洞窟の中での戦い。僕にできることは……やれるだけやるしかない。
水色熊はマシロに勝てないと思いきや氷の中で僕たちが近くにくるのを待っていたようだ。氷を割り、そのまま僕の頭へと腕を振り下ろす。
「コーン!」
ハクビが僕のことをかばおうとしてくれるが、間に合わない。
僕はとっさに逃げようとしたところで足をすべらせる。間一髪頭の上を熊の大きな手が通り過ぎていった。次は間違いなく首から上が吹っ飛ぶに違いない。
僕の髪の毛がパラパラと落ち、ハクビが僕をかばうために水色熊に襲い掛かるが、一瞬で振りほどかれると壁に叩きつけられた。
「ハクビ!!」
ハクビはゆっくりと手をあげる。なんとか大丈夫そうか?
逃げなくちゃ。ゆっくりと後ずさりするが完全に標的は僕になっている。
足が震えて立ち上がることはできない。視線の端でハクビが一度立ち上がろうとしたがそのまま膝を折って動こうとしない。
マシロが思いっきり水色熊の頭に氷の塊を叩きつける。
金属を叩きつけたような派手な音がし、鮮血が洞窟内に飛び散るが、水色熊はマシロを完全に無視することに決めたらしい。一瞬ちらりと見たがそれ以上は関心を示さなかった。
どうやらかなり頭がいい魔物のようだ。
僕の足はまだ動かない。ダメだ。逃げなきゃ。ハクビが両膝を地面につけた状態で両手を前に出し水色熊のマシロがつけた傷へ火炎球ぶつける。
肉と毛が燃える匂いが洞窟内に充満し、痛みからか水色熊がのたうちまわった。
殺意がハクビの方に向く。
ハクビは正座をするようにしながら、頭をうなだれ動かない。先ほどの魔法が最後の力を振り絞ったようだ。
水色熊は標的を僕からハクビの方へ変える。魔法を使う相手を優先的に処分するつもりみたいだ。
このままじゃハクビが……動け、動け、動け!
水色熊の怖さより仲間を失う怖さの方が辛い。
ハクビはまだすぐに動けそうじゃない。僕が時間を稼ぐしかないのだ。
「マシロ! 沢山の氷の像を作りながらハクビを安全なところへ連れて行ってくれ」
マシロは一瞬躊躇して僕の方を見る。
僕は無言で頷いで大丈夫だとマシロに合図を送る。僕の足も手もまだ動く。このままハクビがやられるのを黙って見たままなんてできるわけがなかった。
僕は近場にあった大き目の石を持ち上げて、水色熊の足に叩きつける。
いくら頑丈な熊とはいえ、僕の力でも指なら少しはヘイトを稼げるはずだ。
「ギャオン」
予想以上にダメージがあったのか、ハクビへ興味がうつっていたのが、また僕の方に戻ってくる。
勝算なんてものは何もなかった。もしかしたら、この1秒後の世界で僕は死んでいるかもしれない。だけど、どうせ死ぬなら仲間が助かる可能性を少しでもあげて死んでやる。
「こっちだでくの坊!」
近くにあった小石を拾って水色熊の目を目掛けて投げつける。
もちろん、そんなのがダメージにはなりはしないが、顔の付近に飛んでくるものというのは誰でも苦手なものだ。
水色熊は先ほどまでターゲットを絞れずに悩んでいたが、今度は完全に僕の方へ誘導することができた。マシロもハクビの元へたどりついた。
あの二人なら上手く逃げ切ってくれる。そんな気がする。僕はそのまま水色熊に背を向けて走り出す。
普通では絶対にやってはいけないことだ。動物の本当的に逃げるものというのは追いかけたくなる。それでも仲間のためなら僕は怖くない。
なぜかあれほど怖かった感情が今は抑えられ、かなり冷静に状況を分析していた自分がいた。もちろん、冷静に分析ができたからといって、それを解決する道を示せるわけではなかったが。
ほんの数秒から数十秒。彼らの命が長くなるだけかもしれない。それでも、僕にできることを精一杯やるだけだ。
逃げる僕を追いかける水色熊にマシロが後ろから大きな氷の塊を投げつける。不意打ちでくらった水色熊は一瞬よろけるが、それでも、もう僕への狙いをはずすつもりはないらしい。
水色熊が不意打ちをくらって一瞬ひるんだ隙に、僕は少し高台のところへと登る。そこには大きな岩が置いてあった。
これを水色熊の上に落とせれば、かなりのダメージになるはずだ。
僕を追いかけもうスピードで迫りくる水色熊に僕はその岩を当てるべき、思いっきりおした。だが、そう簡単に岩は動いてはくれなかった。迫りくる殺意。
だんだんと足元から殺される恐怖がやってくる。逃げなきゃダメだ。心の中で何かが精一杯の警報をならす。
だけど、この岩が……。
僕が助走をつけて押すと、少し岩が動いた。
「動けぇーー!!」
洞窟内に響き渡る僕の声と同時に大きな岩はガラガラと音を立てながら水色熊の頭の上に落下していく。
水色熊はその岩を避けることができなかったのか、大きな岩の落下に巻き込まれる。
「やったー! 勝った! ハクビ! マシロ!」
僕がマシロたちの方に視線を移すと、マシロは水色熊の方へ指をさし、何かを言っている。
マシロは話せないが、今回は何を言いたいのかわかってしまった。
「まだ生きている」
水色熊の方へ視線を戻すと、多少身体を打ち付けた時にできたような怪我は見えるが、まったく致命傷には至っていなかった。
考えろ、まだ何かあるはずだ。とにかくひきつけながら逃げるしかない。水色熊をハクビたちから離すことができれば、川に沿ってにげることも可能かもしれない。
そうだ。僕たちをただの餌だと見ているなら一番弱く見えるはずだ。
とるに足らないと思っていた相手から攻撃をされるのは屈辱以外のなにものでもないはずだ。
一度開いた距離を少しでも離すために入口の方へ走り始めた。
アヤとベアがいるところまではまだ距離があるが、僕は大声で叫んだ。
「アヤ、ベア! 洞窟の奥に大きな熊がいるから逃げろ! ハクビとマシロは川の方へ向かって出口を探せ! 一人も死ぬんじゃないぞ!」
他に何ができるだろうか?
すぐに水色熊の呼吸音がだいぶ近づいてくる。このまま逃げてアヤたちの方へ行き過ぎるとベアが襲われることになる。
僕は逃げる足を止め、近くに落ちていた1mくらいの木の棒を手に取る。
足場は先ほどの登りよりは、少しましになっている。
仲間を守るためにできることをやろう。