奇跡を起こす力
「マシロ! 全員で戦うに決まっているだろ! ハクビ、俺ごとこの草を焼き切ってくれ! ハクビ……?」
ハクビはもうすでに、自分で蔓を焼き切るとマシロの横へ行き、マシロの背中を僕の方へ押してきた。
「コン」
ハクビはそのまま、よしがみの方に構えると、いつでも攻撃ができると牽制をしている。
「ご主人様、私はただの道具がたまたま心を持ったにすぎません。だから、また無機質な道具へ戻るだけなんです。でもあなたが生きていれば代わりの雪ん子なんて沢山いますから新しい子を迎えてやってください。もし、できればまた意思を持ってしまった子を仲間にしてもらえると嬉しいです。その子はきっと私の妹みたいなものですから可愛がってあげてくださいね」
「テンマとライゾウ! マシロを止めてくれ」
だけど、その二匹とも蔦でがんじがらめになっていて動けない。
ライゾウにあっては自分雷で焼き切ろうとしているが、上手くいっていない。
「アヤ! どこにいるんだ」
「おりっ」
身体の小さいアヤはいつのまにかマシロの肩に乗っていた。
アヤも僕の方に手を振ってくる。
「ご主人様、世界で一番の私のご主人様。ずっとあなたのことをお慕いしていました。この命に変えましても必ずやあいつの首を取ってきましょう。ライゾウとテンマご主人様のこと頼みましたよ。今回はあなたたちがしっかり守ってあげてください」
「ダメだ! いくんじゃない!」
「マシロちゃん来ちゃダメ!」
ハクビの火炎球がよしがみに襲い掛かり決戦の火蓋が落とされた。
「まったく……人が待っていてやったのに本当に礼儀知らずな奴らだ。礼も言えないなんて相変わらずしつけがなってないな」
「少なくともあなたの目的はここで終わらせて頂きます」
ミストドックが作り出した霧をそのまま氷にしてしまい、その上を滑りだす。雪山で見せた氷を使った高速移動だ。
「ドーン!」
ふざけた掛け声と共にマシロの足元が爆発し、いっきに数メートル吹っ飛ばされる。
「お前たちは俺をなめすぎてるんだよ」
よしがみが手を振るう度に、爆発が起こり地面が爆発していく。
「コーン!」
「そうですね。ハクビちゃんはこの時を数百年待ったわけですもんね。簡単には負けられませんわね」
九本の尻尾がクルクルとリボルバーのように回ると、よしがみの攻撃を避けながらどんどん火球を放っていく。高速で放たれる火球はよしがみの植物を一瞬で消し炭へと変えていくが、よしがみの植物の回復力も負けていなかった。
「コーン」
よしがみはマシロを狙って何度も地面を爆発させるが、その標準をずらすようにハクビが連続で攻撃をしていく。マシロのスピードには追い付いていない。
「おりっ!」
アヤが追いかけてくる植物を縛りあげ、マシロを守る。
植物の成長スピードが異常だが、アヤに縛られた部分を引きちぎることができず、どんどん自滅していく。
「すごいじゃないか。お前たちにこんなに苦戦させられるとは思っていなかったぞ。だが、これんらどうだ?」
よしがみが両手を動かすと一気に数が倍になる。少しずつ押していたのが、徐々に追い込まれていく。
「コン!」
一瞬ハクビがこちらを見る。その視線の意味は……。
「やめろ! ハクビ! 逃げろ!」
ハクビの身体だから爆発的な炎が燃え上がり、巨大な球体になる。
「なっなんなんだその大きさは……」
「コーン!」
よしがみのまわりにミストドックが集まり霧で一瞬覆われるが、巨大な炎の塊はそのまま霧をすべて覆いつくす。
「ハクビ! 大丈夫なのか? ハクビ!」
ハクビは一度僕の方へ振り向き手をあげると、そのまま前のめりに地面へと倒れてしまった。
「ハクビー!」
ハクビの元へ駆け寄ろうとするが、いまだによしがみの植物はうごめいていた。
よしがみを倒したんじゃ……?
「今のは少しびっくりしましたよ」
そこにはほぼ無傷で立っているよしがみの姿があった。
みんなで会いにくればなんとかなると思っていた自分がどれだけ浅はかだったのかを知った瞬間だった。
だからと言ってこのまま引き下がることはできない。
「こんな蔦! 外れろ! 外れろって! ライガ、テンマなんとか外してくれ」
「うまっ」
「ぞう!」
急にベアの家で見たような映像が頭の中にフラッシュバックする。仲間がみんな殺されていく。そこにいたのは……よしがみに似た人物だった。
それに……あの時助けられなかった……エルザは……ゆかに似ている?
