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お茶会/2

実際のマナーや常識などは考えずにふわっとした雰囲気でお読みください



 結局イオニス様はシスティーヌ様に連れられて着替えに行ってしまいましたわ。 仕方ないことですけどお戻りが待ち遠しいですわね。


 待っている間ただぼんやりと立ち尽くしているのも退屈でしょうとバロウ様が温室の中を見せてくださるそうで、イオニス様が手ずからに育てられた植物を見れることにワクワクと胸を踊らせながら温室に足を踏み入れました。



「まぁ……! なんて数の鉢かしら!」


『えぇ、えぇ……凄いでしょう? 庭の方は私が主体で手入れしておりますが、温室の植物はイオニス坊っちゃんが殆んどお一人で手入れされているのですよ』


「本当に植物がお好きなんですのね。 あら、こちらのお花なんて素敵」



 温室の中には地面だけでなく所狭しと並べられた棚に大小様々な植木鉢が置かれ、骨組みからロープで吊るされた植物繊維の鉢もありますわ。


 育てられているのも見目美しい花だけでなく観葉植物のような花のない葉だけのものや、サボテンやアロエに似た多肉植物、ハエトリグサのような食虫植物らしきもの、大きめの鉢に植わったどっしりとした黄色い実をつけたあの小さな樹は……もしかしてカカオ?



 しかしそんな中でふと私の目を惹き付けたのは、棚に置かれた真っ赤な花を一輪咲かせる鉢だった。 針のように尖った葉の中でまるでかつての世界で見たフラメンコの真っ赤なドレスが翻る様のように、先がフリルのようになった赤い花弁を情熱的に大きく開いている。


 無知の身で勝手に触れる訳にも参りませんので少しだけ顔を近付けて香りを吸えば、まるで他者を誘惑するような蕩ける甘さと共にスパイシーな刺激が奥に潜んだ蠱惑的な香りに思わず頭が痺れてしまいそう。



『おや、その花がお気に入りですか? それは今坊っちゃんが特に力を入れて育てている〈スコピア〉という花なんですよ』


「そうなんですね。 はぁ……この香り、うっとりしてしまいます……。 私がこの香りを香水にして纏ったら、イオニス様のこともうっとりさせられるでしょうか?」


『はっはっは! お嬢様なら香りに頼らずともイオニス坊っちゃんを夢中にさせられますとも。


 しかしお気をつけください。 その花は華やかで美しい見た目と甘美な香りで人を惹き付けますが、その蜜は人を狂わせる猛毒ですからね』



 バロウ様の言葉に思わずドキッとして花に寄せていた顔を離してしまいます。



『あぁ、大丈夫ですよ! その蜜を口にしなければ害のない美しい花ですから!


 ただし、一度口にしてしまえば心の弱い者ほど逃れられないと言います。 一時は心身の苦痛を和らげ疲労も麻痺させますが効果が切れれば途端に著しい喪失感や虚脱感に襲われ、そのためそれをまた蜜を摂取して拭おうとすることで強い依存症を引き起こします』



 ……なるほど、つまりこれは麻薬の原料と。

 一通りよく見れば並べられた植物の中には各種ポーションの原料になる薬草や、逆に毒物の原料になる毒草も混じっています。


 でもあくまで少量だから販売用というより単純な趣味として育成しているか、品種改良とか個人的な研究用に育成している感じでしょうか。 薬学を専攻しているラインヘルト家だからこそイオニス様も薬学に興味があるのかしらね。



「綺麗な花にはトゲだけでなく毒もある、ということなのね」


『坊っちゃんはその人体に悪影響のある部分をなんとか取り除けないかと考えているようですよ。 依存性と後遺症を起こさず苦痛だけを取り除けるようにすれば、心の病にかかった方に有効な薬になるのではと』


「まぁ! なんて素敵なお考えなのかしら! 病や外傷と違って、心の病に効くお薬はまだありませんもの!」



 いわゆる向精神薬や抗うつ剤ですわね。 まだこの世界に存在していないもので、現状はカウンセリングと共に害のない栄養剤を薬として処方するしかありませんもの。 栄養剤に関しましては患者がそれを薬だと信じて服用することが大事なだけですから。


