待機命令
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「勇名、乗れ」
振り返ると、公用車に乗った誠十郎が後部座席の窓を開けてこちらを見ていた。
「はい」
勇名は助手席に乗せてもらう。
「失礼します。よろしくお願いします!」
大隊付士官の河原崎二尉が笑顔で答えてくれる。御旗学園の学園生でなく、専職の二等学兵から生え抜きで士官になった、勇名にとって気を許せるおじさんのような人だ。
「もう退院できたのか?」
「本日が退院予定日でした」
「その言い方だと、正式に退院する前に走り出したな」
「は、はい」
「はっはっはっ、元気が良くっていいよ」
実際には、今日のリハビリ次第で退院するかしないかを決めるはずだったのだが、意地でも退院するつもりでいたから問題ないと勇名は思った。
車はスムーズに地下入口を通過し、順調に機甲神骸基地に向かっている。
「羽佐間一佐もお若い頃はいろいろ無茶をされたみたいだぜ」
「河原崎、余計なことは言わなくていい」
「はい。了解ですっ」
河原崎二尉は楽しそうな表情を崩さないまま、返事だけは生真面目に答えた。
「ところで、勇名君は一週間前の事件で大活躍だったそうじゃないか。大隊の若い女衆が大騒ぎしてたぜ。青田買い希望者がたくさんいるから、気をつけないと味方のお姉さんに押し倒されるぞ」
「河原崎」
「はい。もう止めます。でも、やったことは本当に凄い。古参の士官連中は羽佐間一佐の再来と大喜びだ」
「河原崎!」
誠十郎の叱責が始まりそうなタイミングで、ちょうど大隊の駐車場に到着する。
誠十郎は何か言いたげにしつつも、とにかく急がなくてはならない場面だからか黙って車を降りる。勇名も降りると、誠十郎に敬礼をしてお礼を言ってから走り始めた。
パイロットのためのシャワーを浴び、身体と髪の毛を大急ぎで乾かす。乾いたらすぐにパイロットスーツを着込む。護身用の拳銃を点検し、腰のホルダーに納める。
足場を通ってコックピットに近づき、永遠に開けさせて、乗り込む。
「ん? あれ? お兄ちゃん、まだ入院じゃ……」
「もう身体はなんともないからな。問題はない」
「葵さんや鈴さんに怒られても知らないよ」
「小銃……よし」
「もーう。まともに話聞いてよ。無理をしてまたどこか怪我するかもしれないよ」
「日本刀……よし」
「私、今日はお兄ちゃんに無理のないようにしか動かないよ」
「馬鹿……そんなこといってたら二人とも死ぬぞ……脱出機構……よし」
淡々と起動前チェックを行っていく勇名を、永遠が心配そうに見つめる。
「もう。人のいうこと聞かないんだから」
呆れた永遠はため息をつく。
「お兄ちゃんのばーか」
◆◇◆◇◆
「管制塔CよりA部隊、敵機甲神骸の存在を確認。早ヶ瀬機及び羽佐間機は出撃して警戒行動せよ」
「早ヶ瀬機了解」
「羽佐間機了解」
「早ヶ瀬機より各機、起動して出撃に備えろ」
各機から了解の返信が続く。その間にも起動完了したA-14Sがカタパルトまで足を運ぶ。六式もまた、起動完了して待機位置まで移動する。
早ヶ瀬機出撃後、羽佐間機も、戻ってきたカタパルトに足を乗せる。また戦闘になるかもしれない緊張感が、勇名の鼓動を早くする。
各種計器のチェックや、滑走路の安全を目視確認して、勇名は顔を上げる。
「羽佐間機、滑空準備よろし」
「管制塔Cより羽佐間機、滑空を許可する」
「羽佐間機、出ます!」
カタパルトと地面効果翼のエンジンが作り出す推進力が、あっという間に六式をジャンプポイントまで導く。タイミングよく飛び出し、滑空しながら速度を上げる。
エンジンの推力向上と機甲神骸本体の軽量化、流線型化を進めれば、航空型機甲神骸も開発可能になるらしい。
しかし、兵装や戦い方の種類が多い水上型機甲神骸がなくなることはないといわれている。一方で航空型は、できてもしばらくは劣化した飛行機に過ぎないとまでいわれている。実現するとしたら、陸戦型を飛べるようにして敵地深くで下りるという、騎兵や空挺降下兵のような運用になるそうだ。
六式は無事に着水して、管制塔に連絡をする。
「羽佐間機、着水成功」
「ご武運を」
敵のレーダー反応は6機、おそらく八洲自衛隊のA-8Sだろうと思われる。早ヶ瀬機と羽佐間機に与えられた命令は警戒行動のため、交戦可能距離まで接近せずにわだつみから一定の距離を保って周回することになる。
「攻めてはこないな」
早ヶ瀬三尉が敵の動きを見てそうつぶやく。
「戦わないで済むならそれが一番だが……」
敵の様子をうかがいながら、勇名はいつでもロックオンできるようにレーダーを注視する。敵が何の目的で一定の距離を保っているのか、分からなくて不安な時間が過ぎていく。
「管制塔Cより早ヶ瀬機、羽佐間機をともない帰投せよ」
「帰投? 敵の攻撃は大丈夫なんですか?」
勇名は、管制官の声音に違和感を抱いた。
「統幕からの命令です。確かに帰投させろとの命令でした」
やはり、管制官自身も疑問を抱きつつの指示だったようだ。
――統幕からの命令? 何を今さら……。
「羽佐間、命令なんだから従うぞ。ついてこい」
早ヶ瀬三尉がホットラインで声をかけてくる。確かに、命令である以上、従う他ないのだ。
「和平の見込みがあるんでしょうか?」
「それは分からん。だが、命令は命令だ」
勇名は嫌な予感を振り払うように下唇を噛むと、早ヶ瀬に従い、わだつみに向かった。
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