そんな……。ハクビは……あの子狐が……?
僕に力がないからどんどん死んでいく。まわりの仲間たちが……。
ダメだ! もう二度と誰も死なせたくないんだ!
「誰か助けてくれ。無力な僕を助けてくれ。欲しいならなんでもやるから」
神様に祈っても意味がないことを知っているのに。
自分一人ではどうしてもこの窮地を抜け出すことはできそうにない。
本当に惨めで自分のバカさかげんに涙がでる。
僕の涙が地面へと落ちていく。
その涙は黄金の光となって地面を広がっていった。
「本当に欲しいものなんでもくれるの? 嘘をついたらいやよ?」
何もなかった地面にひずみができると、そこから傘をもったベアがと大型犬になったケルがあらわれた。
ベアはいつもと同じ真っ赤なドレスを見にまとっていた。
「こんな異界までくるなんてあなたたち本当に正気じゃないわよ」
「ベア……助けてくれ! ゆかがよしがみに……」
僕は情けない姿のまま身体の小さな女の子に頭を下げるしかできなかった。
あまりに力の差がありすぎるのだ
「ベアトリーチェも来たんですね。でも、そこの人は何か勘違いしているようですけど、彼女はこちら側ですよ」
一瞬よしがみが何を言っているのか理解が追い付かなかった。
そんなわけないだろう。僕たちはゆかを通じて知り合って、仲良くなったのだ。
「はっ……? 何を言ってるんだよ。だってゆかとベアはあんなに仲良くて……俺たちとだって雪山を一緒にサバイバルした仲じゃないか」
「フハハハ! ベアトリーチェ、あなたはなんて残酷なことをするんでしょうか。もしかして先にこいつに会っているとは思いませんでしたが。そうですか、面白すぎますね。言ってあげてください。あなたもこの状況を臨んだ一人だと」
「嘘だろ……? ベア言ってやってくれよ。そんなのは誤解だって」
頭では理解をしなくちゃとわかっているが、全然頭が追いつかない。
「本当よ。私はずっとあなたを探していたのよ。数百年前のあの時、私を救ってくれたあなたを。あなたは私が愛した唯一の人ロベルトの生き返りなんですもの」
ベアは僕の方を見つめて淡々と言葉を紡いでいく。
「あなたとゆかは何度も前世で出会っているの。でも、よしがみはゆかを私はあなたを手に入れたかったの。でもそれは叶わない夢だったわ。だからね、二人で協力することにしたの。お互いが目的を達成するために」
「手に入れたかったって……そんな理由で……」
「えぇバカでしょ? だから私はあなたとゆかを会わせないようにするために、ゆかを黒紫の魔女に狙われていることにして、あそこの龍脈に捕らえておくのに協力をしたの。だってゆかが転生したら何度でもあなたたちは出会ってしまうんだもの」
ベアが伏し目がちに悲しそうな目で僕たちを見てくる。
その目は決して人を騙して勝ち誇った人間がする目ではなかった。
「それでもお前たちは出会ってしまったのは、本当に予想外だったけどな。もういいだろう。ベアはそれを連れて行け、私はゆかをもらう。お互いこれまでも不可侵を貫いてきたんだ。最後までそれを貫こうじゃないか」
「もっくん……あなた、なんでも欲しものを手放すって言ったわよね? その言葉に二言はない?」
ベアは敵……でも……悩んでいる時間なんてなかった。仲間を助けられるなら誰の力だって借りる。
それが悪魔だろうと、魔女だろうと。
「もちろんだ。僕にとって必要なものならなんでもくれてやる。だから仲間とゆかを助けてくれ」
「わかったわ。よしがみを倒したあとあなたは大切なものを失うかわりに、仲間の命は救ってあげる」
ベアは悲しそうに僕の方へ微笑むと、僕の身体の下に青い魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣は一瞬のうちによしがみの植物だけを焼き払った。不思議なものでまったくといっていいほど熱くない。
「よしがみ、残念だけどあなたとの契約は終わりみたい。私は好きな人を幸せにするわ」
ベアの服はいつもの赤色から黒紫色に変わる。
誰もが恐れ、嘆き、噂をする黒紫の魔女の登場だった。




