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出逢い/2

実際のマナーや常識は考えず、ふわっとした雰囲気でお読みください



 お兄様と談笑しながら休憩を続けていますが、グランツ殿下はご登場がやけに遅いですわね。 なにかトラブルでもあったのでしょうか?


 会場に動きがないかそっと視線で見回してみますが、やはりご令嬢方は他の方と話をしたり私のように休憩をしつつも王子殿下が登場なされるであろうホールの奥にある階段をチラチラと見ていますわね。



「ふぅ……グランツ殿下がお出でになったら挨拶だけさせて頂いて、今日はもう帰ろうかしら」


『そうだな。 パーティーはまたしばらくしたら開催されるから、急ぐことはない』


「私好みの殿方はいつになったら現れるのかしら……」


『なぁ、リコリスの理想って結局どんな相手なんだ?』


「私、正直見た目はどうでもいいですの。 中身が私好みの……そう、弄り甲斐のある可愛らしい方がいいわ。 うふふふ……」


『……お前、ほんと年齢に合ってないこと言うよなぁ。 たまに年上みたいに感じるよ』



 うふふ、実際に中身だけはお兄様よりも年上ですからね。



 前世では『梨子ぜったいドSだにゃん!!私が困ってるの見ていつもニヤニヤしてるにゃーん!!』……と山積みになった課題を必死に片付けている親友に泣きそうになりながら言われましたね。


 そんなこと御座いませんのに……課題のノートを写させる代わりにちょっと際どいメイド服と猫耳を着けて三時間ほど語尾ににゃんを付けながら身の回りのお世話をするようにした程度でドSなんて……。 あぁ、でもあの時のあの子は恥ずかしさで真っ赤になりながら悔しそうに涙の滲んだ瞳で私を見上げて……思い出すと胸とお腹の奥がキュンキュンとしちゃいますわ。



「しかし甘いジュースばかり飲んでいたら塩気が恋しくなりましたわ。 ちょっと軽食でもつまんでこようかしら」


『なら俺が適当に取ってこようか』


「まぁ、よろしいのですか? ではお願いします」


『分かった。 面倒な奴に絡まれたら適当にあしらえよ、出来るだけすぐ戻るから』


「えぇ、分かっております」



 そう言って席を立ったお兄様を見送り、持った扇子で口元を隠し続ける。


 これはこの世界の社交界において【今は話をする気分ではない】という女性側のサインですの。 といっても中にはこれを理解していない、または理解しているのに自分の意思を優先させて声をかける不躾な方もいらっしゃいますが……。



 ですが幸いにもこの場にそういった方はいらっしゃらないようですね。 視線こそ感じますが近付こうとする方は見えません。



『皆様、ご静粛に! グランツ・フォン・ジルベニア殿下のご登場です!』


「あら、ついにお出ましですか」



 ホールに響いた声にその場にいた全ての方が階段のほうへ顔を向けます。 殿下のご登場に座っていては失礼なので私も椅子から立って皆様と同じように階段へと顔を向けました。


 これまで様々な会話でざわめいていたことが嘘のように静まり返った場に演奏家の方々が高貴な曲を奏で、階段を一段ずつゆっくりと降りる靴音が聞こえます。



 ───美しい金色の長い髪、幼くも凛々しさを宿す紫の瞳、私と同じ七歳にしては身長は高めで、その身を金糸により細かな刺繍のされた白い礼服を纏っております。 お顔立ちは端的に申し上げてクッソ美形ですわ。 当然ですね、メインヒーローですもの。 ちなみにアブディスでは王道王子様ポジションです。



『グランツ・フォン・ジルベニアです。 トラブルにより到着が遅れましたこと、心からお詫び申し上げます。 今夜は素晴らしい夜にしましょう』



 グランツ殿下が階段上の踊り場で優雅に一礼してみせると拍手があがり、それが落ち着くとご挨拶がしたい皆様が走らず、しかし我先にと階段の側へ向かいます。


 控えていた警備の方が集まってきた方々を列整理していますが、来た順ではなく高い身分の家の方から先にご挨拶が許されます。



「……お父様も既にあちらでお待ちでしょうし、お兄様は……まぁほっといても大丈夫ですわね。 私もご挨拶に行きましょうか」



 はー面倒ですわ。 でもこれが終われば帰れますしさっさと終わらせましょう。 あ、帰る前に軽食だけ頂いて。 お腹空きました。





  思った通りお父様は既に列におりましたのでそっとその隣に向かいます。 ご挨拶もまずは公爵家の方が先ですわね。 侯爵家はその後です。



「お待たせしました、お父様」


『私の可愛いリコリス。 どうだい? お前のお眼鏡に叶う男はいたかい?』


「いいえ、残念ながら」


『ふふ、少し安心したよ。 まだ可愛い娘を取られる悲しみを味わうことはなさそうだ』


「もう、お父様ったら……」



 本当に親バカなんですから……。



『ベルトルトはどうしたんだい?』


「お兄様なら殿下がお出でになる前に、私のために軽食を取りに行ったままです」


『おや、そうなのか。 まぁいいだろう。 ……で、グランツ殿下はお前の好みに当てはまるかい?』


「まだお話もしていない段階ですが……正直に申し上げましてノーです」


『分かった。 じゃあ挨拶だけにしておこうね』



 さすがお父様ですわ、私がどうしたいか理解なされております。 本来なら全力で売り込んで、婚約者の座を勝ち取り王家とのパイプを作れば家としては繁栄に繋がる筈ですのに。





