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勝利の代償

「やっぱりベアが黒紫の魔女だったんだね」

「えぇ本当はこんな姿見て欲しくなかったわ。私はあの後に生まれ変わったの。破壊と殺戮の魔女ベアトリーチェとして。もともと紫だったドレスは相手からの返り血で黒紫へと変わっていったわ。もう後戻りはできない。いいえ。後戻りなんてするつもりもないわ。ゆかごめんなさい。ずっとあなたのことを騙していたの。でも途中から言い出せないことの方が辛くなっちゃった。私やっぱり何回出会ってもあなたのことが好きみたい」

 ベアはうっすらと涙を浮かべながらゆかへ話しかける。

 ゆかは……正直どうしていいのかわからないようだった。

 ゆかにとっては受け入れがたいことも多いのだろう。

「君がその姿になるってことは本気だってことだね。不可侵条約を無視するなんて困った子だ」

「何を言ってるのかしら? 先に不可侵条約を破ったのはあなたでしょ。私のマジカルゲートに細工をして殺そうとしたくせに。私はこの子たちみたいに優しくはないからね。私のフィールドでやらせてもらうわ」

 ベアの足元を中心に綺麗な花畑が広がっていく。

「空間支配の魔法か……」

「えぇ……あなたの得意なフィールドで戦うわけないでしょ」

「そんなのを簡単にやらせると思っているのかい? ミストドック」 

 よしがみのまわりに霧をまとった犬が集まりだす。

「行けっ」

『ガルルル』

「ケル、お願い」

ミストドックにケルは躊躇せずに襲い掛かる。

ケルは一瞬でミストドックを蹴散らし消えていく。

「なんてあっけないのかしら」

「ありがとう。油断してくれて」

 ケルの頭の一つがいきなりミストドックに食いつかれ、そのまま振り回されたあとに身体ごと吹っ飛ばされる。

「霧の魔物であるミストドックがそんな簡単に死ぬわけなんてないだろ? 蹂躙しろ」

『ガルワァ』

「くっ……」

 ベアが傘を広げ回すと目の前にいたベアが複数に分かれる。

 マシロが使った氷の像とは違って、それぞれが意識を持っているかのように別々に動き出しミストドックに氷の魔法を放っていく。

「そんな小賢しい時間稼ぎになんの意味がるというんだ? 増えたら増えただけ倒せばいいだけだ」

「「「「私の目的はあなたを倒すことだけよ。まずは邪魔なその犬からやってやるわ」」」」

 ベアが魔法を唱えていくが唱え終わる前にどんどん消されていく。

ベアもミストドックを攻撃していき一瞬だけ、霧となって消えるが致命傷を与えるまではいっていないようだ。その攻防は僕たちが入りこむ隙はないほど激しいものだった。

 ケルはよしがみに向けて氷を吐きだすが、吹き飛ばされたせいもあるのか見当違いな方向への放出となっていた。

 ベアの攻撃もあとひとつ倒しきれない。ミストドックはどんどんベアの分身を削っていく。

 僕に今できることは……考えを辞めちゃダメだ。その時あることに気が付いた。

あれは……もしかして……。

 そういうことか。

「マシロ! ちょっと来てくれ」

 状況からして……僕の指示にマシロは頷くとすぐに行動をはじめた。

 段々と数の減るベア。もういつ本体に当たってもおかしくない。

「だいぶ数が減りましたけど、そろそろ終わりですね。私も忙しいのでね。いつまでも遊んではいられないんですよ。ミストドック苦しまないように終わりにしてあげなさい」

『キャン』

「ん? どうしたんです?」

 ミストドックのまわりの霧が氷の粒へと変わり、ベアのまわりの花が触れただけで砕け散る。

「お前たち何をした!?」

「残念だったな。この世界の生き物じゃないよしがみにはわからなかっただろうけどな。この世界は今、氷点下まで気温が下がっているんだよ」

 ベアや僕たちにはデビルブルーベアのミサンガをつけている。これは仲間の証でもあり自分のまわりの温度を調整してくれる。

 ミストドッグのまわりの霧は完全に形をとどめておくことはできなくなった。

 そうなれば、ミストドックはケルの敵ではなかった。

「それくらいで……それくらいで勝った気になんてなるなよ!」

「いや、あんたはもう終わりだよ……油断をしてくれてありがとう。長い詠唱を唱える時間はたっぷりだったよ。我が呼びかけに答えろ! 地獄閻魔の裁き」

 ベアの身体から黒い手が伸びよしがみを拘束し地面へと引きずりこんでいく。

「なぜだ? お前はさっきミストドックを倒すために魔力練っていたんじゃないのか?」

「はぁ? 最初から狙いはあんただけだよ。氷の魔法はただのメッセージだよ。もっくんならわかってくれると思っていたからね。あんたマシロちゃんとケルが協力してこの世界を凍らせるの避けていたでしょ」

 マシロとケルがベアの庭の一部を氷漬けにしていたのを思い出す。

 よしがみは最初に氷のケルの頭を狙い、凍らせられるのを阻止したのだ。

 ハクビの火球の時には避けていたのに、マシロへの攻撃だけは執拗にしていた。

 あれはミストドックの霧を凍らせられるのを嫌がっていたからだ。

 そのため、ベアが囮になりながらケルが氷魔法を使っていけるように注意をそらしたのだ。

 僕はケルが氷魔法を使っているのを見てマシロにもお願いした。

 僕たちには気温は関係ない。

「ベアトリーチェお前は本当にいいのか? お前の好きな人はお前を愛してはくれないんだぞ。どんなに頑張っても手に入らないままなんだぞ!」

「いいわけないでしょ! でも、例え私と一緒にいることで幸せにできなくても、好きな人にこそ幸せになってもらいたいのよ。この世界は平和で私たちが生まれた時代とは違うんだから」

「ふざけるな。お前たちの幸せだってすぐに終わりにしてやる。俺は必ずゆか前に戻ってきてやるがな」

「地獄の最下層でしばらく閻魔様の愚痴でも聞いてくるといいわ。あなたが地上に戻る頃にはみんなで仲良く転生しているから」

「覚えっ」

 よしがみが捨て台詞を言う間によしがみは地面の中に消えていってしまった。

「よしがみは……?」

「どれくらいかはわからないけど、しばらくは閻魔様が引き留めておいてくれるはずよ。あの人話好きだから。それよりもあなたは迎えにいく人がいるでしょ?」

 ベアは満面の笑みで僕を見つめゆかの方を指さす。

 よしがみがいなくなったことで、ゆかを封印していた植物がパラパラと崩れ解放された。

「ゆか!」

「もっくん!」

「大丈夫か?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ひっく……私……もっくんとやっぱり離れたくない……だって……私……もっくんのこと……」

「俺もゆかのこと……」

 ゆかと僕の視線が交差する。もっと早くからこうやって自分の気持ちに素直になれていたら。

 僕はゆかのことを思いっきり抱きしめる。ゆかの身体の温かさを感じる。

 ゆかの呼吸が、ゆかの存在が、ゆかのすべてが僕に幸せを与えてくれる。

 人生で一番幸せな瞬間であることを僕は実感していた。

「もっくん! 私……あなたのことが好き!」

「ゆか……僕もゆかのことがだいす……えっ……ゆか……なんで……」

 ゆかの姿が……僕の目の前から少しずつ消えていく。

 一瞬幸せの時間は陽炎のように手の中をすり抜けていく。

「よしがみへの勝利の代償はあなたの大切な物との別れよ」

 ベアはそう小さな声でつぶやいた。



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