古き良き伝統とか、新しいこととか。
「本当に嫌ね、空気が読めない織鬼って」
「私のところのように古き良き伝統を大切にしている織鬼から比べてしまうと、勝てばいいっていうのはちょっと情けないわよね」
「勝ち方にも美学が必要なんだよ」
先ほどの蛇女性と、赤を基調とした綺麗な着物を着た狸、それに緑色の蛙のような顔でタキシードを着た紳士の男がいた。出る杭は打たれない空気感はどうした。
「なにか用でしょうか?」
僕たちを中心に先ほどまでで輪ができていたが、彼女たちがやってきたことで少し距離ができてくる。声をかけてから無視すれば良かったと思う。
「別に? ただ、卑怯な手段で勝ったあなたたちに一言文句でも言ってやろうかと思いまして」
「卑怯?」
「えぇそうよ。本当ならあそこはここにいる野田狸さんが華麗に勝ち上がるはずだったのに、1回戦だけ目立てばいいっていう馬鹿のせいで、私たちの織鬼たちが目立たなくなってしまったから、嫌味でも言ってやろうかと思いまして」
「そんなことルール説明には書いてなかったけど、そんなルールがあるのか?」
「本当に嫌になるわ。私たちがルールみたいなものなのよ。まったく古き良き時代から守られている伝統をあなたたちみたいな新参者が勝手に崩しちゃいけないの。それがわからないなら2回戦は辞退した方がいいんじゃないかしら?」
「そうね。辞退しなさい」
「君たちみたいなのが参加すると格が下がるからね。特に君は魔力の少ない人間だろ? 人間に織鬼が仕えるなんて本当に恥ずかしい」
「おりっ!」
アヤが怒ってくれるが、今度は僕がアヤを手でおさえる。
「古き良き時代の慣例とか伝統とかを否定するつもりはないですけど、一度うちのアヤに勝ってから言ってもらってもいいですか? これだけの前で自分たちが恥をかきにきているのがわからないんじゃ伝統に頼るしかないんでしょうけど」
「なっなにを言うんですか! あなたたちみたいな低レベルのやから相手にしているとこっちまで下に見られますから、みなさん行きましょう!」
「ふん。二回戦で恥をかけばいいわ」
「こちらは親切心で声をかけたんですが、まさかそんな風に言われるとは甚だ心外です。行きましょう」
彼女たちはもっと絡んでくるかと思ったが、まわりの目もありそれ以上は絡んでこなかった。
なぜか、アヤが僕の頭の上に飛び乗り、すごい勢いでいいこいいこしてきた。
アヤはたまに僕のことを子供のように扱ってくる時がある。まぁアヤは生まれたのはかなり前だろうけどさ。
「髪の毛がぐしゃぐしゃになるから」
「おりっ!」
アヤは僕の前に飛び降りると親指をだしてグッ! っと合図をしてくる。
何が彼女の心に火をつけたのかわからないが、さらにやる気がでたようだ。
そして、いよいよ2回戦が始まった。
2回戦は1回戦で選ばれた20名を半分まで絞る。刺繍対決と言っていたが、実際に殴りあったりはしないらしい。
相手と近距離で相手よりも先に相手の服に刺繍をした方が勝利となる。
うちのアヤの相手はさきほど絡んできた蛙紳士の織鬼だった。
「相手が悪かったと思って諦めて負けを認めてもいいですよ。私たちは古き良き伝統を守りながらあなたたちを倒すつもりですから。わかっているな」
「オリッ!」
「普通にやってくればいいからな。相手にする必要はない。戦うのは内なる自分とだから」
「おりっ!」
「それでは第二回戦を開始します。相手の服へ先に刺繍をした方が勝ちですが、逃げ続けているとマイナスになりますからお互いにきちんと攻めてくださいね。それでは開始です」
競技場内で勝負が始まった。どうやら1回戦で目立っていたおかげか、うちのアヤが一番最初に画面に映し出された。
そのほぼ開始の合図とともに高速の針さばきがおこなわれる。
勝負はほぼ一瞬だった。アヤの刺繍スピードは1回戦よりも早くなっている。きっと相手は何をされたのかもわかっていないだろう。
審判でさえ、服に刺繍がされたことに気が付いていなかった。
何といえばいいのだろうか。もはや勝負になっていない。
もはや最初からあったと言われてもそう思ってしまう人がいそうなレベルだ。
「反則だ! そんなスピードなんてありえない。なにか人間がやったに違いない。それにその織鬼の身体を見てみろ! そんなに小さい奴がうちの子に勝てるわけなんかない!」
蛙紳士はとっさに文句を言ってくる。
常識とか当たり前とかって言葉がたまに嫌になってくる。
「たしかに……織鬼って身体で差が出るはずだろ。なにかやってるんじゃないのか?」
観客の中からもうちのアヤを否定するような言葉が投げかけられる。
「おりっ」
いつも自信満々の織鬼もまわりからの否定の言葉に動揺しているのか、足が震えているように見える。僕は座席から立ち上がってアヤの側へ行く。
「審判、それでどうやれば勝ちだって認めてくれるんだ? 実際に刺繍ができているわけだけど」
「審判! こんな不正は許されないだろ?」
「ちょ、ちょっとお待ちを! 今他の審判と協議をしてきますから」
そういうと、審判は数人で集まって話し合いを始めた。
「アヤ、大丈夫だよ」
僕はアヤを抱き寄せて頭を軽くなでてあげる。
少し安心したのか僕の手に寄りかかってくるが……ちょっと様子がおかしい。
「アヤ? もしかして魔力が……?」
「おりっおりっ」
アヤはゆっくりと首を振る。まだ大丈夫だといいたいようだ。
「それでは審判の結果をお伝えします!この勝負は……」
アヤたちの戦いはそう簡単には終わらないようだ。




