決死の覚悟
「いったいどうやってこんな世界までやってきたんだ、このストーカー男」
「話もせずに家から連れ出すなんでやり方が姑息なんだよ」
アヤの案内で教室の扉をあけると、そこにはよしがみと泣いているゆかの姿があった。
ゆかが泣いている表情を見るだけで、この状況が間違っていることがわかる。
心のどこかでちょっとだけ思っていた。ゆかが本当に幸せになるなら僕がこんなでしゃばるのは良くないことなんじゃないかって。
だけど幸せならあんな顔をしているはずはなかった。
「やっぱりダメだったか……出会う前に始末をつけないと、こうやって邪魔をされてしまうんだな。次の時には気を付けるようにしよう。絶対同じ世界線にこないようにね」
「よしがみさん……何を言っているの?」
「ミストドッグでてこい」
辺りが徐々に霧に覆われてくる。それは前に川であった魔物だった。
なんでこんな魔物が……!?
「もしかして……幽霊横丁の近くの川できたのもお前がやったのか!?」
「バカにしてはカンがいいじゃないか。あそこで殺してやろうと思ったんだけどな。お前らは本当にしつこいんだよ。何度も、何度も馬鹿みたいに出会いやがって。仕方がないからゆかをこうやって幽霊として拘束して出会えないようにしてやったのに、またノコノコやってきやがって。この生粋のストーカー男め!」
「よしがみさんどういうこと? 私を拘束って。私を助けてくれていたのよね?」
「助けて……アハハハッ本当にお人よしだな。大丈夫だよ。これが終わったらまた記憶をいじってあげるからね」
よしがみの顔がどんどん醜く変わっていく。
今まで神様のようなイケメンの顔をしていたのは、どうやら借りの姿だったらしい。
「いやー!! そんな、そんな……私は……なんでこんなところに……」
「決まっているじゃないか。君がいつまでたっても俺のものにならないからいけないんだよ。どんなにいい人のフリをして近づいても、どんなに頼れる男を演じても、君はいっこうに俺になびかないじゃないか。だから、閉じ込めてやったのさ。いい人のフリをしてね。傑作だったよ。それにしてもお前だよ。何度俺とゆかの間を邪魔すれば気がすむんだよ」
「何を言ってるんだ?」
「お前たちは転生するたびに、何回も出会っては結婚してるんだよ。俺というゆかにふさわしい男がいるのにな!」
「本当にクソやろうですね。人の恋路を邪魔する奴は氷に打たれて死んでしまえですわ」
「コーン」
僕が切れる前にマシロとハクビがぶち切れて氷の塊と火球をよしがみに向けて放つ。
「ミストドック早くしろ。このクズが」
「アヤ、霧で完全に覆われる前にゆかを助けるんだ」
「おりっ!」
アヤは空中に糸を作り出すと、西部劇さながらにゆかの身体を縛るとそのままこっちへ引き寄せる。あやが宙を舞って僕たちの方へ……近づいてきたあやは一瞬で古びた机へと変わってしまった。
「残念だったな。もうお前らはミストドックの術中の中だ。見えない敵相手に恐怖しながら死んでいくんだな」
「ガルルルルルルル」
あの時と同じ低いうなり声が聞こえてくる。だけど、あの時とは違う。
「テンマこの霧を操れるか?」
「ぺがっ!」
テンマは水の扱いには慣れているどころかエキスパートだ。ミストドックが扱うのが水ならテンマだって負けてはいないはずだ。
テンマを中心に球体が広がり、徐々にミストドックの霧が水滴となって床へと落ちていく。
「何をしているミストドック! こんな狭い範囲ならお前の方が能力は上だ」
また押し戻され空気中に霧がでてくる。
「ぺがっー!」
背後から音もなくミストドックが襲いかかってくる。ミストドッグ静かに霧の中でチャンスを狙っているようだ。
