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見慣れた病室

今回もページを開けていただき、ありがとうございます。どうぞ、お楽しみください。

(けい)ーーー!」


 勇名はフルスロットルで落下予想地点へ急ぐ。そして六式の左手を大きく前へ、上へと掲げる。六式の速度や落下の衝撃を少しでも軽くするには、手を下げながら受け止めるしか方法はない。


「螢、螢、螢!」


 しかし、あと少しのところで届かない。


「そんな、嘘だろ。螢ー!」


 螢は頭から海面と衝突して、人一人分とは思えない大きな水飛沫を上げる。


「け……い……」



◆◇◆◇◆



「……螢!」


 飛び起きた勇名は、自分の目に入る物に大きく戸惑った。気づけばベッドの上にいたのだ。様々なチューブに繋がれ、そのうちいくつかは、飛び起きた際に外れてしまったようだった。


「俺は……」


 ここは病院だと気づく。六式の搭乗訓練をしながら、一月に一度は検査入院をしていたからだ。ここは、機甲神骸(アーミス)パイロット専用の病室なのだ。


「螢!」


 勇名は繋がれたチューブを雑に取り払う。螢を取り落としてしまったのは、ただの夢なのかも知れないと思ったからだ。


 ベッドを飛び降り、病室から飛び出す。

 皇室関係者の病室は01甲板(2階相当)の西側にある。螢はそこにいるのではないか?

 階段に向かう途中、従姉(いとこ)葵姉(あおねえ)とすれ違う。


「イッ君!? まだ走っちゃだめだよ!」

「葵姉、螢は?」

「……」


 何かを言いかけてためらうような葵姉の様子に不安が募り、勇名はまた走り始める。


「イッ君!」


 階段を五段飛ばしで駆け下りると、すぐに皇室関係者病室が並ぶ区画に入っていく。あまりの勢いに警備兵が驚くが、すぐに勇名だとわかったようで妨害はしない。


羽佐間(はざま)君! 慌ててどうした?」


 勇名は螢が過去怪我したときに泊まっていた病室の前に立つ。しかし、その病室には誰もいない。


「羽佐間君、螢ちゃんなら、残念だけど……」

「そんな、嘘だ! 螢が……」


 勇名は膝から崩れ落ちる。あれは、夢ではなかったのか。


「――俺が螢を受け止められなかったから……。螢、ごめん、ごめんよ」


 勇名の頬に熱い涙が流れる。

 螢はいつも鈴を立てて、自分は一歩も二歩も下がって微笑んでいた。遊びでも、食事でも、自分は二の次、三の次で、常に鈴のためを思って行動していた。


 そんな女の子を守りたいと、勇名は訓練に打ち込んだのだ。何かあったとき、自分が鈴も螢も二人とも守るんだと。しかし、自分はあまりにも力不足だった。螢を、死なせてしまった。


「勇名殿?」


 勇名は涙を寝間着の袖で拭いながら振り向く。そこでは、(いぶか)しげな表情でこちらを見る螢がいた。


「螢!」


 勇名は駆け寄って、螢を思い切り抱きしめる。


「螢、無事だったのか? 生きてる、生きてるんだな、螢……」

「はい。勇名殿のおかげで一命を取り留めました」


 螢の顔がどんどん赤くなっていく。


「よかった。螢だ。螢が生きている」

「なんか積極的じゃない。私も戦闘に巻き込まれてはいたんだけどな」

「ああ、鈴」

「ああ、ね。ああ……、私のことはそういう反応ね。よく分かったわ」


「螢、怪我はもういいのか?」

「は、はい。三雲の一族の者は怪我の治りも早くて。勇名殿が上手に受け止めてくれたのもあって、もうリハビリに行ってました」


「それより、あんたのことよ、勇名。三日間も眠り続けてたんだから。機甲神骸(アーミス)での初陣は、緊張とかもあってすごく身体に負担がかかるものなの。早ヶ瀬先生はもちろん、機甲神骸(アーミス)パイロットはみんな回復に時間がかかっているのよ。あんたは増して、お腹の傷まで負ってたんだから」