 この世界では精神的な病に対する理解度はまだまだ低いので、情報の回らないような田舎の土地では悪魔憑きなんてことにされて村八分にされたりひどい時は迫害の末に殺されるなんてこともざらにあるそう。


 しかし新薬の発明は国が大々的に発表しますので、そんな地域にも話は届くでしょう。 そうなれば多少なりとも精神疾患に関して知識は得られる筈です。



 なのでもし完成すれば画期的な発明になる筈ですわ! この貴族社会でもストレスからの精神疾患を抱える方は少なくありませんから。



「これは恋の贔屓目を除いても我が家が支援をするに値する研究ですわ。 お父様にお話を持っていってみましょう」


『それはそれは……イオニス坊っちゃんも喜びます』


「ふふふ……さ、バロウ様。 無知を晒すようで申し訳ないのですが、良ければ他の植物についてもお話を伺ってよろしいですか?」


『えぇ、もちろんです。 いやはや……貴女はまことに【紅月の君】の名に相応しく、美しいだけでなく大人びた聡明なお嬢様ですな』


「まぁお上手ね。 ありがとう」



 下心なく頂ける褒め言葉は嬉しいですわね。




 バロウ様に案内を受けて温室内に置かれた植物を一つ一つその名前や効能を教えてもらいましたが、南の国にしか自生せず輸入される量も極めて少ない希少な薬草までありました。 他にも自生区域が限られる薬草がいくつかあり、研究家にして薬草コレクターですわねこれはもう。



『のむのー、のむのむのー♪』


「……あら?」



 ふと、案内を受けながら小さな声が聞こえた気がして視線をあちこちに向けると、温室の片隅に置かれたさくらんぼのような小さな赤い実をぶら下げた低木の植木鉢の下で一つの影が座っているのが見えました。


 それは小さな……本当に私の膝まですらない大きさの小さな男の子ですわ。 童話の小人が着るような緑色のお洋服にとんがり帽子を被った、顔にちょっと土汚れの付いているおっとりとしたお顔の可愛らしい子供が低木についた赤い実を美味しそうに頬張っています。



「すごいわ、ここにはノームがいるのね!」



 そう、その子供は大地の精霊であるノームです。 でもノームでもあの子はまだ下級の精霊ですわね。


 ノームは大地の力が強い地で過ごす存在であり普段は野山や人の手が入らない洞窟内に居ますが、人のいる場所ですと心から大地を愛し大事にする人の元にしか現れません。 つまりノームが居るという時点で農家や植物を育てる方にとっては、大地そのものに認められたという最高の誉です。



『おや、お嬢様は精霊が見えるのですか? ここでは私と坊っちゃんしか見えていなかったのですが……』


「ええ、見えます。 まぁ、よく見たら一体だけじゃなくて何体かいるわ! バロウ様とイオニス様が育てた自然がお気に入りなのですね」



 一応、精霊を目視出来る人はあまり多くはないですわ。 生まれつき魔力が高かったりどれか特定の属性に特化していて波長が合ったりする人は目視出来るようですが、私の場合は前者です。 私は元から魔力がとても高いのでどの精霊も目視が可能ですの。


 赤い実を食べていたノームだけでなく、よく見たら他にも2体ほどのノームが植木の影から見知らぬ人間である私を興味深そうに見詰めていましたわ。 しゃがんで笑顔で手を振れば、敵意がないことが伝わったのか全員が興味深々に寄ってきて私の周囲をウロウロしています。



『のむ? のむの?』


『のむむー、のむむむー』


『のっ! のむのの!』


「うふふふ……ノームはやっぱり可愛いですわね。 ねぇノームの皆さん、私がイオニス様と結婚するの歓迎してくれます?」


『の? のむ……』


『のむ……のむむ……?』


『……のむー! のーむのむー!』


『はっはっは! どうやらノーム達はお嬢様を歓迎なさるそうですな!』



 私の問いかけにノーム達は顔を寄せあってヒソヒソとなにか話していましたが、その顔をニパッと満面の笑みにすると空中に小さな白い花を呼び出して雪のように降らせてきました。 バロウ様からもお墨付きをいただけましたが、私は無事にノーム達からイオニス様の婚約者として受け入れてもらえたようです。 やったぜ、ですわ。