「みんな注意して!」
「ぞう!」
ライガが教室の中に雷を降らして威嚇するが、ゆかの姿が見えないため、自分たちのまわりに雷のバリアを張ることでミストドックを遠ざける。
「私に任せてください」
マシロが床に落ちた水を凍らせ、ミストドックの動きを邪魔する。
「ぎゃうん!」
足を滑らせ転ばせ声の聞こえたところにライガが雷を落とす。1匹には攻撃が当たったのか少し霧が一瞬はれる。
「ゆか、こんなバカを相手にしている必要はない。いくぞ」
「いや、行かない。もっくん」
「ゆか!」
窓が開く音がするとミストドックが一斉に窓の外に走り出した。
「ご主人様危ない!」
マシロが室内を分断するように氷を作るとほぼ同時に激しい爆発音が聞こえてきた。
「外ならもう少し戦いやすいはずです! 急ぎましょう!」
「マシロ助かった!」
僕たちは廊下から別の教室に入り外へ向かうと、よしがみはそのまま校庭の方へと逃げ出していた。ゆかは肩に担がれている。
「待て!」
僕たちは急いで追いかけるが……何かがおかしい感じがする。なんでよしがみは走って逃げているんだ?
どこかへ転移する時間がなかった。いや……違う何かの罠か?
「ライガ! 前方の草すべてに雷を落とせ」
「ぞう!」
目の前に雷が降り注ぐと植物たちがぐにゃぐにゃと動き出した。
これがよしがみの狙っていたものなのだろう。
「みんな自分を守りながら……」
またミストドックによる霧が校庭上に展開しはじめる。だけどそう何度も同じ手にはのらない。
「全員ミストドックに攻撃だ!」
霧が広がり切る前に、雷、氷、水、火球がミストドックの霧の中に撃ち込まれる。
「ガルウワァ!」
途中でミストドックが破れかぶれで襲いかかってきたが、それをハクビが火球で弾き返した。
あと少しで追いつく。そう思ったとき、よしがみは走るのを辞めた。
「やっぱり逃げるのなんて性に合わないんだ。でも君の周りにはやっかいな羽虫が沢山いるからね。やれ!」
先ほど、ライガが攻撃した植物よりもかなり太い植物が地面から生え一瞬のうちに僕たちを絡めとられてしまった。
よしがみはこれが狙いだったのだろう。クソッ! 抜け出そうとするが思うように動けない。
「その顔、とてもいいね。実にいいよ。今まで有利だとか思っていたんだろ? 馬鹿だねー」
「お願い! 言うこと聞くからもっくんたちをもう返してあげて」
「うるさいな。もうそういう次元の話じゃないんだよ。こいつらは何回でもやってくるから、ここで始末するしかないんだよ。そうだ。特等席で見せてあげるね。ゆかに関わった者がどうなるか。そうだよね。最初から好かれようとなんて考えないでこうすれば良かったんだね」
よしがみがゆかを地面に投げると、植物がそれを受け止め、手足を縛って拘束をする。
なんとかしないと。僕が暴れているのを横目にマシロは自分だけ、さらっと植物からの拘束を抜けてしまう。
「私ご主人様に出会えて本当に幸せでした」
マシロはよしがみの植物を氷漬けにし、中にある水分を膨張させることで植物を殺して拘束から一人だけ抜け出したようだ。
マシロが言った言葉はあの洞窟で僕に言った言葉と同じ……ただ、一番最後が終わりを意味する過去系の言葉に変わっている。
「マシロ……何を言っているんだ? ここにいる全員の拘束も解くんだ」
「ご主人様ごめんなさい。私どうやら約束を守れそうもないみたいです。あの時、私はご主人様の方が先に死んでしまうと思っていました。だから、ご主人様が死ぬまで一生側にいるつもりだったんですけど残念です」
マシロが少し困ったような笑顔を向けてくる。マシロは自分の身を犠牲にするつもりだ。