「ああ、あちゃー」


 見れば、右脇腹の傷が開いたらしく、出血が始まっている。


「い、勇名殿、手、手を……」


 抱きしめていた流れで、まだ螢の両手を掴んでいたことに勇名が気づく。


「あ、ごめん」


 ドバッと音がして、螢が鼻血を出す。


「螢! 大丈夫か? まさか脳に損傷があったんじゃ?」

「大丈夫よ。螢がムッツリなだけだから」

「へ? 殿下、ほのひいかたは、ひろいれす」

「あらま。螢ちゃんもイッ君もどうしたの? なんなの、この惨状は!?」


 勇名の後を追ってきた葵が、目を丸くしながら病室のナースコールを押した。



◆◇◆◇◆



 葵は、自分が勇名を不安にさせてしまったことを反省していた。真面目(まじめ)な勇名のことだから、螢がすでにリハビリを始めたことを聞いて無理をするのではと言葉を濁したのだが、それが誤解を生んだようだった。


 警備兵が、残念ながらリハビリで留守だと言いかけたことも影響しているらしい。

 しかし、勇名自信も悪い夢を見て不安でいっぱいだったらしく、それも勇名を慌てさせていたのは間違いない。


 葵は過ぎたことをいつまでも悔いる性格ではない。気持ちを切り替えた葵は、三日間眠ったままだった勇名に何を伝えるべきかを考え始めた。


「今回の事件は、獲真主義過激派の犯行だというのは間違いないの」


 獲真主義過激派の工作員が八洲(やしま)第一護衛隊群の艦艇の砲雷科を制圧して成り代わっていたこと、わだつみにも多くの人員を配置して乗っ取ろうとしていたことなどが、当事者の発言でわかっている。


「最終的には、羽佐間一佐が指揮した機甲神骸(アーミス)科の整備兵が中心となって、わだつみ内での反乱は鎮圧できたの」


 葵は、父である誠十郎のことを、羽佐間一佐と呼ぶ。それは、家族同然の勇名の前でも一貫している。


「他の部隊は何をしてたの? 陸戦群のレンジャー部隊とか、海兵部隊は?」

「陸戦群の部隊には、最後まで出撃命令が出なかったの。統合幕僚監部が消極的だったから」


「幕僚監部は、何をしていたの」

「艦橋で要人達を死なせた原因は自分達ではないと、そればかり外に向けて発信していたの」

「そんなことで……? テロリストの鎮圧を後回しにしたってこと?」


「誰も責任を取りたくなかったのよ。学園要塞艦の統合幕僚監部は、GOSTO加盟国軍のエリートしかいないから、出世のための一時的なポストで責任を持って何かする気概はなかったみたい」

「葵姉は、何をしていたの。そんところにいるのは、しんどかったんじゃないの」


「うん。途中から、幕僚監部を離れて羽佐間一佐の指揮下に入ったわ」

「そっか……。葵姉、そのことで責められたりしてない?」

「今は統合幕僚監部が鍵を閉じて引きこもってるから、影響はないよ。羽佐間一佐は、幕僚監部が機能していないことにすごく腹を立てているけど」


「叔父さん、大丈夫かな」

「そうだね……、あるいは、クーデターとか……」


 葵は父の性格を考えて、クーデターのリスクが高いことに気づく。しかし、それらは負傷中である勇名にとっては心配事にしかならない。


「でも、いくら羽佐間一佐でも、そこまではしないよ、きっと。イッ君はとにかく怪我の治療に専念してね」

「ああ。でも……」

「いざというときは、私が止めるよ」


 葵はとにかく笑顔を見せて、勇名を安心させようと考えた。しかし、勇名は眉をひそめたままだ。こういう表情は、父と勇名でとてもよく似ている。


「イッ君は、とにかく怪我の治療! 私は仕事に戻るね」

「ああ。葵姉、お見舞いありがとう」

「また明日も来るからね」



本日もお読みくださり、ありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか。

この作品を多くの方に知っていただくため、ブックマークや☆評価へのご協力をよろしくお願いいたします。もちろん、著者が大喜びします。

また、「小説家になろう勝手にランキング」様にも参加しています。リンクを踏んでいただけると嬉しいです。

今後とも、この作品をよろしくお願いいたします。

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