出逢い/1
実際のマナーや常識は考えず雰囲気でお読みください(^o^)
皆様ごきげんよう。 私、悪役令嬢です。
面倒なのでザックリ説明しますといわゆる異世界トラック致しました。 ええ、ベタにトラックでドーンからの異世界にポーンです。 私の場合は転移ではなく転生でしたが。
そして生まれ変わった先はスマホのアプリ……いわゆるソシャゲと呼ばれるジャンルの乙女ゲーム【アブソリュート・ディスティニー〈予言の神子と運命の使徒〉】、略してアブディスの世界でした。 まぁ王道ファンタジーな世界を舞台にし、王族や貴族の通う学園に入学した元平民主人公の身分差によるちょっと過激な禁断の恋を売りにしたストーリーだそうな。
と、言っても私はオタクではありましたがそのソシャゲをプレイしておりません。 私の親友がアブディス沼に頭までどっぷり浸かってまして勧誘されましたが、私は推しになりそうなキャラがいなかったので断ったところ各キャラのストーリーを熱く語っていたのである程度は内容を把握しております。
私がネタバレNG勢だったらぶちギレてたかもしれませんが、特に気にしないタイプでしたしプレイする予定もなかったので、あの子が楽しそうに語るならいいかなって思って聞いてました。
……なので生まれ変わってから三歳頃に普通に転けて頭を打った際に前世の……私が速水 梨子であったことを思い出した時、自分がアブディスにおけるメインヒーローである第一王子のグランツ・フォン・ジルベニア王子の婚約者にして王子とヒロインの恋路を妨害するライバル役の悪役令嬢と同じ名であることを理解したのです。
では、改めまして自己紹介を。 私、この世界の悪役令嬢であるリコリス・ミドカント侯爵令嬢でございます。 口調は今の自分に染まっているだけでございますので、お気になさらず。 七歳になるミドカント侯爵家の娘で、父と母、兄が一人おります。 ちなみに兄はゲームの攻略対象です。
親友に見せてもらったゲーム内での私はヤバイくらいのドリルロールな金髪でしたが、今はゆるふわなウェーブがかかっているだけですわ。 瞳もややつり目でパッチリな濃緋の瞳、肌も白く唇もぷるんとした桜色でビックリするくらいの美少女です。 さすが元は二次元の存在……たしか公式でも稀代の美少女設定でしたそうですし。
しかし頭が別の意味で痛くなりましたわ! 親友から聞いていた話ではテンプレもテンプレ、こってこての高飛車意地悪系の悪役令嬢だそうで!!
グランツ王子に盲目的なまでに恋をして、大人しくしていればそのまま王妃になれるほどスペックは高いのに、王子に近付くヒロインを徹底的にネチネチネチネチ苛めて苛めて……最後には罪を暴露されてぶちギレた挙げ句にラスボスとなり、ヒロインと愛の力に覚醒した最愛の王子の手にかかり断罪だそうです。
いやぁ……ネット小説で何百作品と読んできたテンプレ悪役令嬢に私がなるとはビックリでした。 でも知ったからには原作のようにざまぁされるなんて御免ですわ。 そもそも私、アブディスの攻略対象に興味ないんですもの。 よって王子にも興味ありませんわ。
しかし前世の記憶があろうと、ここがゲームの舞台となった世界であろうと、今の私にとってここはセーブもロードもない正真正銘の現実です。 破滅をしないようにしながら、侯爵令嬢として家の名に恥じない令嬢でなくてはなりません。
そうなると前世の20歳まで生きたぶんの経験や知能により物事の理解は早かったので、勉強や作法に関してはそこまで苦労はしませんでした。
また、ゲーム内でもリコリスは強力な魔力をもつ存在であり、終盤でリコリスと対峙する際に一つでも選択肢を間違えると魔力の暴走を起こしたリコリスにヒロインは命を奪われた挙げ句、魔力波により街が一つ消し飛ばされるバッドエンドになるそうです。 まぁ怖い。
なのでくれぐれもその膨大な魔力を暴走させないように魔力の調節を訓練しつつ、いざという時のために私の調節関係なしに魔力を抑え込むための魔道具を作り上げたりしました。
なんでもこの魔道具は生まれつき魔力が過剰なのに制御がきかず、幼い内に強すぎる魔力に体を蝕まれ亡くなってしまう【魔力障】と呼ばれる体質を抱えていた人々の致死率を大きく減少させたそうで、国から恩賞を頂いたりもしました。
あとは……魔力方面の制御と同時に剣術や護身術の修行でしょうか。 なにせ侯爵令嬢という立場上、中には私を誘拐して身代金をせびったり売り飛ばそうという不埒な輩がいましたし、実際にそういった目的意識で家に使用人として潜り込み誘拐未遂を起こした者もいました。 雷魔法で気絶させて事なきを得ましたが。
お世話係のメイドはともかく、護衛の剣士なんかをこの先ずっと四六時中つかせる訳にも参りませんので、いざという時に我が身は自分で守れなくてはなりません。 なのでお父様にお願いして剣や武術の先生をつけて頂きました。
