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お茶会/1

実際のマナーや常識は考えず、ふわっとした雰囲気でお読みください


 今はまだ少し肌寒い季節なので屋内でのお茶会になりますが、外は綺麗な快晴で絶好のお茶会日和です。


 色とりどりの花々が咲き誇る美しい庭園を見下ろせる大きな窓のある、控えめながら品のよい調度品で整えられたサロンでラインヘルト伯爵夫人と二人で和気あいあいとお茶を飲んでいます。 同行なさったお父様はラインヘルト伯爵様と別室で私の婚約に関してお話しているようです。



『それにしても驚きましたわ。 まさか【紅月の君】と名高いリコリス様からうちのイオニスにこんな素敵なお話を頂けるなんて』


「うふふ、恋というものは予期せず突然訪れるものですわ。 今日をあまりに待ち遠しく思うあまり、時を操る魔法があればなんて思ったりもしましたの」


『まぁ……!情熱的でございますのね……!』



 やわらかなグリーンのドレスを纏い、長い赤茶の髪を後ろに緩く結ったこの方はラインヘルト伯爵夫人であるシスティーヌ・ラインヘルト様。 とても小柄でイオニス様によく似た糸のように細い目の素朴で可愛らしいお姿をされていて、いつまで経っても若々しさが失われないと評判の奥方様です。 たしかお年は27になられる筈ですが、まだ10代半ばに見えますわ……羨ましい……。


 イオニス様に恋をしていると隠さず告げた私に、ポッと赤くなった頬に手を添える様は可憐な少女のよう。 さすがイオニス様のお母様だけありますわ、こちらもとても可愛らしいヒトですこと。



『で、ですがその……イオニスにそのようなお気持ちを頂けるのは嬉しいのですが……』


「……あら、もしかして……もう婚約者候補の方が……?」



 手にした扇で顔の下半分を隠しながら悲しそうに視線を斜め下に逸らせば、システィーヌ様は途端に慌てた顔になります。 あっ、この顔特にイオニス様に似ていますわね。 キュンときましたわ。



『い、いえ! そういう訳ではないのですが、その……、……あの子は、家督を継ぐことを放棄してしまっていて……』



 ……さすがに予想外でしたわね。 道理でラインヘルト伯爵家の長男であるのに名前や顔があまり知られてない訳です。 なぜ家督を継ぐことをしないと決めたのかしら……?



「理由をお聞きしても?」


『……我が家にはリコリス様と同じく7つになります次男のニルウァがおります。 あの子はなんと申しますか……親の贔屓目と言われるかもしれませんが神童と呼ばれる部類の子です。


 この年でもう12歳頃から通い始める王立学院に入学が可能なほど賢く、領地経営のいろはも全て頭に入っています。 そしてそれに伴う決断力も。 それを近くで見ていたイオニスは、自分が継ぐよりニルウァが継いだ方が家のためだと自ら継承権を放棄すると言い出したのです』



 ……ニルウァ・ラインヘルト。

 思い出しましたわ、彼も攻略対象です。



 親友の話ではいわゆる俺様ならぬ僕様な高飛車ツンデレ系だそうで、ビジュアルも小柄で可愛い系のなんちゃってショタ枠。


 最初は主人公を見下し馬鹿にするようなことばかり言ってきますが好感度が上がるにつれてツンデレ要素が増えていき、甘えてくれたりするようにもなって母性が刺激されてしまうのだとか。



 まぁ、私は興味ないです。 でも義弟となる訳ですしね、必要なら仲良く出来るよう頑張りましょう。


 しかしニルウァ様にお兄様がいるなんてあの子の話になかったのですけどね……? でもゲーム自体は私がプレイした訳じゃないので、単純にあの子が話していなかったってだけかもしれませんが。



「まぁ……イオニス様は大層弟様を大事にされてらっしゃるのですね。 ふふ……ますます私の想いが深まってしまいます」


『……!』


「ラインヘルト伯爵夫人、私はイオニス様にご婚約を申し込みたいのです。 ラインヘルト家に申し込みたい訳ではございませんの」



 口元は扇で隠したままですがスッと顔から笑みを消して目を細めてシスティーヌ様を見つめれば、彼女は少しうつ向いて口をつぐみます。


 貴族としては次期当主の座を放棄したイオニス様より、跡継ぎであるニルウァ様に乗り換えて婚約するほうが正解なのでしょう。 多分お父様も伯爵様から同じような話を受けている筈ですわ、弟のほうと婚約しないかと。



