買い物に行ったらさっそくトラブル発生。僕の選択あってますか?
幽霊のパワースポットと聞いて僕が家をでていくかどうかも一瞬考えたが、選択肢はないことを思い出した。もうここを拠点にするしかないのだ。
僕は早速家の片づけをして買い物へいくつもりだったが、外はまだ雨が降っており、出かける気力が一気になくなった。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったけど、名前は?」
「私の名前はゆかです。苗字は……いつの間にか忘れてしまいました。なのでただのゆかでお願いします」
「よろしく。僕の名前は最上大志、呼び方は好きに呼んでもらってかまわないよ」
「最上さんですか……ならもっくんですね! よろしくお願いします」
予想外にフランクな呼び方だったが特に問題はない。
「ちょっと、色々あって疲れてしまったから僕は横になるけど、ゆかは今まで通りこの家の中を自由にしてていいよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
僕はそのままリビングの床で横になる。時計がないので時間がわからないが多分夕方16時から17時くらいじゃなだろうか。まだ寝るには早いけど明日から仕事もないので眠くなったら寝てしまおう。
カーペットは汚れているし、掛布団もないが雨風を防げるだけでも全然いい。
幽霊のゆかが怖くないかと言われれば怖くないわけではないが、僕は基本的にアホなのかもしれない。幽霊でも可愛いゆかならと思ってしまっている自分がいた。
それからどれくらいの時間がたっただろうか。
寝たのが夕方だったが……外はもう明るくなってきていた。
あっという間に朝まで寝てしまっていたらしい。
台所からはねぎを刻む小気味のいい音が聞こえてくる。
まだ、僕は夢の中にいるようだ。
それにしても夢にしてはずいぶんリアルだ。鼻をくすぐる味噌の匂いもしてきた。
僕はゆっくりと目を開け、台所の方を見てみると、ちょうどゆかと目があった。
「うん? 起きました?」
「うん。なんか味噌汁の匂いがするけど」
「あっ……材料があったのでちょっと使わせてもらおうかと思って」
材料? 僕は薬缶しか持ってきていなかったはずだったが、ゆかの目の前には味噌が置かれていた。
「あっこの味噌は前の人が手づくりした味噌なので長期保存可能なものなので大丈夫ですよ。ねぎは庭に生えていたのを使用しています」
窓から庭を見ると本当にネギが生えていた。野生のネギなんて初めて見たが前の人は味噌を手作りするくらいだったので、もしかしたら家庭菜園でもする気だったのかもしれない。
あれ? 彼女って包丁とか持てるのか?
そう疑問を思って見てみると、 彼女の周りでは包丁が空を飛び、まな板が桶に入れられた水で洗われている。
「ゆかの周りで飛んでいるそれはなに?」
「これは……世間的にはポルターガイストってやつですね。ここの場所だと私みたいなただの浮遊霊も念動力が使えるんですよ。すごいですよね! それじゃお味噌汁しかありませんがどうぞ」
そういうと包丁も桶の中にポチャンと入っていった。
包丁も身に覚えがないが、これも前の人の置き土産だろうか。結構色々なものが置いてあるようだ。
「ありがとう。せっかくだから頂こうかな」
まだガスが来ていないため、木材に火をつけてわざわざ味噌汁を作ってくれたらしい。火が燃え移らないように上手に囲いができている。
かなり手間をかけて作ってくれたようだ。
彼女は僕が味噌汁を飲むのを微笑みながら見守っていてくれる。
「ゆかは……飲めないの?」
「もっくんは面白いな。幽霊は味噌汁は飲めないよ。ここの世界じゃなければ大丈夫なんだけどね。それよりも今日はこれからどうするの?」
「うーん。家の中の物を確認して最低限の買い物かな」
「買い物ですか! 私も行きます! 連れて行ってください」
彼女からものすごい勢いで買い物への参加を迫られた。別に断る理由もないし、そもそも彼女は他の人には見ることができない。