『ぐぬぬ……侯爵令嬢という立場でさえなければ、いずれこの国を背負う未来の双翼騎士の片割れとなれるであろうものを……!!』
最近稽古をつけてくださっている我が国の騎士団長様は剣を打ち合う私を見て悔しそうにそう言っていました。 双翼騎士というのは騎士団でも特に実力者であると認められ、王を守護する最上の騎士となる二人を指す言葉の筈ですが……まぁこれはさすがに私のモチベーションを上げるためのお世辞でしょう。
あ、ちなみに騎士団長様のご子息も攻略対象のお一人です。 厳格な騎士団長様の一人息子だけあり幼い頃から騎士道を叩き込まれ厳しく訓練を受け、ゲーム内では精悍な体つきで生真面目で寡黙な……いわゆる筋肉枠を担当されておりますジェノス・ランフロート様。
私も彼には好意的な感情をもってますの。 なにせゲーム内のストーリーにおいてリコリス断罪の場で唯一『彼女のしてきたことは確かに許されないことばかりだ。 しかし婚約者である彼女を蔑ろにし、恋に溺れて王族としての責務から逃げたお前にも罪があることを忘れるな』と堂々とグランツ王子に意見する忠臣だそうです。 ジェノス様のルートでは彼に婚約者がいないので、密かにジェノス様へ片想いをする大人しい男爵令嬢の方がライバルですわ。
おかげで彼、アブディスで看板キャラである王子を差し置いて人気No.1ですのよ。
騎士団長様に稽古をつけていただく際に一緒に訓練を行うこともありますが、彼は女が剣を振るおうと本気で努力する者をバカにはしませんのでお互いを高めあうよいライバルにしてお友達として仲良くしております。 つまり友情ルートまっしぐらです。
そういうわけで剣と魔法の力を伸ばしつつ、勉学や淑女の立ち振舞いもきちんと続けておりましたらいつの間にか【紅月の君】という実に厨二感満載な二つ名をつけられておりました。 なんでしょう、メンタル面への嫌がらせでしょうか? 効果的ですわね。
そして私は今、王家主催のとあるイベントに来ております。 名目としては王家・貴族間の結束を強める立食パーティーですが、ぶっちゃけますとご子息とご息女の合コンもしくは婚活パーティーです。
まだ婚約者をもたない貴族の子がパーティーでパートナーを探す目的がメインですわ。 気が合えば女側から名前を書いたリボンを渡し、渡された男側もその気があれば後日お茶会などを催して交流しお互いウマが合えばご婚約、という訳になります。
そうは言っても親が先に誰にリボンを渡すか指示していることが殆んどですが。 結局はなにもかも“名目としては”が付くものです。
しかしつまりそういうことで、私も婚約者がおりませんの。
私の両親もお兄様もそれはもう私を溺愛してくださっておりまして、私が自分から望まぬ相手に嫁がせてなどやるものかと高らかに宣言しております。 助かりますが、貴族としてそれはどうなのでしょう。
この婚活……いえ、立食パーティーは特例としてデビュタントとは別のものと取り扱われるため、まだ幼い少年や少女から、かつての世界における高校生くらいの子まで色々おります。 皆いち早く婚約者を得ようと必死なのですわ。
それに今回のパーティーにはグランツ王子がご出席なされると噂になっていますので、普段より参加人数も多くてご令嬢の方々の目がギラギラと輝いております。 おかげで他のご令息の方々が相手にされず落ち込んでおりますけど。
そして、グランツ王子がご参加なされる今日のこのパーティーこそ、私リコリスとグランツ様の出会いにして婚約のきっかけの場。
友人の話では、このパーティーの場でグランツ王子は装飾の燭台を倒して私ことリコリスに痕の残る怪我を負わせてしまうそうです。 その責任を取る形で婚約……という流れだそうな。
つまりは想い想われではなく責任という形での婚約なので、王子からの愛はない婚約。 それでも元々想いを寄せていた麗しい王子様との婚約にリコリスは大喜びで、決してこの縁を逃さないよう執着していく……というストーリー。
はい、もちろんそんなストーリー潰しますがなにか?
だって興味ありませんもの、グランツ様に。 グランツ様のほうも私など眼中にないのが分かってますし。
それはそうとして、私もどなたか婚約者となれる方を探しませんと。 幸いにも他のご令嬢様方はこの後に登場なされるグランツ様狙いでしょうし、今日ばかりは声をかけられる相手はいくらでもおります。 このチャンスを逃す訳には参りません。
前世では未婚のまま終わったのです、今世くらいは結婚したいですわ!!
しかし先ほどから声をかけてくださって軽くお話をするご令息はひっきりなしにいらっしゃるのですが、誰もピンと来ませんのよね。 あからさまに私のリボンをチラチラ見て要求してくるのもなんかウザ……いえ、好ましくありません。
というか私まだ7才なのですが、普通に成人されてるような方も声をかけに来ますのね。 ロリコンですの?
