拒絶
マシロは洞窟に戻るとすぐにデビルブルーベアの肉を持って戻ってきた。
「大変そうに見えても氷の上を滑らせるだけだから簡単なんですよ」
そう笑みを浮かべていっていたが、あれはできる人間がいう簡単って言葉だった。あれを信じて一般人がやるとだいたい失敗するやつだ。
「それじゃあ気を取り直して屋敷に戻ろう。もうここにやってくることはないからな。忘れ物をしないようにな」
「大丈夫だ。特に何も持ってきてはいないからな」
「それじゃ私から行く。私が行って向こうでも空間を固定するから、そうすれば大丈夫だ」
俺たちはそのまま空間のひずみの中に入って行く。
感じとしては幽霊横丁へ行くのと変わりはしなかった。
普通ならもっとおどおどしそうだが、僕も慣れたものだ。
空間をすぎると、そこはベアの家の庭だった。ゆかがベアに抱き着いて喜んでいる。あの感じは絶対に空間の固定とかやってないな。
「もっくん! おかえりなさい。心配してたんですよ!」
ゆかよりも先にライガとテンマが飛び込んでくる。
「おっお前ら元気にしてたか? 二日も離れるとビックリしただろー」
ベアの足元にもケルがやってきて3匹の頭がベアの足を一生懸命舐めていた。どっちかというとスキンシップというよりも雪山の氷が珍しく舐めているようにも見えるが気のせいだろう。
「もっくん、二日間ってどういうことですか?」
「えっ? 俺たちは1泊2日で雪山サバイバルをやってきていたんだよ」
「冗談はやめてくださいよ。まだ20分くらいしかたっていないですよ?」
「ん? だって……」
「空間ごとに時間の流れは違うからな。向こうの2日はこっちでいう20分ってことなんだろう。別に気にすることじゃない。それよりもゆか誰か来たりしなかったか?」
「うんん。誰も来てないよ」
「それならいいけど、ちょっと私はこの空間の固定をやり直さなきゃいけないから、悪いんだけどみんな帰ってもらえるか?」
ベアはかえってきてそうそう仕事をするらしい。でもたしかに一番の優先事項だ。今回は僕たちがいたからよかったが、もし本当に一人で飛ばされていたら下手したら死んでいたかもしれにし、仮に生き残れたとしてもこっちに戻ってくるのに時間がかかったかもしれない。
「それじゃあ、俺たちも帰るか。ベア色々助かたよ」
「いや、お礼を言うのは私の方だ。お前たちがいなかったらあそこで死んでいた可能性が高い」
「そんな大げさだけどな。なんだかんだできっとベアは生き残っていたよ」
「いや、お前が思っているほど万能ではないからな。おっと、早く空間と身体を固定しなくては」
「じゃあまたな」
「あぁ、ゆかも気を付けてくれ」
「ありがとうね! ベアちゃんまた遊びに来るね」
ベアは小さな声で返事をして力なくゆかに手を振る。
俺たちはそのまま、ベアの家から自分たちの家に一瞬で戻る。頭の中でこっちもずれていたりしたらどうしようと思ったが、こっちは特に異常なかった。
僕たちが家に戻るとほぼ同時に家のチャイムが鳴る。
「私、ちょっと見に行ってきますね」
「あぁ俺もすぐに降りるよ」
ゆかはそのまま壁をすり抜けて誰が来ているのかを見にいってくれた。
この家に来るとしたら不動産屋か、あとは新聞の勧誘とかだろうか。
僕も和室からでると、ちょうど玄関から声が聞こえてきた。この声はこないだ来たゆかの友達だというよしがみとかって奴だったはずだ。
なにかひどく興奮しているようだった。
「ゆか、黒紫の魔女がでたんだ……だろ……隠れ……だよ」
途中の声が聞こえないが、はっきりとまた黒紫の魔女という言葉が聞こえた。ゆかと黒紫の魔女には関係があるようだ。ベアはゆかにそのことを聞けといっていたことを思い出す。
僕は急いで玄関へと向かうが、玄関へ近づくと急に声が小さくなってなにも聞こえなくなった。
「……とにかくゆか考えておいてくれ。今回のことはまだ警告の可能性があるが……わかるだろ?」
「……もう少しだけ」
「時間はないからな」
僕が玄関にいくと、そこにはすでによしがみの姿はなくなっていた。
「ゆか、今何を話していたんだ? 黒紫の魔女っていったいなんなんだ?」
「黒紫の魔女ですか? なんか暴れている魔女がいるってだけですよ」
「いや、なにかゆかに関係があるんじゃないのか? いまよしがみは何しに来ていたんだよ!」
「よしがみさんですか? ちょっと私の好きなお花を届けに来てくれただけですよ、それよりもお腹空いているでしょうから料理つくりますね」
僕はゆかの腕を掴もうとするが、それはスッと空をきる。そうだ。この世界では僕は彼女に触れることすらできないのだ。
「ゆか!」
「はい、なんでしょうか?」
ゆかは僕の方を振り向かずに返事だけをする。
「俺じゃ何もできないかもしれないけど、だけど何かあれば何でも頼ってくれよ。俺でたりなければまわりにマシロとか沢山仲間がいるんだからな。一人で抱え込もうとしないでくれ」
「大丈夫ですよ。私は今までも一人でやってきましたから」
それはゆかからの拒絶だった。
僕はそれ以上追いかけることができなかった。
僕たちには肉体的な距離以上に心の距離があることを改めて思い知らされた。そうだ。僕たちはただの同居人なんだから。