「いいよ。でもなんでそんなに行きたいの?」
「だって、自由にでかけることはできても好きなものとか欲しいものあっても買い物できないん
じゃ意味がないじゃないですか。楽しみだなー。あれ? もっくん引っ越しの荷物は今日届くとかじゃないんですか?」
彼女は引っ越しの荷物を心配してくれていたが、そう言えばまだ僕がなんでここに引っ越してきたのかを説明していなかった。
僕は簡単にここを借りた経緯を説明した。
彼女は最初買い物へ行くのに非常に喜んで嬉しそうにしていたが、僕の話を聞いていく度に悲しそうな表情をして、最後には泣き出してしまった。
「それは本当に大変だったんですね。私でよければできることはなんでもしますから、言ってくださいね!」
なぜか幽霊の彼女に非常に同情されてしまった。なんとも生きてる僕が同情されるのも不思議な話だ。
気分を変えるために彼女をつれて買い物にでも行ってこよう。僕はすぐに準備にとりかかった。
といっても着の身着のまましかないんだけど。
僕たちが家からでて、畑の中を通り過ぎると閑静な住宅地に入った。昼間だというのに人通りは少ない。地方の田舎の過疎の町ではもはやこれが当たり前にだけど。
しばらく歩いていると、裏路地からなにやら叫び声が聞こえてくる。
「ひったくりよー!」
僕が辺りを見回すと、黒い上下の服を着て原付バイクに乗った2人組の男が僕たちの方へ逃げてきた。その奥に倒れたおばあちゃんの姿が見える。
なんてひどいことをするのだろう。
「捕まえなきゃ」
「もっくん。ちょっと待ってて」
「えっ? なに?」
気が付くと僕の目の前にピンポン玉より少し小さい石が浮かび上がり、そのまま男たちの方へ高速で飛んでいく。
石はそのまま原付バイクを運転していた男のヘルメットに直撃し、バイクは滑るように転がっていった。
「もっくん! さすがです!」
ゆかはめちゃくちゃ喜んでくれたが、俺は何もしていない。
転倒した男たちの側へ駆け寄り僕はひったくられた鞄を取っておばあさんに返してあげる。
「おばあさん大丈夫?」
「ありがとうございます。このバックはおじいさんがくれた大切な思い出の品だったんです。盗まれなくて本当に良かったです」
「怪我はないですか?」
「はい。大丈夫です」
僕はおばあさんの手を引きながら起こしてあげる。
幸いにも特に怪我はしてないようだ。
転倒した男たちは、たまたま通りかかった他の男性たちが確保していた。
きっと通報してくれるに違いない。僕も通報したいがスマホが電池切れになっている。早く充電しなくちゃ。
「それじゃゆか行こうか?」
僕が振り返るとゆかは転倒した男たちの方へふわふわと近づいていく。
いったい何をするつもりなのだろうか?
彼女が彼らの頭の上に手を乗せると、彼らはいきなり叫び声をあげだした。
「うゎー!! 来るな! くるな! くるな! ギャー」
「なんだ? お前つええな。お前つえぇよ。くそ。負けられ……痛い、痛い、痛い、痛い」
二人とも異様な叫び声をあげている。
「だっ……大丈夫なのか……?」
彼らの豹変にあっけにとられていると、いつの間に戻ってきたのか彼女は冷たい笑顔をしながら横にフワフワと浮いている。
「大丈夫ですよ。ちょっと、痛い思いをしてもらっただけですから。一緒にお買い物楽しみたかったんですがちょっと力を使いすぎてしまったので家へ戻りますね」
そう言うと彼女の気配はあっという間になくなってしまった。
彼女が去ったあとには男たちの叫び声だけが響いていた。
僕は、事故の目撃者として警察官が来るまで待っていたが、警察官がヘルメットを見た時に、
「なんだこの異常な割れ方は? まるで拳銃で撃ちぬかれたみたいになっているぞ」
と言っていたのを聞いて怖くなった。
彼らフルフェイスのヘルメットは壊れていたが、彼らの顔にはまったく怪我しておらず身体もケガしている様子はなかった。
僕は必要最低限の食料だけ買い物をして早々に帰った。今後大丈夫なのだろうか。幽霊との同居を決めた軽率な判断に不安しかなかった。あっまたスマホの充電器買い忘れた