑でもおかしくないようなことをしたのだ。その場で射殺されなかったのは、高級将校や護衛兵達の危機感の薄さや、まだ未成年だから、という理由だろう。そう考えたら、今さら寒さなど怖くもない。厳しい罰があるだろう。
誰かの足音が、勇名に近づいてくる。一人は看守だ。もうひとりは、聞き覚えのある、特徴の強い歩き方。
しばらくして、足音の主と鉄格子を挟んで向き合う。勇名は、どんな厳しい言葉を投げられるかと心を閉ざす。
しかし、誠十郎は何も言わない。
看守が、鉄格子の扉を開ける。
「そんなところに座っていたんじゃ、身体が冷えただろう。立ち上がれるか?」
看守はそう言いながら、勇名の右脇を抱えて起き上がらせてくれる。
「家についたら、暖かくしろよ」
看守がそういいながら、勇名を連れて歩いていくのを、誠十郎の特徴のある足音がついてくる。
「俺、どうなるんですか」
「どうにもならないさ。お前がしたことは、現場の兵ならみんな気持ちがわかることだ。誰だって、上司の保身のためだけに死んだり、仲間を殺されるなんて厭だからな」
結局、何もないまま車に乗せられる。河原崎二尉も、今日は何も言わない。誠十郎も何も言わないまま、家に到着し、暖かいリビングで葵姉が待っていた。
「おかえり、イッくん」
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