幽霊の住む賃貸物件は幽霊版のパワースポットらしい。
僕は玄関に置いてあった古い傘を開いてみる。埃と蜘蛛の巣だらけではあるけど、まだ使うことはできた。僕はそのまま彼女のところへ行った。
「行くところないの?」
「はい。私、あの家にずっと勝手に住みついていてまして、今までの人は私のことを見えないのに何かを感じてでていかれてしまって。やっと話ができる人と出会えたんですけど、でも私がいたらあなたに迷惑になっちゃいますもんね」
「いや、こんな目につくところにいられる方が迷惑っていうか……」
自転車に乗った男性が自販機の前を通り過ぎていったが、雨の中、自販機に話しかけられている怪しい奴に思われたのか急にスピードをあげて逃げていった。
非常に心外だ。
もし、近所の人だったらやばい奴が引っ越してきたと思われかねない。
「ごめんなさい」
「とりあえず家に戻ろうか」
「私……迷惑になりませんか?」
「うーん。僕は最近家を追い出される辛さを味わったばかりで、行くところがないところを助けられたばかりなんだ。だから行くところがない君を追いだすなんてことはできないかな」
僕はそういって先に歩き出した。
白いワンピースを着た彼女は急いで立ち上がると僕の後を急いでついてくる。
一端家の中に入りダイニングテーブルがあったので、椅子の埃を払う。
「これどうぞ。こっち使って」
彼女に椅子を勧めると、幽霊に椅子を勧めるのが可笑しかったのか、彼女にクスクスと笑われてしまった。
「ありがとうございます。使わせてもらいますね」
なんとも不思議なことだが、彼女は本当に椅子に座っている。いや、ふわふわ少し浮いているので正確には空気椅子をやっているようだけど。
僕はそのまま彼女に事情を聞くことにした。
「えっと一番最初にこんなことを聞くのはあれなんだけど、一緒に住んだから呪い殺されたりするの?」
「いや、そんな怖いことはしませんよ。でも……」
「でも?」
「信じてくれるはお任せします」
そういって彼女はおかしそうにクスッと笑った。この状況で彼女から呪われないと言われても、それを証明する方法はないのだ。
「君はいつからここにいるの?」
「友達からこの家を勧められて来たんですけど、ここに来たのは数十年前ですかね。ここの家って龍脈っていう力の流れを無理に淀みを作って力溜まりにしたみたいな場所らしいんです。だから私のような浮遊霊でも過ごしやすい場所みたいで、こう力が湧いてくるんですよね」
「浮遊霊? ってことは地縛霊みたいに何か強い怨念みたいなものがあっているわけじゃないの?」
「違いますよ。こんなか弱くて、儚くて、可愛い子がそんな怖い霊なわけないじゃないですか」
これはツッコミ待ちなのだろうか。ただ、浮遊霊の時点で儚いだろうし、見た目も可愛い。どうしたらいいかわからない時はスルーするのが一番だ。
どうやら、彼女は結構前からここにいるらしい。
だけど、もし浮遊霊にとって居心地がいい場所ならもっと他に幽霊とか遭遇してもいい気がする。もちろん、遭遇したいわけではないが。
「おーい。聞いてますか? 今のはツッコミをいれるところですよー。ツッコミがないとただの痛い幽霊になってしまいますから」
「あっごめん。ちょっと考え事してた。数十年前からここにいるってことは亡くなったのはもっと前ってことだよね?」
「亡くなったのは……私も途中の記憶があまりはっきりしない時があるんですけど、戦争中だったので90年くらい前じゃないですか?」
90年前の幽霊……なんとも微妙な幽霊だ。そう思いながらも受け入れている俺も案外図太いらしい。
「幽霊に寿命は関係ないと思っていたけど、それはすごいね。ここに来る前はどこにいたの?」
「最初の頃、幽霊になったばかりの時は浮遊霊のように色々なところをさ迷っていましたね。私、元々は沖縄に住んでいたので」
「沖縄!?」
僕が住んでいる岡石市からは電車と飛行機を乗り継いでも半日はかかる。
相当遠くからここまできたようだ。
幽霊に物理的な距離などがどこまで関係しているのかわからないけど。
「そうなりますね。でも幽霊になると時間や距離の概念がだいぶあやふやになったきがします。なんというか、自分の存在じたいもわからなくなることがあって。沖縄にいた時には本当に何度も消えそうになっていたんですよね。その時友達になった人がここを教えてくれたんですけど」
「いい友達なんだね。今は結構しっかりしてるってこと?」
はたして幽霊にしっかりしているかっていう質問があっているのかもわからないが、こうやって話ができる以上は生きているのを変わらずに対応した方がいい気がする。
「そうですね。かなりしっかりしてきました。龍脈の淀みを作ってくれた友人に感謝です」
「龍脈ってそんな簡単に作れるものなの?」
「私もよくわからないんですけど、その人自称神様らしくなにかやってくれたみたいなんですけど説明を聞いてもわかりませんでした。まぁ幽霊版のパワースポットみたいな感じです。こっちの世界にこのパワースポットを作ろうと思ったら向こうの世界のものとかを大量に持ってきたりとか、効果の高い道具を使わないといけないらしいのでかなり大変みたいなことは言っていましたね」
彼女はにこやかに説明してくれたが、僕はどうやらとんでもないところに引っ越してきたらしい。幽霊版パワースポットに普通の人間が住んでも大丈夫なものなのだろうか。
やれやれ今から先が思いやられる。