人との出会いと繋がりのその先
「織鬼は心を読むのか?」
僕の独り言に答えてくれたのは露店の店主だった。
「普通の織鬼は心を読むことはできないぞ。だけど、そこの幽霊の嬢ちゃんをちらちら見ていたからな。そこから読み取ったんだろ。今回のお題は相手の主人にとっての最高傑作だからな。心は読めないがそれでも好きなものを想像したり見つけたりするのは得意になるんだ。ただそれをやっていくと相手の過去や未来を想像というか強いイメージを感じ取ることができるらしい」
「もっくんが私のことを好きなのはわかっていましたが、恥ずかしいですわ。早く死んでください」
「だから、告白がストレートすぎて怖いんだって」
ゆかが両手で自分のほっぺたを抑えながら体を左右に振っている。なんというか……表現が古い気が……。
僕が見ていると、ゆかが失礼なことを思われたのに気が付いたのか一瞬鬼のような表情が見える。余計なことは考えない方がいい。今はアヤの勝負だ。
「さすが私のニードルちゃんですわ。相手の女好きなところを見事に読み切ったんですね。これはもう私のニードルちゃんが優勝ですわね。いくらあなたの織鬼がすごくても私の最高傑作なんて作れるわけありませんもの」
蛇女が勝ち誇ったように言ってきた。たしかに、こっちは横にゆかがいたから、少なからずヒントがある。だけど、アヤにはまったくヒントがない。
うちの織鬼はなぜか肩を落としている。やっぱり上手くいかなかったのだろうか。
「それでは、次見てみましょう」
「諦めなさい。いくらあなたちの才能があっても初挑戦ではこれが限界だったのよ。作品なんて見たって……なんで……それを……ダメ……お母様……」
アヤが蛇女に作品を見せると言葉をにごし、そして目からは大粒の涙が流れ出していた。
そこには1本の大きな満開の桜の絵が描かれていた。
その中心には2人の蛇女が優しい笑顔で寄りかかっている。片方は子供でとても幸せそうな笑顔を浮かべている。
「ダメ……あっ……あぁ……母さん……」
蛇女はゆっくりと織鬼に近づくとそのまま刺繍を抱きしめ、そしてまわりの目もはばからずに泣き出した。
その声はしばらく泣き止むことはなかった。
◆◆◆
蛇女の過去
蛇女のカーラが生まれたのはもう数百年前になる。
その頃は今よりも人間の世界との境界線が近くてお互いの世界を行き来することが多かった。
カーラの一番古い記憶は母親と二人で暮らしていた頃までさかのぼる。
兄弟はいたらしいが、みんな死んでしまったということだった。
母との二人暮らしは贅沢ができるものではないが、それでもとても楽しいものだった。
元々の能力も高い蛇女の一族は単独でも動物を狩るのには困らなかった。
カーラの母は定住することを好まず、人の世界や魔物の世界を行ききしながら生活していた。
同じ場所に長くいるのを好まない母が人間界に行き、何度か連れて行ってくれた思い出の場所があった。
そこは桜の綺麗な山の上だった。
「母さんね。同じ場所にあまり長くいるのって好きじゃないの。だけどね。ここの桜だけはすごく好きで春になるときちゃうんだ」
「私も母さんが好きな場所好き」
「ありがとう。カーラは本当にいいこね」
桜の木の下ではカーラの母親はぽつり、ぽつりと色々なことを話してくれた。
普段、生きることに精一杯の二人には母の過去の話を聞く時間はなく、常に生活のことばかりの会話しかなった。
だけど、この桜の下では母はカーラの一人の友人のように懐かしい話や、楽しい話をしてくれた。
いつも厳しく、カーラが生き残るすべを教え込む母とはまた違った姿がカーラにはとても印象的に残っている。。
きっと母はここに前にも来たことがあって何か嬉しい思い出の場所だったのだろうとカーラは思っていた。それは、カーラの母親の顔が母親とはまた違った大人の女性の顔に見えたからだ。
二人は、親子としてではなく、友達のような、女性同士のような不思議な時間をその場所で毎年過ごしていた。普段とはまるで違う夢のような時間。カーラにとってその時間は一生涯で忘れられない時間だった。
誰にも言ったこともなく、誰にも話したことのない、カーラだけの思い出。
桜の下で母に抱きしめられた優しい記憶。
それはカーラの母親が死ぬ半年前まで続いた最後の親子の触れ合いであった。
◆◆◆
「この勝負は私たちの負け。まさか織鬼の作ったものでこんなにも心揺さぶられると思っていなかったもの。泣いたらなんかすごくすっきりしたわ。ありがとう」
「いや、なんというか。とりあえずこれでも使ってくれ」
僕は蛇女にハンカチを渡してやる。
「ふん。人間からハンカチを借りるなんて思ってもみなかったわ。長生きはするものね」
彼女は素直に受け取り、涙を拭く。
「良かったらそのまま使ってもらって返さなくていいから」
「ありがとう。でも、借りは作らないタイプなの。そうね。うちに余っている織鬼の道具があるからそれをあげるわ」
「いや、それじゃあ割にあわないだろ」
「そんなことないわ。あなたの織鬼には素晴らしい才能があるのよ。この子が伸びることは織鬼たち全体の進化につながるわけだもの」
蛇女はピリピリした空気が一変し丸くなっていた。
「わかった。ありがたくもらっておくよ」
「えぇそうして。あなたたちは結構幽霊横丁へ来るんでしょ? そしたらあなたが買った織鬼のお店に渡しておくわ。それと、この刺繍もらってもいいかしら?」
「それは……」
一瞬アヤの方を確認すると、どうぞとジェスチャーをしてくれる。
「くれるみたいだ。素敵な刺繍だとは思うけど何かそれ以上の意味がありそうだな」
「そうなのよ。この絵には他の人にはわからない私だけの思い出がつまっているの。本当にこんな気持ちを思い出せてくれるなんて驚きよ」
アヤの作品をみた彼女は骨格でも変わってしまったのかというほど顔が変わっていた。
「ありがとう。あなたたちが出会ってくれてよかった」
僕は何もしていないけど、彼女がアヤと出会って喜んでくれているなら僕も嬉しい。
「それでは、優勝賞品の魔法の生糸です」
みなさまこの小さな勇者に盛大な拍手をお願いします。
会場内から割れんばかりに拍手がおこる。
アヤが表彰されているのを見ると僕まで晴れ晴れとした気持ちになってくる。
僕たちは精一杯の拍手でアヤをお祝いした。
「それでは、本日の大会は以上になります。最後になりますが東の街で黒紫の魔女がでたという噂がありますので、皆様十分気を付けて頂ければと思います」
「ゆか、黒紫の魔女っていのはなんだ?」
「……」
「ゆか?」
「あっごめんなさい。ちょっと考え事していた。なんだっけ?」
ゆかの顔からいつもの笑みが消えていた。
「いや、たいしたことじゃないけど、大丈夫か?」
「大丈夫よ! アヤちゃんの優勝見てたら感動しちゃって」
その時にはゆかはもう普通に戻っていた。きっとゆかもあやの優勝が嬉しかったのだろう。
そして、僕たちは優勝賞品の魔法の生糸と蛇女から大量の織鬼の道具をもらった。
人との出会いはどこでどうつながって変わるのかわからないものだ。
この日のアヤを取り囲む人々の嬉しそうな笑顔は僕にとって最高の思い出になった。
人生悪いことばかりじゃない。