『おい、お前があの出来損ないにリボンを渡した女か!』








 突然、温室内に響いた乱暴に扉を開く音と幼い少年の声にノーム達は驚いて逃げてしまいました。 ……ずいぶんと品のない方のようで。



 開け放たれた扉の前に腕を組みながらニヤニヤと笑みを浮かべて仁王立ちする少年は、赤茶色のおかっぱ頭とぱっちりとしたややつり目なエメラルドグリーンの瞳をした中性的な顔立ちの小柄な子。


 その容姿や態度、着ている服の質からして彼がイオニス様の弟であるニルウァ様ですわね。 うーん、髪色はシスティーヌ様に似ていますがそれ以外は伯爵様似なのかしら? 伯爵様のお顔を拝見したことないのでなんとも言えませんわ。



 私が冷めた目で見ていることにも気付かないのか少年はずかずかと歩み寄って、止めようとしたバロウ様にも睨みをきかせて黙らせると品定めでもするかのように私を上から下まで眺めてくる。



『ふん……見た目は合格だな。 噂になる程度には頭の方も悪くないと聞くし、仕方ないから僕の婚約者として認めてやってもいいだろう!』


「うふふ、嫌ですわ。 勘違いなさっているようですが、私は貴方じゃなくイオニス様に婚約を申し込みに来たのですよ?」


『勘違いをしているのはお前だろう。 アレは不本意ながら確かに僕の兄でラインヘルト家の長男だが、それ以前にただの出来損ないさ! 家督を継ぐ価値がないから、この家の跡継ぎはアレじゃなくこの僕だ!』


「だから?」


『……なんだその態度は。 お前はこのラインヘルト家へ嫁ぐつもりなんだろう? なら相手はアレじゃなく僕のほうじゃないか! 長男だから跡継ぎだろうと思ったのだろうが、とんだ勘違いをしていたらしいな! だが僕は寛大だ、その間違いの訂正を認めて僕の婚約者にしてやろう!』


「あらあらまぁまぁ……ふふ…………ねぇ、貴方は私が誰かご存知?」



 あぁ、いけませんわ。


 自分の笑顔が歪んだものに変わっていくのが分かります。



 それなのに胸の内は弾んでいるの。


 これはなんて面白そうな“玩具”なのかしら!



『“紅月の君”……リコリス・ミドカント嬢だろう?』


「あら、少し足りないわ。 私はリコリス・ミドカント“侯爵令嬢”。 ……それで名乗りもしない貴方はどなただったかしら? 侯爵家の娘であるこの私に随分と愉快な態度で、なにやら訳の分からないことを語っておりましたが……」


『あっ……い、いや、それは……』


「さ、お名前を聞かせて頂けますこと?」


『……ぼ、僕は、ニルウァ・ラインヘルト……です……』



 あらあら? なんだか急に元気がなくなってしまいましたのね、どうされたのかしら?


 それにお顔が急に青白くなりましたわ? 具合でも悪いのかしらね? うふふ……。



「えぇっ? 貴方がニルウァ様ですの? システィーヌ様からはとても頭脳明晰な天才的な方とお聞きしていたので……まさかこのような不躾な方がニルウァ様と気付きませんでしたわ。 ごめんなさいね?」


『……!!』



 まぁ、そんなあからさまに不愉快そうな顔をなさるなんて……もっと上手にお顔を作らないとわるーい人につけこまれてしまいますわよ? 貴族社会なんて魔界も同然だもの。


 握りこぶしを作りながら歯を食い縛り私を真っ赤なお顔で睨み付けるニルウァ様の姿は、私には毛を逆立てて必死に牙を見せて威嚇する可愛らしい子猫に見えてしまいます。





 でも私はまだまだ物足りないの。


 もっともっと可愛いお顔を見せてくださいな?







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