 ですが私はその枠組みから外れてしまっているので、悪役令嬢らしく権力を振りかざしてワガママを言いましょう。 欲しいものを力ずくで手に入れましょう。



『……っ、ありがとうございます!』


「はい?」



 急にシスティーヌ様がその場で深々と頭を下げられたので、思わずきょとんと目を丸くしてしまいます。


 あ、あら……? ラインヘルト家を軽んじていると取られてもおかしくない発言を致しましたのに、どうされたのかしら?



『あの子をそこまで想ってくださる方がいらっしゃるなんて……母親としてこんな嬉しいことはありません!


 確かに家長としての才や頭の良さでは次男が勝るのでしょう。 でも、だからといってイオニスが劣っているなど私は思いません。 あの子にはあの子の素晴らしさがあるのに……周囲に弟と比べられてきたためか、すっかり自分に自信を持てなくなってしまっていて……。


 きっと、貴女から愛されることはあの子のこの先にとって大きな支えとなる筈です。 ですからどうか……あの子をよろしくお願い致します、リコリス様』



 ……あぁ、本当に……素敵なお母様ですこと。


 近くに優れた才を持つ者がいたとして、一方をそれと比較して全てが劣っていると勝手に決めつけるのはあまりに浅慮。 ただ得意分野が違うというだけなのに。


 私はまだイオニス様のことを殆んど知りませんが、誰よりも我が子であるイオニス様を知るシスティーヌ様がこんなに想うのならば、きっとあの方は私が想像するよりずっと素敵なヒト。



「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。 

 お父様にも私はイオニス様以外に嫁ぐ気はないとお伝えしているので、伯爵様から弟君への打診があっても聞く耳持たないと思いますのでご安心ください」


『ふふふ、【紅月の君】がミドカント侯爵様に溺愛されているということは有名ですからね。 

 さ、まだ旦那様方のお話は終わらないようですし、あの子に会いに行きましょうか。 きっといつもみたいに温室にいるわ』


「あら、温室がございますの?」


『イオニスは植物を育てることに興味があるようで……庭の花もあの子が庭師と一緒になって育てているのです』


「まぁ! とても素敵なお庭だと思ってましたら、イオニス様がお世話をされていらしたのですね!」



 イオニス様への好感度上昇が止まりませんわ! だって本当にどのお花もいきいきと咲き誇っていて素敵なお庭なんですのよ!


 それにしてもイオニス様は植物を育てることがお好きなのね。 あのおっとりしたお姿によく似合っていますこと……うふふ妄想しただけで可愛くて堪りませんわ……あらいけません、涎が。







 システィーヌ様に連れられてお庭に出させて頂くと、お屋敷に入るときにも感じた風に乗った花の甘い芳香がより強く感じられます。 綺麗に整えられたいくつもの花壇には色々な花が分けられて植えられていて、太陽の光をいっぱいに受けてどれも瑞々しく輝いていますわ。



「はぁ……近くで見させて頂くとより素敵ですわ……時間を忘れて眺めていられます。 こんな素晴らしいお庭があるなんて羨ましい」


『うふふ、ぜひあの子にも言ってあげてくださいな。 きっと喜びます』



 もちろん、頼まれなくても言わせて頂きますことよ。




 お庭の中でも日当たりのよい一角に温室が建っているのが見えます。 温室の中にいくつもの鉢植えが棚に並べられているのが見えて、中だけでなく温室の外にもいくつか鉢植えが置かれていてどれも綺麗なお花を咲かせていますわ。


 日当たりのよい場所だからかすぐ側に物干し場もあり、真っ白に洗われたシーツや衣類が風に揺らぐ光景に平穏な時間を感じます。



『おやぁ、奥様。 イオニス坊っちゃんにリボンを贈ってくださったっていうのはそちらのお嬢様かい?』



 温室の前に置かれた椅子に座りながら園芸用の道具をお手入れされていたのであろう老齢の男性が、椅子から立つと被っていた帽子を脱いで私に笑顔で頭を下げてくださいました。


