リハビリと陰謀
本日もページを開いていただき、ありがとうございます。
どうぞお楽しみください!
誠十郎は、苛立ちに手を震わせながらモニターの電源を落とした。統合幕僚監部に立てこもった幕僚達の自己保身と無茶苦茶な指示に無性に腹が立ったからだ。
統合幕僚監部は、わだつみ戦闘指揮所の扉と向かい合わせになっている。戦闘に関わる覚悟さえあれば、いつでも参加できたはずなのだ。
しかし、幕僚達はそれをしなかった。厳しい戦況や、情報が錯綜する中、自分達の立場を明確にしたくないという政治的な判断のためだ。
学園要塞艦を守る学徒隊の十代から二十代の若者達に血を流させている間、ひたすら自己保身のために引きこもっていたのだ。
獲真主義過激派の加減も知らぬまま、知ろうともしない間に、何人もの血が流れた。CICと幕僚監部を警護する衛兵達が、たった15人で戦っている間、戦場全体の指揮はわだつみ艦長野辺地学将補が行っていたそうだ。
特にCICと幕僚監部の防衛戦は厳しく、誠十郎が援軍を送ったときには、衛兵の残りが5人になっていたそうだ。
自分達を守るために、十人もの若者が命を落としたにも関わらず、それを心にとめおくこともない態度に、誠十郎は激しい怒りを感じている。
今、警務隊を中心に獲真主義過激派と見られる犯人達の取り調べが進んでいる。三十人近い各国要人の犠牲を出した「血の観艦式」事件は、第二次全洋大戦後の世界で最も凄惨なテロとなった。各国は早急な原因究明と誠実な謝罪を求めているだろうに、幕僚達は捜査に参加する気配すらない。
「葵、幕僚監部の副司令が指示を出してるんだな」
もともと幕僚監部で勤務していた葵は、事件後しばらくは幕僚監部の中にいたため、内部の事情に詳しい。
「はい、羽佐間一佐。わだつみ艦隊幕僚長、ルイーズ=ボードリエ学将が中心となり幕僚監部内の意見をとりまとめていました」
統合幕僚長は初弾を受けた艦橋で死んでいる。そうなると、わだつみ艦隊の最高責任者は幕僚長最先任のボードリエということになる。
今、わだつみ艦隊は護衛艦隊であった八洲艦隊が引き上げて、わだつみのみとなった上、観艦式に参加していた各国艦隊に遠巻きに包囲された状況にある。
今回のテロの警備上の責任について誠実な答えが出せなければ、下手をすれば各国軍に包囲された現状のまま攻撃を受ける可能性もないわけではない。
「野辺地さんと根を詰めて話す必要がありそうだ」
誠十郎は深いため息をついた。
◆◇◆◇◆
血の観艦式事件から一週間。勇名は右脇腹の傷が完全に塞がり、リハビリを進めていた。
わだつみを取り巻く情勢については、葵姉がこまめに見舞いに来ては教えてくれている。司令部に責任を取る気概がなく、閉じこもっていることで物事が進まない現状も聞かされている。
そして、八洲とのやり取りの中で、八洲自衛隊や八洲政府の中枢に獲真主義過激派が食い込んでいる可能性があることも聞かされた。女皇陛下と鈴皇太女の身柄引き渡しも再三、脅迫に近い形で求められているという。
女皇陛下は火傷の治療が進んでいるものの、本格的に体力が回復するまでに至っていない。それだけ火傷の範囲が広かったということだ。
「ずいぶんと精が出るじゃない。私がそばにいると、頑張れるのかしら。それとも、螢の方かしら」
今日は、八洲大皇国の皇太女である鈴と、その護衛である螢が、勇名のリハビリに付き添っている。
鈴は先日、勇名が螢が死んだと誤解したときの顛末を面白おかしく周囲に言いふらし、かつ勇名をからかってくる。
「恐れながら皇太女殿下、消えろください」
「私は不要よね。無事だと分かっても『ああ』の一言だったもんね。あなたも私の護衛なのに、『ああ』ってね」
「それは、螢が死んじまったと誤解してて混乱してたからだよ。お前が無事で嬉しくないわけないだろ」
勇名は鈴の目を見て、真剣に怒りだした。螢と共に大切な幼馴染みであり、護衛対象でもある鈴がいじけたようなことを言い続けることに腹を立てたのだ。
「なっ、なによ。急に……」
鈴は顔を真っ赤にする。勇名の真剣な眼差しに、からかってばかりいたのが恥ずかしくなったのだろう。
「それより、今日の仕上がり次第で退院できるんだ。ただの暇潰しなら帰ってくれよ」
「わ、わざわざ来て、お、応援してあげてるのに何よその態度」
勇名はリハビリ用に組まれたサーキットトレーニングの二周目に入った。
「また変な噂話でからかいに来てるとばっかり思ってたよ」
顔を真っ赤にして真剣なのか怒ってるのかふざけてるのか分からない表情が面白くて、勇名は思わず吹き出してしまう。
「分かった、分かった。俺が無茶しないように見張ってくれてるんだろ。看護師さんに言われて。いろいろ忙しいだろうにありがとうな。陛下のご容体は?」
「人工皮膚の手術もあらかた終わったわ。もう少し体力が回復したら、リハビリを始めていいらしいわ」
「それは何よりだ」
「陛下はあんたのお陰で助かったようなもの。なんか悔しいけど、一生分の借りができたわ。ありがとう、勇名」
「俺だけじゃない。螢もな」
「わ、私は大皇家に尽くすのが存在意義ですので……」
「そんな、自分の命の価値がないみたいな言い方はやめろよ。悲しくなるだろ」
螢は顔を真っ赤にして伏せる。
そこに勢いのあるサイドパイプの音色が響く。
「合戦準備。繰り返す。合戦準備」
「敵襲か?」
勇名はリハビリをやめて、走り出す。
「ちょ、ちょっとあんたはまだ入院中でしょ」
「もういつでも退院できるだけ体力を戻したんだ。とにかく出撃準備はしないと」
全速力で走り始めた勇名を、鈴では引き止めきれない。
「もう。また無理したら絶交だからね!」
本作をお読みいただき、ありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょうか。
本作をより多くの方に読んでいただくためにも、ブックマークと☆評価へのご協力をいただけましたら幸いです。
また、「小説家になろう勝手にランキング」様にも参加しています。リンクを踏んでいただけたら嬉しいです。
今後とも、「海流のE」をよろしくお願いいたします。