 まぁ特に何事もなくご挨拶は済みましたわ。 

 私の前のご令嬢は時間を守らずに殿下と話そうとしたので護衛の方が無理やり切り上げさせておりましたが、逆に私達は最低限の義務的なご挨拶だけしまして時間を余らせてさっさと次の方に順番をお譲りしました。


 アッサリ切り上げる私達に護衛の方と殿下が『えっ』と呟いていましたが、別に礼儀に欠いている訳では御座いませんのでよいでしょう? ただでさえ回転率悪いんですし。



「あらまぁ……随分がらんとしてしまいましたねぇ」



 ホールは殿下へのご挨拶に人が流れてしまったためかだいぶ人が少なくなり、少しもの寂しげに感じます。 ご挨拶が住めば元通りでしょうが。







 ……ふと、ある場所に目が向きました。



 ホールの片隅……まるで人目を避けるように一人でポツンと壁際に立つ少年がそこにいます。 背はちょっと高めで私よりも年上に見えますが……見た目はビックリするくらい平凡というか地味です。 焦げ茶色の短髪に、目が糸みたいに細い……いわゆる糸目。 刺繍も少ない藍色の礼服で更に地味。 完全なる背景モブと化していますわ……。


 この舞踏会に来てから来賓の方々を細かくチェックしていましたが、あの方が居たことに気付きませんでした。 あんな場所で一人なにをされているのかしら。




 ……なんでしょう、興味が引かれます。



「お父様、ちょっと失礼します。 あそこの方と少しお話してきますね」


『ん? あぁ、分かった。 あれは……どこの令息だ? 見覚えがないな……』



 まぁ、お父様でも分かりませんの?



 ある程度近付くとあちらも私に気が付いたようで少し顔がこちらに向けられましたが、でもまるで自分に話しかけられるなど思ってもいないかのようにすぐに顔は逸らされました。 ……あら、近付いて分かりましたが髪が襟足だけ長いのを後ろで揺ってましたのね。


 目の前まで近付いてから、口元を隠していた扇を閉じて下に下げます。



「──こんばんは、少しお話よろしくて?」


『……、……? ……えっ?』


「あら失礼、声が小さかったかしら? もし宜しければ貴方とお話がしたいのだけど、少しだけお時間を頂戴してよろしいかしら?」


『……え、えぇっ?! あ、えっ、自分ですか!?』


「うふふ、嫌ですわ。 他に誰がいらっしゃるというの?」



 ……あら?


 ちょっと今、私のなかに感じるものがありましたわ。 こう、お腹の奥が少しだけキュンときたような……。



「私、ミドカント侯爵家長女リコリス・ミドカントと申します」


『ぇ、ぁ、の……ら、ラインヘルト伯爵家長男、イオニス・ラインヘルトです……』


「(ラインヘルト伯爵家……)」



 たしか、錬金術や製薬に関する事業を中心に幅広く手掛けてらっしゃる家系でしたわね。 昨年も以前のものより安価で性能のいい新しいポーションを開発したことで話題になりました。


 ……でもあそこのご令息は、確かもっと若い方と聞いていましたが……?



「……、そうでしたのね。 昨年のポーションの件は実に素晴らしいものでしたわ」


『あ、ありがとう、ございます……』



 うーん、こちらを見てくれませんわね。 目はあまりに細すぎて視線が分かりませんが、なんとなく目が合っていない気がします。 人と目を合わせるのが苦手なのかしら?


 それなら無理やり目を合わせるのも可哀想ね、正面じゃなく隣にいきましょうか。



 ……そう思ってすぐ隣に立ったのですが、スススと距離を置かれます。



「……確か錬金術の方面でも、最近は転移用の魔法具に使われる魔石の研究を行ってらっしゃるそうで……」



 ススス……



『あっ、はい……そうです……』



 ススス……






 ……近付けば近付いただけ距離を離されるのですが。 口数も少ないですし、もしかして私嫌われてます?


 そう思って顔を覗きこんでみましたが逸らされました。






 ……あら? あら、あらあらあら!


 うふふ、なんだそういうことですの!



「嫌だわ、怖いことなんてしませんわ。 そうお逃げにならないで、ねぇ?」


『うひゃ!? や、あのっ!?』



 一気に距離を詰めてイオニス様の手を握ってみせれば、途端にその肩がビクンと大きく跳ねて咄嗟にこちらに顔を向けました。



 うふふ……その顔は耳から首まで面白いくらいに真っ赤っかですわ。 そう、この方は単純に女性に免疫がなくて恥ずかしがっていたのです。 覗きこんだ時にも耳が真っ赤でした。



「まぁ、私の手よりずっと立派な手」


『あ、あの!? あのっ!?』



 握った手を揉むようににぎにぎと執拗に触ってみせれば見るからに全身を強張らせて後ろに引いていますが、決して手を振り払ったりしようとしない辺りあまり気は強くなさそうですわね。


 うーん? それにしても貴族令息の手にしてはやけに荒れてますわね? 剣を握って出来たタコなんかで荒れた様子でもなさそうですし、なんでかしら?



