いなくなったゆかを迎えに。
ベアの家での騒動があってよしがみが来た日の翌日、ゆかは僕の家から書置きだけを残していなくなった。
あの後ゆかはいたって普通に戻っていた。みんなで楽しそうに食事を作ってくれて、マシロが話せるようになったことや、デビルブルーベアの肉やアヤが作ったミサンガのことなどをゆかがいない間のことを話した。
アヤはゆかの分のミサンガも作っていてプレゼントをしていた。
本当にこういう気を付けるところを僕も見習うべきだな、なんて思っていた。
僕たちはずっと眠くなるまでゆかと話をしていた。一番はじめに睡魔に負けたのは僕だった。
それからはそれぞれ、部屋に分かれて寝たり好きなことをしていた。
そしてその翌日のお昼近くになってマシロが僕のことを起こしにきた。
「ご主人様! 大変です! ゆかさんがいなくなりました」
「えっ? なんだ? ゆかが? 外で草抜きでもやっているじゃないのか?」
そう言う僕にマシロは一通の手紙を見せてきた。
「昨日ご主人様が寝てから、ゆかさんに、マシロも疲れているだろうからって言われて空いてる部屋で寝るようにって言われたんです。そして早くから行動するとご主人様の迷惑になるから朝の10時からにしましょうって。それで10時に食堂に行ってみるとこの手紙が置いてあったんです」
そこには短く言葉が綴られていた。
『もっくんと一緒にいられてとても楽しかったよ。だけど、もう一緒にいられなくなってしまいました。理由は聞かないでください。あなたのこれから先の人生が幸せであふれることを祈っています。どうか探さないでください』
それはとても可愛い女の子らしい筆跡で書かれていた。
「いったいどういうことなんだ。なんだよ! 意味がわからない。ゆかはなんで……」
「コン、コン、コーン」
ハクビが僕に何かを訴えかけてくる。マシロの方を見るとマシロがハクビの言葉を訳してくれた。
「もしかしたらなんですが、黒紫の魔女にゆか様は狙われているのかもしれません」
「どういうことだ? ゆかはただの浮遊霊なんだろ?」
「コン、コン」
「ハクビが言うにはあっちの世界を旅をしている時に黒紫の魔女の噂を聞きいたそうなんですが、黒紫の魔女は魔力高い魔物や亜人、幽霊を狙っているそうです」
「それとゆかがどう関係あるんだ?」
「なるほど、ハクビちゃんがいいたいことがわかりました。ゆかさんはかなり力の強い幽霊ですから、黒紫の魔女に狙われてもおかしくないってことを言いたいんだと思います」
ハクビはマシロ言葉にうなずいている。
僕はまだ、理解が追い付いていなかった。ゆかは普通の浮遊霊だといっていたはずだ。それがなんでそんな危ない魔女に命を狙われなきゃいけないんだ。
「きっと、元々ゆかさんは強い力の素質があったんだと思います」
「強い力の素質?」
「はい。普通の幽霊は龍脈にあれだけとどまっていることもできませんし、ポルターガイストもあんなに自由自在に操ることはできません」
こんな当たり前のことに僕は気が付いていなかった。龍脈にいることで浮遊霊が生き延びることができるならもっと沢山、ここの家に浮遊霊がいてもおかしくないのだ。
しかも、ゆかは当たり前のようにポルターガイストを使っていたが、もしゆかみたいな浮遊霊がいたら日本全国で動画やSNSで報告されていてもおかしくなかった。
「ゆかはやっぱり特別だったってことか」
「はい。ただわからないのはよしがみという男です。私はあの男が現れた時にとても嫌な気配を感じました。あの男もゆかさんにこだわる意味がわかりません」
「それはたしかに……それで僕はこれからどうしたらいいと思う?」
マシロはゆっくりと僕にむかって首をふる。
「残念ながら、私たちはご主人様をお導きすることはできません。ですが、ご主人様が望むならその結果がでるように最大限の協力をさせて頂きます」
「僕は……」
いったいどうしたいのだろう。ふと、ゆかと過ごしたこの数日間が急に思い出される。
ゆかの笑顔に癒され、ゆかの言葉に励まされ、ゆかと一緒に笑って過ごした日々。
ゆかがいなければ、ここにいる誰一人とも会うことはできなかった。
僕自身、もしゆかに出会わなければ、この古びた部屋の端っこで震えているだけの人生だったかもしれない。
この家に来た時のゆかはとても寂しそうだった。ゆかは僕たちに危険が及ばないようにと僕たちの元を去ったのかもしれない。だけど、もしそれならゆかはまた、新しい龍脈のある土地でずっと孤独な生活を繰り返すのだろうか。
何年、何十年、何百年その孤独を味わうというのだろうか。
ベアはいるかもしれないが、ベアだって今回のことのように、何かのきっかけにいなくなってしまうかもしれない。
そんなところになんでゆかが行けなきゃいけないんだ。幽霊になってまでずっと孤独で過ごさなきゃいけないなんて、そんなことあっていいはずがない。
「僕はゆかにもう一度会いたい。僕のわがままかも知れないけどみんなの力を貸して欲しい」
アヤ、マシロ、ハクビ、ライガ、テンマが一斉に僕に頭を下げる。そして代表してマシロが声をかける。
「ご主人様の仰せのままに」
アヤがマシロの前に降りると何か一生懸命話している。
「おりっ! おりっ、おり」
「なるほど、それはいい考えですね。それで探しにいきましょう」
「アヤはなんだって言っているだ?」
「アヤちゃんは前回、ご主人様とゆかさんが離れ離れになった時に心配していたから、ミサンガの中に追跡用の魔力を込めたということでした。ゆかさんがミサンガをつけている限り、どんな場所にいようと追跡が可能ということです」
魔法のGPSみたいなものなのだろうか。
僕も……なにかやましいことなんてもちろんしないけど、なにかの時には外していくことにしよう。
「ただ、それで場所がわかったとしても、僕たちだけじゃその場所まで行けないよね?」
「コーン」
ハクビが元気よく敬礼をしてくる。
「ハクビが連れて行ってくれるってことなのか?」
「コン、コン」
ハクビは僕に任せろと言わんばかりに胸を張る。そういえばハクビは幽霊横丁からこの家まで自分一人でやってきたんだった。
「わかった。それじゃアヤは居場所をすぐに確認して、ハクビはその場所への転移を頼む」
テンマとライガは僕の両肩にとまる。
「ペガッ!」
「ぞうっ!」
「お二人が今度は絶対に置いて行かれないからと言っています」
マシロが二匹の言葉を通訳してくれる。
「大丈夫だよ。ゆかを連れ戻すために期待しているから」
「おりっ!」
アヤが早速何かを発見したようだった。
マシロがアヤの頭の上に手を置く。
「ここから別次元の……どこかの学校のようですね。ハクビここへここのみんなを連れて行けますか?」
今度はハクビの頭の上に手を置く。
「コン」
「それではご主人様ご覚悟はよろしいですね?」
「もちろんだ。必ずゆかを取りもどす」
「コーン!」
ハクビが声をかけると目の前に大きな空間のゆがみができあがる。
待ってろ! 今迎えにいくからな。