今は話し疲れてお兄様に人避けをお願いして側にいてもらい椅子に腰かけ飲み物を飲んでいます。 お父様はご挨拶に忙しいためこの場を離れておりますので。 しかしこのフルーツジュース、とっても美味しいですわ!
『どうだリコリス、お眼鏡に叶う相手はいたかい?』
私のお兄様……ベルトルト・ミドカント(9)。
お父様似の鮮やかな赤い髪を短く整え、お母様似の琥珀色をしたタレ目に眼鏡をかけております。
容姿は中の上といったところですが、いかんせんスタイルがいい。 スラッとした長身と程よい筋肉。 加えて性格も穏やかで面倒見がよく、アブディスでも主人公に積極的に世話をやいて可愛がってくれる先輩というお兄ちゃん枠らしいですね。
「いいえお兄様、残念ながら」
グラスをテーブルに置いて膝に置いていた扇を手に取り広げて口元を隠しつつ、フゥ……とため息を一つついてみせればお兄様は苦笑いを浮かべながら私の耳に口を寄せてコソコソと小声で話す。
『正直、俺も今まで近寄ってきた奴らはないなと思ってたんだ。 あからさまにお前の可愛さに鼻の下伸ばしてたしな……気持ちは分かるが』
「まぁ……うふふ、お兄様に可愛いと言って頂けるのは嬉しいですわ」
『なにを言ってるんだ、お前はいつでも可愛いよリコリス』
「お兄様も素敵です。 兄妹でなければ私からリボンを渡すために声をかけてしまっていたかも」
『ははっ! それは嬉しいな!』
「ああ、でもダメですわね。 お兄様にはミュゼ様がおりますもの」
私が扇で隠したままの口の端をニヤリと不敵に持ち上げてみせれば、お兄様は笑っていた顔から途端に口をつぐんで顔を赤くします。
ミューゼリス・ツイストル伯爵令嬢……お兄様の婚約者にして、アブディスにおけるお兄様ルートの悪役……ではなくライバル令嬢。 腰まである長く美しい黒髪に、私よりも鋭さのある翡翠色のつり目をした一見冷たい性格の印象を与える女性です。
彼女はグランツ王子ルートで主人公を陰湿に苛めるリコリスとは違い凛々しく理想の淑女と呼ぶに相応しい凛とした芯の強い女性であり、婚約者をもつ令息に不用意に親しくなろうとすることに関して真っ向から主人公に正論で意見します。 なのでミュゼお姉様と呼んで慕うプレイヤーも多いライバル令嬢ですわ。
ゲームでのお兄様ルートでは時折そうして対決イベントを起こし、グッドエンドの最後では潔く身を引かれるそう。 でも本当は初めて出会った幼い頃からお兄様をひたすら一途に慕い続け、身を引いてヒロインの前から立ち去った後に馬車の中で一人声を殺しながら涙を流す姿にプレイヤーも罪悪感が凄いし涙が止まらなかった……とは友人の語りです。
───そんな話を知っていてほっとけるわけないでしょう!?
そんなのミュゼ様があまりに不憫でなりませんし、一途に自分を慕ってくださったミュゼ様を差し置いてポッと出のヒロインにうつつを抜かすゲームのお兄様をぶん殴ってやりたいですわ!! 私、略奪愛は好みではありませんの!!
どうもゲームでもミュゼ様は理想の淑女であろうと自らを律するあまり、ご自身の願望や気持ちを言葉にするのが苦手なようで……そういったところでお兄様とのすれ違いがあったのだそう。
なので私頑張りました。 ミュゼ様になつくフリ……いや実際に私はミュゼ様を良く思っておりますが……好意を隠さず近付いて、積極的にお茶会にご招待したり一緒に刺繍やダンスの練習などをして親しくなり、ミュゼ様の抑え込んだお兄様に対するあまりにいじらしく可愛らしい想いを本人の口から引き出しました。
そしてそれをドア前に待機させていたお兄様にハッキリ聞かせましたわ!! あぁ、お兄様に聞かれていたと知ったあの時の熟れた林檎みたいにお顔を真っ赤っかにして恥じらうミュゼ様のいじらしさときたら! そしてミュゼ様の本音を聞いたお兄様も真っ赤っかでしたわね!
それからはもう見てるこっちがムズムズしてしまう程にじれったいピュアな交際を続ける二人です。
多少は自分の願いを口に出せるようになったミュゼ様ですが、その願いも『……お手を……繋いでも宜しいですか……?』なんて些細なことにも顔が真っ赤になって、繋ぐのも控えめに指をつまむように握るとか……焦れったいにもほどがあります!! 前世のSNSでよく見たじれったい二人をやらしい雰囲気にする眼鏡君を送り込みたくなりましたわ!!
つまり、今の二人はじれったくもヒロインの入る隙間がないくらいに相思相愛ということです。
うーん、私もお兄様というかミュゼ様みたいに可愛らしい婚約者が欲しいです。 愛されるより愛したいタイプなので、あんな可愛い反応される方がいいですわ~。