「あら、髪に糸屑のようなものが付いてましてよ? 失礼しますわね」


『ひゃぅ!?』


「クスクス……擽ったかったかしら、ごめんなさい?」


『~~~~っ!!??』



 ふふ、もちろん糸屑なんてついてなかったのだけれど。


 糸屑を取るフリをして指先を赤くなった耳にわざとかすめてみせれば敏感に反応してくださって、その様子に私のお腹が更にキュンキュンと反応してしまいます。



 あらあらいけませんわ、そんな真っ赤になりながら泣きそうな顔をして……きっと頭の中はパニックになっているのでしょうね? 私みたいな年下の幼い女の子に翻弄されちゃって……。






 あぁ、もう!


 なんて、なんて可愛い人なのかしらっ!!






「うふふふふ……見付けましたわ……!」


『あの、お、お戯れは、もう……!』


「では、戯れじゃなければいいのかしら?」


『ぴゃ……っ!!?』



 なんですの今の声!? ほんのちょっと掴んでいた手に頬を擦り寄せただけじゃない! 指先までガチガチになっちゃって、可愛すぎますわ!




 決めましたわ。 貴方を捕まえましょう。

 逃がしませんことよ、私の可愛いヒト。




 こっそりと微弱な風魔法を発動させイオニス様の長い襟足の髪を結っていた髪紐だけを気付かれないように切ってみせれば、束ねられていた髪がほどけてパラリと広がります。 あらやだ意外にキューティクルですわね。



『あ、あれ……?』


「まぁ、結っていた紐が切れてしまいましたのね。 ちょっとそちらにお座りになって下さいますか? 私、丁度よく髪を結うのにいいものを持っておりますので」


『い、いえ、大丈夫で……』


「お座りになって??」


『……は、はい……』



 にっこりと有無を言わせぬ笑顔を向ければ、気弱な方なので押しにも弱いのか大人しく示した椅子に座ってくださいました。


 椅子に座るイオニス様の後ろにまわり、そのほどけた長い後ろ髪に指を通す。 サラサラと指の表面をすり抜けていく感触が心地よい。



「綺麗な髪をされてますのね。それに……」



 身を屈めてその耳元に口を寄せる。




「うっとりしてしまうほど、素敵な香り」


『ぅぇっ……!?』



 熱を込めた声で耳に吐息を触れさせるように囁けば、イオニス様は全身をビクッと震わせて喉の奥で小さな悲鳴をあげる。



 いえ、実際にいい香りするのですけど。 これ本当に前世で使っていたような甘い花の香りがするシャンプーを思い出しますね。


 ラインヘルト家は薬学に長けていらっしゃいますし、シャンプーやコンディショナーのような物を開発されているのかしら? でもそれなら貴族のご婦人方が放ってはおかない筈なのにそんな話は聞きませんし、まだ開発途中なのかもしれません。


 それにしても本当に弄り甲斐のある方ですね。 どれだけ女性に縁のない生活されてらしたのでしょう?



 手櫛で軽く整えつつ手の中で髪を束ねる際に偶然を装い首筋を指先で撫でるのを忘れず、必死に動揺を隠そうとするうつ向きがちの後ろ姿に笑みが浮かぶのを隠さずに、私は手に着けていた薄手のグローブについていた白いリボンを取り外します。


 えぇ、これが最初にお話しました私の名前が書かれたお誘いのリボンです。 普通に渡すのはつまらないじゃないですか。 外したリボンでイオニス様の髪を結い、ポンとその肩を叩き笑顔を向けます。



「はい、これで大丈夫ですわ」


『あ、ありがとうございます』



 ぎこちなくもその顔に小さく笑顔が浮かんだのを見て、更に私の中で熱が高まります。



 嗚呼! この可愛いヒトを弄り、愛で、ドロドロに甘やかして! 私がいなければ生きていけないようにしてあげたい! 私の愛情の檻で一生飼い殺してしまいたい!!


 言ったでしょう? 私は愛されるより愛したい女ですの!



 高まる興奮と体の熱を表には出さないように淑女の笑顔という仮面を被り続けていると、殿下にご挨拶に向かう前まで座っていた席にお兄様とお父様が立って此方を見ておりました。


 もう……楽しい時間ほど過ぎるのは早いですわね。



「いやですわ、私ったら。 どうやらお父様とお兄様をお待たせしてしまっているみたい。 楽しい一時をありがとうございました、ラインヘルト様」


『い、いえ、こちらこそ……』


「──また、近いうちにお会いしましょう」


『えっ?』



 私は優雅にカーテシーをするとイオニス様に背を向けてお父様達の元へ歩いていきます。


 また近いうちにお会いできるでしょう、必ず……。




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