 恐らく、この方が先ほどシスティーヌ様が仰っていた庭師の方ね。 靴や服に土が多くついてらっしゃるし肌もよく焼けて小麦色をされていて、お年でシワだらけの穏やかそうなお顔をされてますわ。 ふふ、素敵なお爺様ね。



『えぇそうなの。 リコリス様、こちらは当家の庭番をされているバロウという者です』


「初めまして、バロウ様。 私はミドカント侯爵家長女、リコリス・ミドカントと申します。 よろしくお願い致しますわ」


『おやおや、こんな爺にご丁寧な挨拶をありがとうございます。 ラインヘルト伯爵様の邸宅でお庭の管理を任されておりますバロウと申します、こちらこそよろしくお願いします』



 バロウ様にカーテシーで挨拶をすれば、シワだらけのお顔を更にくしゃりと崩してシワを深くした笑顔を浮かべてくださいます。 システィーヌ様に対しても気さくな様子でしたし、きっとこちらでのお勤めが長い方なんでしょうね。



『イオニスは中にいるかしら?』


『ええ、朝から落ち着かない様子で作業してましたよ。 どれ、ちょっとお待ちください……坊っちゃん! 坊っちゃんにリボンくださったお嬢様が来ましたよ!』



 まぁ、よく通る声ですこと。


 バロウ様が温室の戸を開いて中に呼び掛けてくださると、奥の方からなにやらドタンバタンと騒がしい音が聞こえますわね。



『うん? なにを言ってるんです坊っちゃん、あなたに会いにわざわざ来てくださったんですよ? 服はこの後着替えりゃいいでしょう、まずはちゃんと顔見てご挨拶しなさい』



 服? あぁ、もしかして中で作業されてたから服が汚れてますの? 別にそれくらい気にしませんのに。


 バロウ様が温室の中に入って奥に行くと、少ししてからイオニス様の腕を掴んで引っ張りながら連れてきてくださいましたわ。



 ……汚れてるというか……完全に汚れても大丈夫な作業用の格好ですね。 使用人の方が着るような簡素なシャツとズボン、エプロンにグローブをされてます。 所々擦りきれていたり、全体的に土でくすんでおりますのを見ると割りと着込んでますね。



『イオニス! 貴方、ちゃんとリコリス様がいらっしゃる前に切り上げて身支度はしなさいとあれほど……!! 申し訳ございませんリコリス様…!』


『ご、ごめん母さん……作業しながら考え事をしていたら、気付かない内に時間が過ぎていて……。 ……あ、あの、先日ぶりです……こんな格好ですいませ……んっ!!?』



 私は周囲の目も気にせずにイオニス様の懐へ飛び込みました。 それはもうぴったりと身を寄せて。



「あぁっ、イオニス様! 私、貴方にまたお会いできる今日の日をどれほど待ち遠しく思ったか!」


『!? !!? おお、お、お召し物が汚れますよっ!!?』


「そんなことどうでもよいのです! お会いしたかったですわ……」



 イオニス様は咄嗟に私の身を離そうと手を体に置こうとしましたが、どうやら身に付けていたグローブが土で汚れてしまっているためか触れる直前で手を止めて、そのまま行き場をなくした手を右往左往させております。


 顔も真っ赤っかで困り顔をされ、寄せた体に感じる心音は速く大きく、全身を強張らせるお姿のなんと愛らしいこと。 肩に頬を寄せてうっとりと見詰めれば、目も合わせられずに視線をシスティーヌ様やバロウ様に助けを求めるように向けていますね。


 土と草の香りに混じり花の香りも微かにしますが、なんだかイオニス様に似合っていて心地よささえ感じますわ。



『あの、あのっ! す、すぐ着替えてきますので、離して頂けると……!!』


「……離れたくありませんわ」



 いじけて拗ねたように唇を少し尖らせて上目遣いをすれば、イオニス様は顔どころか全身を湯気でも吹き出しそうなほど真っ赤にして固まってしまいました。 ちょっとあざといかと思いましたが、問題なさそうです。





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